第53話 恩返しと怪しい奴ら⑥
「今更ですけど、あんな馬車で魔獣がいるような所まで入れるんですか?
確か魔獣が棲みついてるのって、森の奥でしたよね?」
馬車の追跡をポンに任せ、その後をついて行きながら僕はアルトさんに確認した。
僕の記憶に間違いが無ければ、二日前にガスさんはそう言っていたはずだ。
馬車の轍は森の端に沿って続いており、今のところ森の中へ入っていく気配はない。
「う~ん、多分近くまでは行けるはずっすよ」
「そうなんですか?」
「ほら、でかい獲物とか仕留めた時って、人力で運ぶのって大変っしょ?
だから台車とかが入れるように道を作ってあるっす。
……俺はそんな大物狙わないんで、実際使ったことはないんすけど」
アルトさんは恥ずかしそうに頬をかく。
「実は俺、魔獣が出るような森の奥に近づいたことってないんすよ。
ガスさんとか、先輩方にまだ早いって止められてて、浅い場所の狩りしかしたことないっす。
だから今から行く場所って話は聞いたことあるんすけど、実際行くのは初めてで……」
なるほど。だから口の軽そうなアルトさんでなく、ガスさんが狙われたのか。
しかしそれはそれとして、土地勘のあるアルトさんに自信なさげにされるのは困るな。
「大体の場所は分かるんですよね?
その道とか、魔獣が出てくるポイントとか」
「え、うん。話は耳にタコができるくらい聞かされたんで……」
「その道ってのは、僕らが向かってる方向にあるんですか?」
「そっすね……方角的には間違ってないはずっす」
ふむ。となると、やはりあの三人組がガスさんを連れている可能性が高いわけか。
「だったら十分です。追跡そのものは僕ら――っていうかポンに任せてください」
「バウ! ポン、ガンバル!」
僕の声に反応して、ポンが振り向く。
それに軽く手を振って僕は言葉を続ける。
「でも僕らは、その大体の場所も土地勘もありません。
ヤバそうなところに近づいたら教えてください。頼りにしてますよ」
「……うっす! 任せるっす!」
うん。少しはその気になってもらえたか。
俯いていたら、見つかるものも見つからなくなるからな。
ちなみに、ホアンさんは上空から周囲を伺っている。
ガスさんたちを探すというより、空を飛ぶ魔獣の接近に備えてのことだ。
(……これ、ゲームだったらGMがマス目で区切られたマップを用意してる感じかな。
で、移動するごとにランダムイベント、特定のマスに移動したらシナリオが進行するってとこか。
後は時間経過でもイベントが発生して、あまり寄り道してるとゲームオーバー……)
定番のシナリオギミックを思い浮かべる。
基本は寄り道せずに最短ルートを進むのがベスト。
ポンの追跡判定が失敗しない限りはそれに従ってればいいはずなのだが。
(……変なイベント引かなきゃいいなぁ)
多分、無理だろうけど、と僕は今までの経験から悟っていた。
「あん? ここか?」
「ここ……俺らも前に通っただろ」
ガスに森の奥へ通じる道の入り口だと案内された場所は、蔦で覆われていて特に道らしいものは見当たらなかった。
三人組は少し剣呑な雰囲気を漂わせてガスを睨みつける。
「……蔦で偽装してあるんだ。知らない人間が迷い込まないように。
その枝にかかった蔦を外してみろ」
言われた通りにすると、カーテンが引かれたようにさっと奥への道が開ける。
「おお! こりゃわかんねぇわけだ」
「結構しっかりした道じゃん。これなら俺らの馬車でも進めそうだな」
無表情で黙り込むガスに、三人組の一人が確認する。
「で、この道、他に仕掛けとかねぇだろうな?」
「……どういう意味だ?」
「道が隠されてたり、通る人間を迷わすような仕掛けが他にないのか、って聞いてんだよ。
……ああ、モンスターとかトラップみたいなのも、心当たりがあれば全部言え。
万が一そういうのに出くわしたら、お前が意図したものじゃなくても、一本ずつ指折るから」
ニヤニヤとした男の視線は、しかし誤魔化しを許さぬように鋭い。
ガスは気づかれぬよう、そっと奥歯を噛みしめてから口を開いた。
「……道は一本道だ。脇道はあるが、馬車が通れるような道じゃない。
それを外れない限り、モンスターの類に出くわす可能性は低い。
ただ、地形に沿ってかなり迂回することになるから、時間は相当にかかるぞ」
「構わねぇよ。安全第一だ。
ただ、流石に日が暮れるほど歩かされることはねぇんだろ?」
「……昼頃にはグリフォンの縄張りの手前に到着するだろう」
「十分だ」
ケラケラと笑うリーダー格の男。
ガスは感情を表に出さまいと、静かに目をつむった。
(……ああ、くそ! 俺は何を考えてやがるんだ……!
