第35話 ダンジョンとライバル⑧

「あんた、もっと強い結界張れないのか!?

 さっきから、次々スケルトンがすり抜けてきてるじゃないか!」


 座った体勢で弓を放ちながら、テッドが泣き言を漏らす。


 広間に押し寄せてきた無数のスケルトンの軍勢。

 それに対して彼らは、ホアンが咄嗟に対アンデッド専用魔法『対霊結界』を張って対抗していた。

 この魔法は一度使用すれば一八〇秒間、抵抗に失敗したアンデッドの精神に作用し、結界内への侵入を防ぐ優れもの。

 しかし数が多ければ当然抵抗に成功する個体も出てくるし、中には魔法が効きすぎてバーサーク状態になって襲い掛かってくるものもいる。

 結界内へ侵入してくるスケルトンをポンとテッドの射撃で接近前に何とか倒しているのが現状だった。


 ホアンが習得している魔法の中には、テッドの言うように、より強力な、それこそ一度でこの場の敵全てを消滅させるようなものもある。

 だが、それでは次々現れる敵の物量に対し対抗できず、あっという間に息切れしてしまうだろう。

 だからこそ、こうして燃費の良い魔法で時間を稼ぎ、対策を必死に考えているわけだが……


「文句ばかり言ってないで手を動かしなさい!」


 ホアンが口を開くより先に、ファルファラがテッドを怒鳴りつけた。


「え、あの……ファル……?」

「さっきから泣き言と文句ばかり言って情けない!

 コボルトさんは、ちゃんと自分の仕事を果たしてるのに何であなたはできないの!?

 男なら、こんな時ぐらいシッカリなさい!」

「……は、はい!」


 いつもは大人しいファルファラからの叱責に、テッドは目を丸くして口を閉じた。

 ホアンも思わず彼女をまじまじと見てしまう。


「す、すいません……」


 注目が集まったことに気づいたファルファラは、顔を赤くして反射的に謝罪する。

 ホアンは柔らかな笑みを浮かべた。


「いやいや、僕の言いたいことを言ってくれてスッとしたよ」

「……うぅ」

「とは言え、このままじゃジリ貧だからね。

 彼らが侵攻を防いでくれているうちに、僕らでなんとか打開策を考えないと」

「……はい」


 ファルファラはまだ精神力を温存している。

 この状況の打開にはマジックユーザーの力が必要不可欠だとの判断からだが、二人は未だ打開策を見いだせていなかった。


「僕が全力で魔法を使えば、一時的にこの包囲を突破することはできると思う。

 だけど、逃げた先が行き止まりになっていたらおしまいだ」

「そうですね……私の魔法じゃ、どこに向かえばいいかは分からなくて。

 すいません。使い魔と契約できてれば、偵察させることもできたかもしれないんですけど」

「ああ、こんな状況で謝らないの。まずは自分にできることを考えないと。

 それに使い魔がいたって、この状況で偵察が間に合うとは思えないしね」

「……はい」


 結局のところ、逃げ場がないという一点で、彼らは手詰まりになっていた。

 二人とも敢えて口には出さないが、この状況が落とし穴の罠と連動しているのであれば、脱出が難しいことも薄々察している。


(こんな時、ミレウス君がいたらどうするんだろう?)


 普段は常識人だが、追い詰められると何をしでかすか分からないリーダーのことを思う。

 そう言えば、ポンは先ほどから全く声を発していない。


(ポン君……)


 ポンは震えながらも動きを止めることなく、近くの瓦礫を拾っては射撃を繰り返していた。

 その表情に怯えはあれど、諦めた様子はない。

 信じているように見えた。助かること――あるいは彼を。


 結界の効果時間が切れそうになりホアンは魔法をかけ直す。


(消耗戦じゃ僕らに勝ち目はない。

 精神力を消耗すればするだけ、僕らが不利になるのは目に見えてる。

 それにポン君はともかく、彼の矢は有限だ。

 それならいっそ、一か八か突破してみるしかないか……)


