第54話 恩返しと怪しい奴ら⑦

「バフゥゥゥッ!?」

「ポン!?」


 動く蔓――クリーピング・ツリーという魔物に足を掴まれ、宙吊りにされたポンが悲鳴を上げる。

 僕は相対していた虎を力任せに蹴りつけてのけ反らせると、駆け寄ってポンを掴む蔓を一刀両断した。


 拘束から逃れたポンは空中に投げ出されるが、それをホアンさんがキャッチして地面に下ろす。


「はい。気を付けてね?」

「ワフ!」


 その光景に一息つく間もなく、今度は別の場所から悲鳴が聞こえてくる。


「うわぁぁぁっ!? 助けて欲しいっす!?」


 アルトさんが虎にのしかかられ、それを両手で必死に押しとどめていた。


 あれはさっき僕が蹴り飛ばした虎か?

 ええい、猟師の癖に情けないと八つ当たりしながら、駆け寄っていては間に合わないと判断した僕は短く呪文を唱える。


「【風精・風刃】」


 僕の左手から放たれた風の刃が無防備な虎の首を切り落とす。


「ぶはっ!」


 その代償としてアルトさんは全身真っ赤に染まり、こちらを恨めしそうに見ているが、些細なことだと無視する。

 周囲を見回し、一先ず襲撃が収まったことを確認して僕は剣を鞘に納めた。


「……ふぅ。ここ本当に人が通る道なんですか?」


 もう四度目になる襲撃を切り抜けて、僕は自分の視線が冷えていくのを感じた。

 多分ホアンさんも、それどころかポンさえも少し目が澱んでいる。


「ちょ、本当っすよ! そんな目で見ないで欲しいっす!」


 慌ててアルトさんが弁明する。


「ウソ付くわけないじゃないっすか!?」


 それはそうなのだが。

 本当にこんな危険な道を猟師が通っているのか、その点に甚だ疑問を抱かざるを得ない。


「一流の猟師でもよほどのことがなきゃ通らない危険な道だって言われてたっす!

 だからこの道で間違いないっすよ!」


 なるほど。

 僕は笑顔でアルトさんに近づくと、その顔面を右手で鷲掴みにする。


「そ・れ・を・最初に、言わんかぁっ……!」

「ああっ!? 頭蓋が割れる様に軋むっす!?」

「そりゃ、割るつもりだからなぁ……!」

「あがが、まじ勘弁っす! 砕けるっす!?」


 ふん、と地面にヘボ猟師を投げ捨てると、僕は改めて溜息をついた。


(戦闘回数か戦闘ラウンドで経過時間にペナルティがあるタイプのシナリオだったら、かなり不味いよな、これ。

 ひょっとしたら、安全な道を急いだ方が早かったんじゃないのか?)


 苛立ちとともに、愚にもつかない考えが頭をよぎる。

 新しいマス目を踏む度、ランダムエネミーにエンカウントしているような気分だった。


「うう……年下なのに容赦ないっす」


 そして幾つかの戦闘を経て気づいたことが一つ。

 アルトさんは戦闘の役に立たない。


 弓を射る技術、そして罠、森歩きの技術は最低限備えているようだが、戦いになると腰が引ける。

 この様子だと、対人戦になれば動けなくなると思って間違いない。


(非冒険者職のハンターでも、一応戦闘能力はあったはずなんだけどな)


 戦力として期待していたわけではないが、足手まといになるとまでは思っていなかった。

 とは言え、ここから一人で追い返すわけにもいかないし。


「それで、グリフォンの縄張りまでは、あとどれぐらいなんですか?」


 アルトさんは周囲をキョロキョロ見渡し、そして宙を見上げて考え込む。


「……アザミが群生してて……あれが、となると……もう入ってておかしくないっす!」


 ――どげしぃ!


 思わず顔面に蹴りを入れてしまった僕は、決して悪くない。


「い、痛いっす……!」

「何のために、あんたを、連れてきたと、思ってるんだ!?」

「ああっ!? そんな踵でねじり込むように踏みにじらないでっ!」

「バウバウ!」

「コボルト君まで!?」


 うん。ポン、遊んでるわけじゃないからね。

 一頻り足蹴にして一息つき、僕らは呼吸を整える。


「うう……ひどい目にあったっす」

「…………」

「ひっ。そんな目で見ないで欲しいっす」


 全く。案内役として連れてきたのに、それさえ碌に役目を果たせないとは。


「それで。ということは、そろそろあの馬車が通れる道と合流するってことですか」

「えっと……多分」

「…………」

「だって仕方ないじゃないっすか!?

