第39話 巨鬼族と不思議な樹の実②

「私の弟のカティシュと妹のエンジュだよ。二人とも挨拶して」

「カティシュだ! よろしくな!」

「エンジュです! よろしくお願いします!」


 内装も豪華な宿の一室で、ロシュさんに紹介された十二、三歳ぐらいの少年少女が元気よく挨拶する。

 恐らく双子なのだろう。確かに茶色の髪で、顔の輪郭はロシュさんに少し似ている。

 しかし、彼らはロシュさんの弟妹というには、少しばかり外見的に違いがあるというか。


「えっと……」


 ホアンさんも同じ疑問を抱いたのだろう。

 聞いていいのかどうか、戸惑った様子で口を開く。


 何せ、彼ら二人の額には――小さな角があったのだから。


「あ~、言ってなかったけ?

 うちの弟と妹はね、巨鬼族なのよ」

「義理のご兄弟ってことですか?」


 僕の言葉に、ロシュさんは笑いながら違う違うと手を振って否定した。


「ちゃんと血のつながった兄弟だって。私の家族はみんな巨鬼族なの。

 で、うちって何代か前に人間の血が混じってたらしくて、私はその先祖返りってやつね」


 先祖返り。いわゆる隔世遺伝、田舎ではチェンジリングと呼ばれることもある。

 つまり、元々ロシュさんは巨鬼族の出身だということか。

 角もないし、身体も決して大きくないから生物学的には人間という分類で間違いないのだろうが。


「で、今回の依頼は護衛っていうか、この子たちの成人の儀の従者役ね」

「成人の儀?」「はい、うかがってます」


 僕とファルファラの声が重なった。

 僕らは不思議そうに顔を見合わせる。

 どうにも与えられている情報に差異があるようだ。


「えっと……面接の時に説明がありませんでした?」

「面接の時は即決だったんで」

「あ……そういや何の説明もしてなかったね」


 舌を出して失敗失敗と笑うロシュさんが説明してくれた内容は次の通りだった。


 ロシュさんの実家は巨鬼族の族長の一族で、成人するにあたって一つの試練が課される。

 それが成人の儀というもので、これを成し遂げた者だけが族長の候補者となる資格を得るそうだ。

 ちなみにこの場合の成人とは、武士の元服のようなもので肉体的な成人年齢とはまた別ものらしい。

 つまり試練を受ける者はまだまだ子供。

 そのため成人の儀を受ける者は従者を連れていくことが許されている。

 ただしあまり腕の立つ者が従者となっては本人にとっての試練にならないため、従者は成人して間もない年齢の者に限られている。

 一六歳以下という年齢制限はそのためのものらしい。

 そして今回、ロシュさんの双子の弟妹が同時に試練を受けることになったため、僕とポン、ファルファラが従者役に選ばれた、ということ。


 一通り説明を受けて、僕は気になった点を質問した。


「いくつかいいですか? 普通、族長を決める試練の従者なら、巨鬼族の中から選びません?」

「いきなり言いにくいことを聞くわね……」


 ロシュさんは苦笑して、不満そうな顔をするカティシュとエンジュを見つめながら答えた。


「族長の血統っていってもいくつかあって、うちはその中でも一番力がないのよ。

 で、従者になるってことは、ある意味支持表明だから、ね」


 なるほど。つまり他により有力な家があって、そちらに遠慮して従者になる者がいなかった、と。

 そりゃ、双子が不満そうな顔をするのも仕方ないか。


「それならもっと数を揃えるべきだと思いますけど?

