第44話 巨鬼族と不思議な樹の実⑦
「出鱈目って……でも、実際に普通のエルフはそんな黒い肌をしてないでしょう?」
「普通の、じゃない。多数派の、だ」
僕はエンジュの言葉を訂正した。
「要はただの人種の違いだよ。
確か、ダークエルフってのは元々は北方地域に隠れ住んでいたエルフの一派だったっけ?」
「うん。それが旧帝国時代の領土拡大の影響を受けて、他の文明と接触を持つようになったの。
諸説あるけど、ダークエルフが邪悪だと言われるようになったのは、旧帝国の侵略のためのプロパガンダが原因らしいわ。
曰く『エルフでありながらあのように肌が黒いのは邪神と契約した邪悪な種族だからだ。奴らを駆逐せよ』ってね」
ファルファラがセージらしく僕の説明を補足してくれる。
「そもそも邪神と契約したからってなんで肌が黒くなると思うんだい?
他の種族にも邪神の神官はいるけど、肌が黒くなったりはしてないだろ?」
『…………』
もっともな指摘に、双子はまじまじとダークエルフを見つめる。
彼女は居心地悪そうに少しだけ頬を赤らめて顔を逸らした。
「……ダークエルフが邪悪な種族じゃないというのは分かった。
だけど、普通エルフが守り住むのは自分たちが生まれた森じゃないのか?
彼女がこの森の番人にあたるとは思えない」
カティシュはダークエルフへの偏見は一先ず横に置き、論理的に反論してきた。
しかし、その言葉にはどこか勢いがない。
「うん、そうだね。エルフは妖精種としての名残りから、森の木々を自分たちの祖霊として尊ぶ風習がある。
自らが生まれた森は彼らにとって祖先であり、遠い親戚のようなものだ。
その意味で、彼らは森の番人と呼ばれるわけだけど……流石に縁も所縁もない森に住み着いて、番人を名乗るのは少し無理があるだろうね」
「なら――」
カティシュの言葉を手を上げて遮り、僕は続けた。
「だけどダークエルフは、根付いた偏見から街に出て暮らすには障害が多い。
一方でエルフが住めるほど清浄な森というのも限られている。
住む場所を追われたエルフがこの森に辿り着き、森の秩序を守って暮らしているのだとしたら、情状の余地はあるんじゃないかな」
僕の言葉に、双子とファルファラがポカンとした表情を見せる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。住む場所を追われたとか、森の秩序とか、何でそんなことが分かるのよ?」
エンジュのもっともな疑問に、僕はダークエルフにちらりと視線をやった。
その表情に浮かんでいるのは疑念と不安。
確証はなかったが、的外れな言葉というわけでもなさそうだ。
「森の秩序については見ての通りだよ。現にこの森はこんなにも清浄だ」
「そりゃそうだけど……そもそも彼女がこの森に住んでいるとは限らないだろ?
妨害のために森に入ったのかもしれないじゃないか」
「ロシュさんの目を掻い潜って?
そうでなくとも、大事に守ってる聖域に都度出入りしてれば君らの里の誰かが気づくでしょ」
ロシュさんのことを出されると、双子としては反論しようがない。
「住む場所については推測だけど――」
僕はダークエルフに顔を寄せて、囁く。
「貴女、精霊との対話ができないんじゃありませんか?」
「……っ!」
ダークエルフの顔が、羞恥と怒りで真っ赤に染まる。
「ああ、やっぱりね。もし対話ができるのなら、ドライアードがいる場所であんな迂闊な真似をするはずがないと思ったんだ」
ファルファラはそのやり取りで概ねの事情を察したようだ。
だが、双子は僕の言葉と住む場所がどう結びつくのか理解できない。
「どういうことだ?」
「普通さ、ダークエルフだろうと何だろうと、エルフは精霊魔法を使える。
それは単に魔法の素養があるというだけじゃなく、親からその技術を必ず学ぶからでもあるんだ」
ゲーム上でも、種族でエルフを選べばシャーマン技能は必ず取得することになる。
一部の例外を除いて。
「でも、例外はある――チェンジリングだ」
例えばゲーム上で、人間の親の間に隔世遺伝で生まれたエルフがいたとする。
するとそのキャラクターは、基礎能力こそエルフのものだが、初期習得ジョブ、技能は人間の生まれに準じることとなる。
つまりは、シャーマン技能を持たないエルフが誕生するのだ。
「でも、それはおかしくないかしら。
彼女が別種族の間に生まれたのだとしたら、どうして彼女は森に住むの?