 実際俺も来たのは初めてなんすから!」


 それはそうなんだろうけど。

 じゃあ何のためについてきたんだと怒鳴りそうになるのを堪える。


「――うん。当たりだったみたいだよ」


 姿が見えなかったホアンさんが僕の横に現れる。

 どうやら僕らが馬鹿をやっている間に周辺の偵察をしてくれていたらしい。


「すぐそこに、あの三人組がいる。

 ガスさんも一緒にね」




 森の中で少し開けた広場のようになった場所。

 道の終点に例の馬車が止まっていた。


 三人組は各々装備を点検して狩りの準備をしている。

 ガスさんは……いた!

 馬車のすぐ横にロープで縛られ転がされている。

 この場所からだとはっきり分からないが……あ、少し動いた。

 今のところは無事のようだ。


 僕らは今、少し離れた茂みに隠れ、様子を伺っている。


(さて、どうするべきか。

 まぁ、ガスさんを人質にされると厄介だから、彼らが猟に出るのを待つべきだろうな)


 僕が背後にいる三人に一旦下がろうと指示を出そうとした、その瞬間。


「――ガスさん!」


 ガスさんの姿を見つけたアルトさんが茂みから飛び出していってしまった。


(はぁっ!?)


 段取りが一瞬で台無しにされ、僕は動揺で頭が真っ白になる。

 しかし、このままアルトさんを放っておくわけにもいかない。


(ミレウス君。ここは僕が……)


 小声でホアンさんが囁いてくる。

 その言葉に冷静さを取り戻した僕は――




「お前ら! ガスさんに何しやがった!?」


 突然現れたアルトさんの姿に三人組は周囲を警戒する。

 やはり、僕らが追ってくることも予め想定していたようだ。


 僕とホアンさんもアルトさんの後を追って広場に姿を見せる。

 彼らは僕らの姿を認めると、一人はガスさんのそばに、残る二人は僕らとガスさんを遮る様に立ちふさがった。


「ガスさんを離せ!」


 アルトさんの叫びに三人組がニヤニヤ笑う。


「離せって、人聞きが悪いな、おい」

「俺ら、ちょっとおっさんに案内してもらってただけだぜ」

「ふざけんな!」


 僕は今にも突っ込んで行きそうなアルトさんの肩を掴んで押しとどめ、会話に割って入る。


「なら、そろそろ返してもらえますか?

 道案内は済んだでしょう」


 三人組は嗤った。


「いや~、案内させるだけさせといてポイ捨てとか、流石にできないでしょ?」

「後でお礼する予定だからさ、まだちょっと待っててよ」


 ガスさんに近寄った男が、ガスさんの首筋にナイフを当てて告げる。


「君らも……物騒なもの地面に置いて、こっちに来なよ。

 ああ、ゴーストは別だ。その場から動くなよ。

 少しでもおかしな動きをしたら……わかるだろ?」


 やはりホアンさんは最優先で警戒されているな。

 まあ、僕が逆の立場でもそうする。


「お、お前ら、俺のことはいいか――ぶっ!」


 僕らに向かって何か言おうとしたガスさんを、男が髪を掴んで顔面を地面に叩きつけて黙らせる。


「ガスさん!? お前ら、ガスさんに手を出すな!」

「なら、わかるだろう? さっさと武器をおいてこっちにこい」


 アルトさんは一瞬だけ躊躇ったが、すぐに弓矢を地面に下ろす。


「……くそ」


 おいおい。そこはもう少し粘ってくれよ。

 事前の打ち合わせもしてないから仕方ないんだけど。


「おい。お前もだ」


 男が僕の方を睨みつけ、ガスさんの首にナイフで薄く赤い線を付ける。

 僕は嘆息し、鞘に入れたまま剣を身体の前に突き出し――その姿勢で停止した。


「何やってやがる。とっとと剣を地面に置け」

「ミレウス君! 刺激したらガスさんが……!」


 僕はそれらを冷めた目で見つめ、口を開く。


「さっきから、『お前ら』って言ってるけどさ――僕だけでいいの?」


 僕の言葉に彼らが訝し気に口を開こうとした――刹那。


 ――ガッ!


 ガスさんを組み伏せていた男の横っ面に鉄球がぶつかり、男の身体が吹き飛ばされる。

 鮮血と、折れた歯が宙を舞った。


「バト!?」


 動揺する男たちをあざ笑うように、彼らの背後から現れた小柄な影は素早くガスさんに近づき、ダガーでその拘束を切り裂く。


「コボルトだと!?」


 そう。一般的にコボルトはか弱い生き物。

 ほとんどの人間は嘲り、軽視する。

 こうして今も、ポンが姿を隠していたことに気が付かなかった。


「さて。形勢逆転かな」


 僕は鞘から剣を抜き、彼らに突き付けた。

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