アルト、間違っても俺を探そうなんて考えるんじゃないぞ!)
助けを期待する自分を必死に戒める。
最悪の場合、自分は森の奥に到着すれば殺されることになるだろう。
だからその前に――と、安易な期待が頭をよぎった。
だが、後輩一人来たところで犠牲が増えるだけ。
何より、あそこは慣れていない者では通過することさえ難しいのだから。
「ここですか?」
ポンの追跡に従ってついて行くと、森の中に続く道に辿り着いた。
「そうっすね……うん。間違いないっす」
アルトさんは道の入り口にしゃがみ込んで何か確認し、僕の方へ振り返り頷いた。
「ここ……蔦で道を隠してた跡があるっす。
聞いてた話じゃ、ここは普段外からじゃ分からないように偽装してあるらしいっす」
「じゃあ、間違いなさそうですね――ホアンさん!」
僕の呼びかけでホアンさんが下りてくる。
「森に入るの?」
「はい。はぐれる可能性がありますから、ここからは一緒に行動しましょう」
念のためアルトさんを見るが、もうホアンさんに対する拒否反応は無さそうだ。
「じゃあ、急ぎましょう。
かなり先行されてるでしょうし、早く追い付かないとガスさんの身に危険が及ぶかもしれません」
「そうなんすか!?」
軽く漏らした僕の言葉に、アルトさんが驚く。
いや、そんな驚かれるようなことを言った覚えはないんだけど。
「ガスさんは道案内役だから、傷つけられたりはしないんじゃ?」
「いや、それだと道案内が終わったら?」
「…………不味いじゃないっすか!?」
頭を抱えて絶叫する。
まさかこのタイミングで気づいたのか。
急いで出かけようとしてたのは、本当に何も考えていなかったわけだ。
「落ち着いて。とにかく、後を追うしかないんですから」
慌てるアルトさんの両肩を掴んで落ち着かせようとする、が。
「で、でも! 向こうは馬車で、早く出てて俺らよりずっと早く……」
ああ、駄目だ。
状況のまずさを認識してパニックを起こしてしまっている。
(これは僕の失敗だな。
まさかそんなことにも気づいてないとか……いや、言い訳にならないな)
ホアンさんにちらりと視線をやる。
こんなところで混乱されて止まられても困るから、『沈静化』の魔法で落ち着かせてもらうか。
「――そうっす! ショートカットするルートがあるはずっす!」
そう叫んだアルトさんは、突然付近の茂みをゴソゴソと探り出す。
僕ら三人がどうしたものかと顔を見合わせていると。
「あったっす! ここから森の奥までショートカットできるっす!」
茂みからひょっこりと顔を出してアルトさんが僕らを呼ぶ。
僕らは微妙な表情で呼ばれた方に向かい、茂みを抜ける、と――
「ここは……」
人が辛うじて通れるような、獣道のような空間が奥に続いていた。
「俺、先輩たちから聞いてたっす! 馬車は通れないけど、緊急時のためのルートが別にあるって!
ここを通れば、ガスさんたちに追い付けるっす!」
それが本当であれば確かに。
早く早くと先へ進むアルトさんを、僕らは慌てて追いかける。
「ちょっと待ってください! 一人で行くと危ないですよ」
「急ぐっすよ!」
蜘蛛の巣が顔にかかって思わず咽る。
「ぶっ!? ちょ、この道、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫っす! 先輩たちには一人じゃ使うなって言われてたけど、今日はミレウス君たちがいるから!」
(ん? 一人じゃ使うな?)
「ちょっと! それどういう意味なんですか!?」
「ああ。なんかここ、色々出るって聞いてるっす」
振り向いてあっさりと言うアルトさんに、僕らは絶句した。
そして、彼の背後を指さし、ポツリ。
「……つまり、そういうのが?」
「へ?」
そこには、木の枝から糸を垂らしアルトさんのすぐ近くまで下りてきた、体長一メートル以上はあろうかという巨大な蜘蛛の姿が。
「――ひゃっ!?」
その足に掴まれそうになったアルトさんが間抜けな悲鳴を上げる。
一瞬早くポンの放った礫が蜘蛛に直撃し、アルトさんは辛うじて難を逃れた。
(……うわ。完全に囲まれてるよ)
――シュゥゥゥッ
気が付けば、周囲からは無数の気配。
僕は剣を抜きながら胸中で溜息を吐く。
(よくある二択だな。
時間のかかる安全なルートと、時間は短縮できるけど危険なルート。
でもあれ、大体は安全なルートを選びづらいようになってるんだよな)
これは仕方のないことなのだと自分に言い聞かせて。
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