 分が悪い、勝ち目の見えない賭けにホアンが出ようとした、その時。


「バウバウ!」


 突如ポンが耳をピンと立て、歓声を上げる。


 何があったのかとホアンが疑問に思うより早く、その答えはやってきた。


「うぉ!? 何か、敵がどんどん増えてないか!?」

「あそこだ! 突っ込め!」

「死ぬぅ!? 今、剣が頭掠った!?」

「数が多い――使いますぞ! 【聖気・浄祓】」


 スケルトンの軍勢の中から眩い光が溢れ、そして動きの鈍ったスケルトンたちを弾き飛ばし、三つの影が飛び出してきた。


『ミレウス!』




「ポン! ホアンさん! 無事か!?」


 勢いに任せてスケルトンの群れを突破した僕は、仲間の姿を見つけ叫んでいた。


「バウバウ!」

「大丈夫、こっちは問題ないよ」


 二人は安堵した様子で僕を迎えてくれる。


「ファルファラ! 無事か!? 何もされてないか!?」

「きゃっ! いきなり何するのよ!?」

「ギド、助かったよ……」

「うむ。おぬし等も無事で何より」


 向こうでは、勢い余ってファルファラに抱き着こうとしたライルがビンタされていたり、テッドに襲い掛かるスケルトンをギドが戦斧で粉砕したりと、それぞれ感動の再会をしている。


 それにしてもここは、スケルトンの進攻が鈍い……これはホアンさんの結界かな。

 僕が一息ついていると、ホアンさんが口早に確認してくる。


「ミレウス君、君たち傷だらけだけど治療は?」

「必要ありません。幸いスケルトンも味方が邪魔でまともに武器を振れてませんでしたから、ほとんどかすり傷です」

「わかった。それで状況は理解してる?」

「概ね。さっきの落とし穴に連動した罠でここに追い詰められてるってとこまでは」

「説明の手間が省けて助かるよ。

 このままじゃジリ貧だ。一か八か僕が突破口を開くから、今度は全員であの群れを駆け抜けてくれ」


 僕は瞑目し、ホアンさんの意見を精査した。

 ホアンさんの魔法があれば、一時的にこの包囲網を突破することはできるだろう。

 しかしその先はどうだろうか?


(スケルトンが集まってきてるってことは、どこかに出入口があるのは間違いない。

 だけど、これが罠ならそれを易々と突破をできるとは考えにくいな。

 確かに僕らはたった今、強引に群れを突破してきた。

 だけどそれは、罠の中での話。中から外に出るのとは難度が全く違うと考えるべきだ)


 ホアンさんの提案は極めて分の悪い賭けだ。

 だが、このままではジリ貧なのも確か。


(何かないか……何か……)


 僕は周囲を見回す。

 ポンは考えるのは僕らに任せて、スケルトンの撃退に回っている。

 ライル、ギド、テッドも同様だ。

 ファルファラはこちらをうかがっている。


(……待てよ。ウィザードなら……!)


 脳裏に浮かんだ可能性に、僕は床を見下ろす。

 上から落ちてきた大小様々な床の残骸が散乱している。落ちてきたときはかなりの衝撃だったろう。

 そして、僕らが今立っている床の材質は落ちている残骸と同じもの。

 恐らくまだこの遺跡には下があるのだ。


「そこのウィザード!」

「は、はい!?」

「君、精神力の残量はどの程度だ?」

「えっと……全快の六割ぐらいだと思います、けど?」


 それならギリギリいけるか。


「ホアンさん、どうせ突破するなら、こっちを行きましょう」

「こっち、って……ええ?」


 僕の言葉の意味を理解して、ホアンさんは目を白黒させた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! いくら僕が全力をだしても、そこまでは……!」

「中から、力が逃げない状況であれば、どうですか?」


 ホアンさんは数秒その場から姿を消す。

 そして再び姿を現し、半信半疑といった様子で呟く。


「……行けるかもしれない」

「お願いします!」

「……失敗しても恨まないでおくれよ!」


 ホアンさんが再び姿を消す。

 僕はファルファラを連れてその場から距離を取った。


「え? え、え……!?」

「君は今のうちに『降下制御』の準備を。

 みんな! 少し揺れるから、気を付けろ!」


 僕の警告に、皆が反応するより速く。


 ――ズドオンッ!


 床からくぐもったような破砕音が鳴り響き、床が崩れ落ちて直径四メートルほどの穴が開いた。


「全員、こっちへ急げ! この穴から下へ降りるぞ!」

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