エルフの生まれでないなら、森の中で暮らすという文化や習慣自体がないはずでしょ?」
エンジュの疑問に僕は頷いた。
「だからさ、彼女はきっとエルフの生まれなんだよ」
「? 何言ってるんだ、それじゃチェンジリングでも何でも――」
「……ああ。そういうこと」
エンジュには伝わったようだ、彼女はまだ分かっていないカティシュに答えを伝える。
「つまり、彼女はエルフの間に生まれたダークエルフなのよ」
「それって……」
「ええ。彼女が生まれた場所でも、ダークエルフは忌み嫌われていたんじゃないのかしら。
だからエルフに生まれながら、エルフなら誰でも与えられる教育がなされなかっ――」
「うるさいっ!」
突然の怒声が森の中に響いた。
「分かったようなことを言うなぁっ! お前らに何が分かる!?
赤の他人のお前らに、分かってたまるかぁっ!」
犬歯を剥き出しにして、息も荒くダークエルフが絶叫する。
それは何よりも明白な肯定だった。
双子はその様子に、言うべき言葉が思い浮かばず沈黙する。
彼らにとって、その女性の在り様は決して他人事ではない。
それは彼らの姉の、あったかもしれない可能性の形だった。
「……でも、ミレウス。仮に貴方の言う通りだとしても、問題は何も解決してないわよね?
彼女は恐らく私たちと敵対する誰かと手を結んでいる。
私たちと敵対関係にあることは変えようのない事実でしょ?」
「はっ」
ファルファラの指摘を受けてダークエルフは強がるようにふてぶてしく笑った。
その様子に、むしろ双子が痛ましい、苦悩の表情を浮かべる。
これはもう、完全に感情移入して同情してしまっているな。
「ああ。でもこの場合問題なのは、彼女が誰と、どんな契約を結んでいるかだ」
「どういうこと?」
「これは僕の予想だけど、彼女が契約を結んだ相手は恐らく巨鬼族のロンドだ。
彼女が試練を妨害した以上、それによって利益を得られる者が最も怪しいからね」
「……ふん」
ダークエルフは肯定も否定もしない。
どちらかというと、意地になっているような雰囲気だ。
「そして結んだ契約内容は、彼女がこの森に住むことを見逃す代わりに試練に訪れたものを妨害すること」
誰でもわかる簡単な推測だ。
皆、だからどうしたという顔をしている。
「もし、この通り契約を結んでいるのなら、いずれ彼女は殺される」
『…………っ』
あっさりと言った僕の言葉に、皆の驚愕が重なった。
いや、ダークエルフは、いい加減なことを言うなとばかり僕を睨みつけている。
「もしロンドが契約相手なら、ロンドにはいずれ自分が族長になれるという成算があるはずだ。
その為の一番簡単な手段は、成人の儀の否定だよ。
彼が試練に失敗したのは一〇年前。
それからずっと成功者は現れていない。
世代交代のタイミングを考えれば、そろそろ指導者の中にも儀式を不都合なものだと考える者が出てきておかしくないんじゃないかな」
「それは……」
思い当たることがあるのだろう、カティシュとエンジュが顔を見合わせる。
「そして、成人の儀が否定されさえすれば、もう彼女は用済みだ。
自分の罪の証人がすぐ身近に暮らすことを、ロンドは許容できるかな?」
「……っ!」
ダークエルフの表情が何事かを考える様に二転三転し、震えながら俯く。
その様子を、双子とファルファラは痛ましそうに見つめた。
「……バウ?」
その中でただ一人、ポンだけが何かを期待するように僕を見つめていた。
そんなポンの頭をそっと撫で、僕は再び口を開く。
「つまり、彼女とロンドの関係は必ずしも盤石ではない。
条件次第では――僕らは協力できるんじゃないかと思うんだ」
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