第70話 隣人は打算的③
(……うん。マジで隙が無いな)
僕は相対するリカント族の戦士の構えに実力差を感じ取り、冷や汗を流した。
じりと相手が一歩踏み込むと、思わず一歩後ずさる。
(いやいや。この状況で逃げてどうするよ)
自分自身に渇を入れ、覚悟を決めた僕は間合いを詰め、手にした木剣を振り下ろした。
「はぁっ!」
ガッ、と音を立てて僕の一撃は簡単に相手に受け止められ、そのままぐるりと力をいなされ体勢を崩されてしまう。
「わっ!?」
それと同時に放たれるリカントの連撃。
僕は必死にその攻撃を木剣で防ぐが、四回が限界だった。
五回目の攻撃が眼前に突き付けられ、深く息を吐く。
「……参りました」
「ウム」
リカント族の戦士がニヤリ笑って剣を引く。
それと同時に、周囲のリカント族がわっと歓声に沸いた。
「流石はリカント族随一の戦士。
分かってはいたつもりですが、全く歯が立ちませんでした」
苦笑が漏れる。
いや、最近の自分の慢心を打ち砕いてくれる、完璧な敗北だった。
「ウム。キサマモソノワカサデ、ヨイウデヲシテイル」
「ありがとうございます」
二、三アドバイスを頂いて、その様子を見物していたポンとホアンさんのもとに戻る。
僕が負けて少しだけしゅんとしているポンの頭を撫で、明るく口を開いた。
「いや~。流石に強いですね。
これだけの腕があれば、一先ず守りに関して不安はなさそうだ」
「そうだね。いや、実に頼もしい」
「……ワフ?」
負けた僕らが嬉しそうなので、ポンは不思議そうに僕らを見上げる。
その様子に僕はわしゃわしゃとポンの首周りを撫でまわした。
ハインツ氏と森の民のトップとの会談を終えて一夜が明けた。
僕らは今、肩を並べて戦うこととなったリカント族、ハーピー族の戦士たちと顔合わせをしていた。
これが全員ではないそうだが、リカント族とハーピー族がそれぞれ三〇名程度集まっている。
リカント族は近接職、ハーピー族は弓使い、あるいはシャーマン技能の使い手が多いようだ。
実力的には、僕より少し下か同レベルが多数。
しかしリーダー格は僕では手も足も出ない使い手だ。
(多分、LV6ファイター……単純な実力差以上に、立ち回りとか実戦経験が違う感じだな。
ハーピーも同レベルだとすれば、戦力的には十分すぎる)
問題は、そもそも戦うべきではないという点なのだが、そこを調整するのが僕らの役割だろう。
ちなみに、エルフ族はこの場には参加していない。
強力だが数の少ない彼らは、予備戦力として控えてもらっている。
「やってるな」
「ゲイツさん」
そんな僕らの前に姿を見せたのはゲイツ氏だ。
既に旅装を整えており、その後ろには付き人のように従う二人の男の姿があった。
「もう、行かれるんですか?」
「ああ。できるだけ早く向かった方がいいだろう。
幸い、ハインツ様がご当主を説得して必要なものは全て手配してくださった」
軽く言っているが、一晩でそれだけの準備を整えるのは、貴族といえど決して簡単ではなかったろう。
ハインツ氏の本気度合いがうかがえる。
「僕らはついて行けなくてすいません」
「気にするな。こっちは俺が専門だから任せてくれればいい。
君らはここに残って、暴発を抑えてくれ」
力強く請け負うゲイツ氏に、僕らは深々と頭を下げる。
今回の作戦の肝はゲイツ氏だ。
彼にかかる負担とプレッシャーは並大抵のものではないだろう。
「なに、できるだけ早く成果を出して戻ってくるさ。
そしたら一緒に、うまい酒でも飲もう」
「それは遠慮します」
うん。いくら慣れたとはいえ、気を許してはいけない一線ってあるよね。
僕の言葉にゲイツ氏は気を悪くした様子もなく、じゃあなと手を振って立ち去った。
「つまり、現段階で私たちがすべきことは森の内側での巡回のみ、と?」
ハーピー族の戦士長、キリルさんが不満そうに方針を確認した。
見た目は妙齢の女性で、族長の娘の一人らしい。
「スコシ、ショウキョクテキデハナイカ?」
今度なリカント族の戦士長、カーンさんが口を開く。
