第71話 隣人は打算的④

「ワフ。ミレウス、アソコ」


 深夜。ウォルト領の集落の片隅で。

 偵察から戻ってきたポンが一軒の家屋を指さす。


「あそこ? 人が集まってる様子はなかったけど……」


 昼間調べた限りだと、確かあそこは若い夫婦が住んでいたはず。

 ハインツ氏から頂いた他の領から移住してきた者のリストにも載っていなかったので、ノーマークだったのだが……


「アソコ――」


 ポンが聞き取った会話の内容に、僕は納得と共に嘆息した。


「……なるほど。いや、根が深いね」

「バウ」

「行こうか、ポン」


 そして僕らは、誰も出歩く者のいない夜の集落を密やかに歩き出した。




「何だお前らは!?」

「ひっ! ど、どうか命だけは……!」


 ロープで縛られ土間に転がされて泣き叫ぶ夫婦を尻目に、僕とポンは家の中を家探ししていた。

 夫婦に戦いの心得はなく、踏み込んで剣を突き付けると、抵抗はほとんどなかった。


「くそ、何で俺たちみたいな貧乏人を……!」

「お金はそのタンスの一番下にあるので全てです!

 全部持って行っていいから、どうか命だけは……!」

「ビアンカ!」

「仕方ないじゃない! 殺されるよりましでしょ!?」


 盛り上がる夫婦に僕とポンは顔を見合わせる。


『…………』


 何かこれ、僕ら犯罪者みたいじゃないか?

 口に出したくはないが、万が一ポンの勘違いだったりしたらどうしよう。


 ちなみに猿轡もせず彼らを好きに喋らせているのは、周囲に音が漏れる心配がないからだ。

 家に踏み込む前に精霊魔法で遮音の結界を張っている。

 ……何か、僕らこういうのにやたら手慣れてきてるな。


 僕らはどこを目指しているんだろうと、頭の隅でぼんやり考えながら家探しを続ける。


「バウ!」

「お、見つかった?」


 ポンが見つけた羊皮紙を僕に差し出す。

 夫婦がそれを見てあからさまに動揺を示す。


「そ、それは……!」

「……あ~、はいはい。騒ぎを起こせば報奨金がでるわけね」


 その紙はグラスト商会の名義で出されたもので、領の開発を妨げる亜人を排除するため、そのきっかけとなる騒ぎを起こせば報奨金を出す、というものだった。

 ポンは夫婦がそのための相談をしているのを耳にした、というわけだ。


 もうお分かりかと思うが、僕とポンがやっているのは、こうした領内の不穏分子の洗い出しだ。

 目立つ上に暴発の危険がある森の民に任せることはできないし、ウォルト家の私兵に中央政府の手が伸びていないとも限らない。

 もちろん、これをしたからといって、実際に効果があるかはわからない。

 ただ、目に見える成果を出すことで、関係者の焦りを慰撫することはできるだろう。

 一番怖いのは焦って暴発されること。

 ホアンさんは念のため、森の民についていてもらっている。

 不測の事態が発生した場合に、彼らを宥める役割の者が必要だった。


「グラスト商会、ねぇ……」


 聞き覚えがない名だ。

 このグラスト商会というのが何者で、実在するかどうかも僕にはわからない。

 あるいは名前を利用されているだけということもあるだろう。


「これ、どこから手に入れたんですか?」


 紙をひらひらとかざして尋ねる僕に、旦那は顔をひきつらせた。


「し、知らん! そんなものは知らんぞ!」

「ふ~ん。奥さんは?」

「…………!」


 奥さんは同じく引きつった顔で、ふるふると首を横に振るのみ。


 まあ、言いたくないならそれでも構わない。

 口を割らせる手段が、今の僕にはあるのだから。


 精神属性の4LV精霊魔法『魅了』。

 覚えたてのこの魔法があれば、情報など抜き出し放題だ。

 僕は手をワキワキさせながら夫婦に近づく。


「ひっ!」

「何!? 近寄らないでよ!」


 失礼な。射程:接触の魔法だから仕方ないではないか。

 僕が少し悪乗りしながら夫婦に手を伸ばす――


「おっと。そこまでだ」


 僕を制止する渋い声。

 声のした方を振り向くと、四〇歳程の頬に傷がある男を先頭に、五人の武装した男が家に踏み込んできた。


「どこのどいつか知らねぇが、それ以上の無法は容赦しねぇぞ」

「ヴェインさん!」


 旦那が安堵した表情で戦闘の男の名を呼ぶ。


(ヴェイン……そうか、この人が)