 ファルファラ。君のパーティメンバーはどうなんだ?」

「ライルは年齢的には大丈夫なんですけど……」

「面接でわたしが落としたのよ。性格的に迂闊そうだし、うちの子たちと相性悪そうだったから」


 ロシュがしれっと口を挟んだ。


「それに、ああいう厚い鎧を着こんだいかにもな戦士とか、長老会がケチ付けてくるかもしれないしね。

 巨鬼族って基本、脳筋だから。一人前の戦士は従者として不適格だとかなんとか」

「……一応、僕もファイターなんですけど?」


 LV的には多分、ライルと同等のはずだぞ。


「ははは。そんな薄い鎧着てたら、巨鬼族じゃ戦士とは見てくれないって。

 いっそうちの子たちみたいに、鎧着てなかったら別だけどさ」


 成長すれば下手な皮鎧より頑丈な体皮が備わる巨鬼族の価値観からすればそうかもしれないけど。

 そこらの金属鎧より高かったんだぞ、このレザーアーマー。


 あと双子が鎧を着ていないのは単に脱いでいるだけかとも思ったが、違うらしい。

 カティシュは斧を背負い、エンジュは手甲を付けているので、ジョブはバーバリアンとモンクあたりかな。

 それぞれ防具に制限がある代わり、固有の特殊能力を持つ近接職だ。


「それで、試練の内容はどんなものなんですか?」

「うちの里の近くに、神樹の森って呼ばれてる場所があるの。

 ああ、神樹っていっても私たちが勝手にそう呼んでるだけで、ドルイドが祀るような特別なものじゃないわよ。

 試練はその森に入って、期限の三日以内にその神樹の実を持ち帰ること」

「持ち帰る実は、一人一個ですか?」

「有ればね。無ければカティシュの分だけで構わないわ」


 双子に視線をやると、既に相談済みだったのか表情を変えることなく頷く。


「その表現だと、実がない可能性ってのもあるんですか」

「ええ。実際、実がなってなくて試練に失敗した奴もいるからね」


 ふむ。不公平な気もするが、それはそれで“選ばれなかった”ということなのだろう。

 しかしそうなると……


「……妨害の可能性は?」

「直接的な暴力の可能性は低いけど、何かある可能性は否定できないわね。

 一応、私が目を光らせてるけど、限界はあるから。

 そっちの幽霊さんには、私と一緒に監視を手伝ってもらうつもりよ」

「なるほど。承知しました」


 ホアンさんが礼儀正しくお辞儀する。


「ロシュさんのパーティの方はどうされてるんです?」


 監視するにしても、あの英雄たちが揃えば心強いのだが。


「うちのメンバーは今、別件にかかりきりでね。

 私もこの件があるから、一時的にパーティを離れてるだけで余裕はないのよ」


 ロシュさんの態度には詳しい事情を聞きにくい雰囲気があった。

 ともかく、彼らの助力が期待できないということか。


「その、神樹の森について地図か何かありますか?」

「う~ん。すごく大雑把なものしかないかな。

 一応、聖地だから儀式の時しか立ち入れなくて、うちの親父がその時の記憶で書いたものぐらい」

「あと、その神樹の実の特徴を教えてもらえますか? できればサンプルがあると嬉しいんですけど」

「特徴は……ざっくりだけど青い拳大の丸い実ね。

サンプルはないけど、うちの子たちが見ればわかるから」


 なるほど。細かなルールはおいおい確認するとして、聞くべきことはこれぐらいか。

 ホアンさんとポンに視線をやると、ホアンさんは頷き、ポンはよくわかっていない様子で部屋の中をキョロキョロ見ていた。

 そして何故か、ポカンとしているファルファラに視線を移し。


「ファルファラ。君は何か聞いておくことはないか?」

「い、いえ、特には……」


 事前にある程度事情を聞いていたようだし、改めて確認することはないということかな。

 僕はロシュさんに向き直ると、最後の確認をする。


「それでロシュさん、出発はいつにしますか?」

「そっちの準備ができ次第と思ってるけど、早めがいいわね」

「僕らは概ね準備は済ませてるので、保存食とかの補充と下宿への連絡だけすれば、昼には出れます」

「……あ、私も仲間への連絡があるので昼まで時間をいただければ」


 ふむ、とロシュさんは僕らをぐるりと見まわし、宣言した。


「それじゃ、各自昼食を済ませてから、この宿の前に集合。いいわね?」

『はい』

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