先ほど僕を稽古でボコボコにした方だ。
自己紹介を兼ねた手合わせが終わり、僕らは集まった戦士たちに今後の方針について説明していた。
ちなみに、この場にはサイラスさんを含めた族長も同席しているが、口を挟んでくる気配はない。
「ふむ。消極的ですか」
舌の上でその言葉を転がし、周囲の様子をうかがう。
集まった戦士たちは皆ギラギラとした目つきで、戦意――よく言えば使命感に満ち溢れていた。
「他に何か案があればお伺いしますが?」
聞きもせず否定しては納得すまい、と水を向ける。
食いついてきたのはキリルさんだった。
「この地に巣くう不逞の輩を、積極的に排除すべきではありませんか?」
そうだそうだと周囲からも賛同の声が上がる。
うん、論外。
僕は極力その思いを表情に出さないよう注意しながら口を開いた。
「皆さんがそれをすれば相手の思うつぼですよ。
森の民が領民を害したとして、中央政府に介入の口実を与えるようなものです」
「……ですが、奴らはこの領の者ではないでしょう?」
「同じことです。
惚けられれば証明するのは難しいですし、彼らも国民にはかわりありませんからね。
そうでなくとも、この緊張下で皆さんが森の外に出れば、ヒューマンとの不要な衝突を招く恐れがあります」
とてもおすすめはしません、と締めくくると、それ以上の反論はなかった。
(とは言え、とても納得したって顔じゃないよな……)
理性と感情は違う。
このままでは暴発する危険があると思った僕は、補足する。
「我々がすべきことは、隙を見せないことです。
敵の狙いがこの地に争いを起こすことにある以上、積極的に動けば敵にそれをつかれる恐れがあります。
我々は敵を倒す必要はない。
ただ守りを万全にし、時間を稼ぐだけでいいんです」
「……テキノスガタガミエヌウチカラ、ムヤミニケンヲフルウベキデハナイ、カ」
カーンさんの言葉に、周囲の戦士たちの勢いが少し収まる。
「その通りです。
ウォルト子爵の側でも、領民に集会や夜間の外出を禁止する御触れを出していただいています。
これは敵の動きを制限するためですが、かえって焦り強引な手段に出てくる者が出ないとも限りません。
皆さんにはそれを確実に防いでいただきたいんです」
ちなみに、集会・夜間外出禁止の御触れは、他国の工作員が潜入している可能性がある、との名目で出してもらっている。
僕の弁舌がもう少し立てばいいのだが、好戦的な戦士たちにはあまり響いていないようだ。
いずれ戦う場はあるとでも言えば――いやいや、そもそも戦闘を起こさせないのが第一だし。
難しいなぁ、と若干面倒くささを感じながら、彼らの反応を待つ。
「……まぁ、いいでしょう。
ただし、敵が手を出してきたなら、容赦はしませんよ?」
一番のタカ派のキリルさんがそう口にしたことで、その場の空気が様子見へと変わった。
僕は胸中で安堵しながら息を吐く。
「容赦は不要ですが、極力生け捕りにしてください。
情報を吐かせたいので」
「わかりました」
わざわざ彼ら戦士を集めて行動指針を示したのは、守りを固めるためだけではない。
逸った彼らが軽率な行動に出るのを防ぐためだ。
こうして組織だって行動させれば、森の民の側に端を発する武力衝突の可能性は格段に下がるだろう。
安堵する僕に、カーンさんが口を開いた。
「……メイレイヲダソウト、ヴェインハオソラクトマランゾ」
「ヴェイン? 誰です、それ?」
その名を聞いた瞬間、周囲の戦士たちがざわついた。
これは……怯えか?
「スグレタ、ヒューマンノセンシダ。
ナンドカテアワセシタガ、オレデモブガワルイダロウ」
6LVファイターのカーンさんより格上って……それもう英雄に片足突っ込んでるじゃん。
「ヤツガワレラトテキタイスレバ、ヤッカイナコトニナルダロウ」
僕はカーンさんの忠告を聞きながら、諦念と共に胸中でぼやいた。
(やめてよね……この場でそんなフラグ立てるの)
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