 噂に聞くウォルト領最強の戦士。

 確かにその立ち振る舞いには一切の隙が無く、僕ではその実力を推し量ることさえできない。


 僕は内心の動揺を努めて表に出さないようにしながら口を開く。


「……夜間外出、そして集会は禁じられているはずですが?」

「俺たちは自警団だ。

 おかしな連中が紛れ込んでるって言うなら、見回るのが筋だろう?」

「領主様の許可は得ておいでですか?」

「はっ。そんなもの必要ねぇさ。

 現にこうしてお前らみたいな連中を見つけたんだ。文句を言われる道理はない」


 僕はその言葉に薄く笑って、懐から高価な紙の命令書を差し出した。


「我々は領主様の依頼を受けた冒険者です。

 こうして、領内の不穏分子を取り締まれ、という依頼をね」


 僕が示した命令書に、夫婦、そして自警団の者たちの表情に動揺が走る。

 ただヴェインだけは、平静を保ったまま命令書の内容を確認する。


「……確かに、本物のようだな」

「当然です。理解いただけたなら、あなた方は今すぐ解散してください。

 この夫婦は我々が取り調べた後、領主様へ引き渡します」

『…………』


 夫婦の表情が絶望に歪む。

 自警団の者たちも、まずいんじゃないかという雰囲気で互いに顔を見合わせる。

 ただ一人、ヴェインを除いて。


「そいつは聞けねぇな」

「……失礼。私の耳が少し遠かったようだ。

 もう一度言っていただけますか?」

「こいつらはうちの村の仲間だ。

 領主の命令だか何だか知らんが、余所者に『はいそうですか』と渡せるわけねぇだろ」


 堂々と。不敵な笑みを浮かべて言い切るヴェイン。

 その姿はまさに、英雄と呼ぶにふさわしい威風に満ち溢れていた。


 僕は冷たく目を細め、最後通告をする。


「……このことは領主様に報告させていただきますが?」

「勝手にしろ」

「後悔しますよ」


 僕の捨て台詞に、ヴェインは肩を竦めて答えた。

 僕はそれ以上何も言わず、彼の横を通って家を後にする。

 自警団の者たちが怯えた様子で道を開けてくれた。


 しばらく行って、遮音の魔法が切れた家の中から歓声が聞こえてくる。

 僕はその声を背に、夜の集落を無表情に歩き続けた。


(悪役ムーブ、楽しい……!)


 そんな僕の内心を察したのか、付いてきていたポンが呆れたように吐息を漏らした。


「ワフ……」




「まだウォルト領の件で進展はないのか?」

「はっ。密偵からの情報では、領内での締め付けが厳しく、幾人かとは連絡も取れなくなっており……」


 緊張した部下からの報告に、内務尚書エントは苦笑しながら落ち着け、と宥めた。


「別に卿らを責めるつもりなどない。

 元々我らに権限のある話ではないのだからな」


 エントは自身が上司に恵まれない分、部下に対してせめて自分は理不尽なことはすまいと心に決めていた。

 思い通りにならない状況であっても、部下に当たり散らすようなことはしない。


 それ故に彼は部下から慕われ、彼が統括する組織は常に十分な成果を上げてきたわけだが、それによって悪辣な宰相に目を付けられ、重用されている現状はエントにとって幸か不幸か。


 ともかくエントの言葉通り、ウォルト領の開発は領主であるウォルト子爵の専決事項。

 エントは勿論、宰相であってもそれを侵すことはできない。

 無論、王命でも発せられれば別だが、王命とはこの程度のことに軽々しく発せられるものではない。


「とは言っても、宰相閣下から幾度も催促が……」

「よい。私が何を言われようと、それは私が閣下に失望されるというだけのことよ」


 部下の心配を、エントは敢えて気楽に笑い飛ばした。

 実際は、失望程度で済む話ではあるまいが、それを部下に伝えても仕方がない。


「とは言え、このままでは宰相閣下自ら手を下すことにも繋がりかねん。

 それはウォルト領にとって、より凄惨な結果をもたらそう」

「…………」


 宰相の苛烈さを知る部下は、静かに頷いた。


「……無駄かもしれんが、ウォルト子爵に私から再度文を送ろう」

「はっ」

「それで、他に報告があったのではないか?」

「はっ。実は軍務省より、近時ルスト王国との戦線において今後の兵糧に懸念があると――」

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