第40話 巨鬼族と不思議な樹の実③

 レイヴァンの町を出発して二日目。

 僕らは巨鬼族の集落にほど近い、神樹の森の入口へとたどり着いていた。

 聖地というに相応しく広葉樹の広がる広大な森だが、ドルイド生まれの“ミレウス”の感想としては人の手が入っていないだけのただの森。

 今のところ特別なものは感じられない。


 今ここには、僕らのほかに、巨鬼族の集落から三人が同行していた。


「ということでリーダー、指示をお願いします」

「リ、リーダー!? 俺がか?」


 僕の言葉に、カティシュは戸惑った様子で周りを見回す。

 皆、彼がリーダーになるのは当然だと考えており、異論など出るはずがない。

 ロシュさんはそんな弟の様子に、呆れたように溜息をついた。


「カティシュ。まさか、あんたエンジュに任せようなんて思ってたわけじゃないでしょうね?」

「い、いや、そんなことはないぞ!?

 ただ、ミレウスたちの方が年上だし――」

「カティシュ?」

「い、いや、何でもありません……」


 ドスの利いたロシュさんの声に、カティシュはようやく後ろで僕らを観察する巨鬼族のことを思い出したようだ。

 彼らはこの儀式の監視役。従者である僕らに判断を任せるようでは、試練を受ける資格なしと判断されかねない。

 監視役の中で一際若い、隆々とした体躯の巨鬼族が、クックッと嘲るように失笑した。


「これが我らの族長候補とはな。混ざりものはこれだから……」

「ロンド……!」


 ロンドと呼ばれた巨鬼族をカティシュ、そしてエンジュが憤怒に満ちた目で睨みつける。

 数秒の後、カティシュはギリと歯ぎしりして森へと踵を向けた。


「行くぞ!」


 無言でそれにエンジュが続く。


(できれば隊列とか指示が欲しかったんだけどな……)


 しかしここで注意するのは好ましくあるまい。

 僕はポンとファルファラを促して双子の後を追った。


「じゃ、頑張ってね~」


 苦笑交じりに、ロシュさんが緩い感じで送り出してくれる。

 そちらに視線をやると、彼女は声に出さず口だけを動かした。


 ――ヨロシクタノムワ


 そんな感じで僕らの冒険は始まった。




「リーダー。そろそろ落ち着いた?」

「ミレウス……」


 森を暫く進み、監視役の目が届かなくなったことを確認して、僕はカティシュに声をかけた。


「森の中は二人で突出してると危険だよ。

 ――主に取り残された僕らが」

『お前らがかよ!』


 僕の言葉に、カティシュとエンジュのツッコミが重なる。

 うん。実に息が合っていてよろしい。


「この森に来るまで、お互いの出来ることや役割については打ち合わせしてただろう?

 焦って見つかるものでもないし、慎重に行ってくれると従者役としては嬉しい」


 カティシュはエンジュと顔を見合わせると、力が抜けたようにクスッと笑った。


「そうだな。従者の安全のためにも、慎重に進んでやるとしようか」

「もう、兄さんったら……」

「いや、良い主人を持って助かるよ。ねぇ?」

「バウ!」

「え? え、ええ……」


 全員が適度に脱力したところで、カティシュから指示が飛ぶ。


「ミレウス、ポン。お前らは前衛で斥候を頼む」

「了解」

「マカセル!」


 うん。これは文句なし。


「エンジュ、ファルファラ。二人は中央で左右を警戒しながら進んでくれ」

「わかったわ」

「はい」


 モンクで多様な戦闘オプションを持つエンジュが前後自由に動ける位置でファルファラの護衛を兼ねる。

 そして、バーバリアンでありレンジャー技能も持っているカティシュは――


「俺は殿をつとめる。それじゃ、従者のために慎重に進むぞ」


 カティシュの号令にそれぞれ返事を返し、僕らは森の中を歩き出した。




 森の中を二時間ほど進んで、僕らは一旦休憩を挟むことにした。

 大木を背に、自然と男と女に分かれて背中合わせに座る。ポンは――女たちに奪われた。


「……聞かないんだな」


 カティシュは突然こちらを見ないままそう言った。

 僕は何のことか分からずキョトンとする。


「出発の時のあれだよ」

「……ああ」


 ロンドとかいう巨鬼族が『混ざりもの』とか言ったあれのことか。

 僕は頭をかきながら、言葉を選びながら答えた。


「……僕はさ、例えば仲間を悪く言われたりした時、その経緯を他人に説明するとかしたくないんだ。

 そういうこと自体、考えたくも思い出したくもない。腹立つから。

 自分から言ってくれるなら聞くけど、そうじゃないなら聞くつもりはないかな」

「……なるほど。なんか、らしいな」


 カティシュは悪意なく笑って、僕の方を向いた。


「それなら俺の方から話をしておいた方がいいか。

 姉さんも言っていたけど、うちの家族には人間の血が混じってる。

 昔は里の連中もそんなこと忘れてたんだけど、姉さんが生まれたことで混ざりものだって馬鹿にされるようになった」


 背後から女性陣の声が聞こえない。

 カティシュの話を、彼女たちも聞いているのだろう。


「だけど姉さんはすごい人だったから、周りにどんなに馬鹿にされても挫けなかった。

 一人で里を飛び出して、冒険者になって、何度も国を救って。

 今じゃこの国で知らない者のいない英雄だ」


 ロシュさんのことを語るカティシュの声は弾んでいた。

 しかし、その声に不意に暗いものが宿る。


「でも、今でも里の連中は姉さんのことを認めてない。

 姉さんを面と向かって馬鹿にするほどの度胸はないくせにな。

 だからなおのこと俺らのことを混ざりものと馬鹿にするし、間違っても俺らを族長にしたくないんだ」

「まぁ、人を悪意で攻撃する奴らは、他人の悪意を信じてるからね。

 自分たちがやり返されるんじゃないかって、怯えてるんでしょ」


 僕の物言いに、カティシュはくすりと笑った。


「だろうな。ロンドは……十年前に成人の儀を失敗してる。

 若手一番の戦士だって期待されてたらしいけど、実がなってなかったんだ。

 それから何人も成人の儀を受けてきたけど、ロンド以降、誰も成功した者はいない」


 成功者がいない?

 話を聞く限り、そんな難しい儀式ではないはずだが。


「それって……」

「普通に駄目だった奴も、ロンドを怖がってわざと失敗した奴もいた。

 でもそんな奴ばかりじゃない……俺はロンドが妨害してると思ってる。

 あいつは今でも自分が族長になるべきだって信じてるんだ」


 それがカティシュの思い込みである可能性もある。

 だが、自分の実力に自信のある人間が、ただの運で上へ行く可能性を否定されて素直に諦めるとは考えにくい。

 ロシュさんも妨害の可能性は示唆していたし、僕らも気にかけておいた方が良いのだろう。


 まあ、それはそれとして、一つ大前提を確認しておこうか。


「カティシュは、族長になりたいの?」


 ただ族長の血統だから習わしとして儀式を受けているだけなのか。

 それとも族長になってしたいことがあるのか。


「なりたい」


 カティシュは僕の目を見て、迷うことなく即答した。


「族長になって、種族のプライドに凝り固まったこの氏族を変えたい」


 その答えに僕は笑った。


「そっか。ならラッキーだったね」

「ラッキー?」

「うん。だってここ十年成功者がいないってことは、ここで成功すればカティシュが一番族長に近いってことだろ?」

「……そうだな」

「そうだよ」

「……絶対、成功させるぞ」

「うん」




「ロンド様……やはりロシュの監視の目が厳しく、我々が動くのは難しそうです」

「それに、奴についているゴーストの存在が厄介ですな。

 どこから我らを監視しているものか分からず……」


 部下からの報告に、ロンドは不快そうに鼻を鳴らした。


「ふん。相変わらず忌まわしい女だ。

 人間風情が、我ら巨鬼族の政にまで口を出すとは」


 あの女を排除したいと思ったことは両手の指の数では足りない。

 しかし彼我の圧倒的な実力差を理解できないほどロンドは愚鈍ではなかった。


「まあいい。精々我らを警戒して無駄な監視を続けるがいい。

 我らがわざわざ動かなくとも、奴らの命運はとうに尽きているのだからな」

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