第34話 ダンジョンとライバル⑦

 ポンたちが落下した場所は広間になっていた。

 上層階と同じような造りの通路の途中に開けた、ちょっとした舞台ほどの空間。

 動き回ってミレウスと行き違いになることを避けるため、ポンとホアンはその場に留まっていた。


「なぁ、頼むよ? 俺の足治してくれよ。

 これじゃ何かあった時に逃げられないだろ?」

「わ、私からもお願いします。

 テッドの足を治療していただけませんか?」


 捻挫して赤く腫れた足を見せて訴えてくる二人に、ホアンは呆れた様子で嘆息した。


「何度も言わせないでくれないかな?

 この状況で僕の精神力は貴重なんだ。仲間でもない人間の治療に回す余裕はないよ」

「そんな、こんな状況なんだから、助け合うのが普通だろ!?」


 臆面もなく言うテッドに、ホアンはこの場にミレウスがいなくて良かったと思った。


「だいたい、そんな役に立たないコボルトを治すぐらいなら、まず先に俺を治せよ!

 その方がずっと脱出の役に立つだろう!?」


 ミレウスがこの場にいたら、確実に血を見ていた。

 既にホアンが治療しているが、ポンが落下により腕を折っていたことが彼に知られたならどうなっていたことか。


 ミレウスは基本的に善良な人間だが、身内とそうでないものとの線引きが極めて明瞭だ。

 善人の皮を一枚剥ぐと、その外側にあるものを躊躇なく切り捨てる冷酷さがある。

 現にここに落ちる直前、ミレウスはホアンに、あの四人ごとスケルトンの群れを魔法で吹き飛ばすよう指示していた。

 スケルトンが罠を作動させなければ、この二人を含めた四人の命はなかっただろう。


 ホアンはちらりと、会話に加わらず警戒を続けるコボルトに視線をやる。


(感情的に人を害することはないだろうけど、ポン君に有害だと判断すれば、はたしてどうかな。

 結局、彼がどう転ぶかはポン君次第ってことか)


 ホアン自身、ミレウスの同類だという自覚があるだけにブレーキ役にはなれない。

 むしろ感情的にはミレウス寄りだ。


「文句があるなら、僕らは君たちと離れて別行動をとってもいいんだよ。

 こうしてここにいること自体、僕らの善意だと理解してもらえないかな?」

「だーかーらー、俺が動けるようになれば、すぐ先導して他の連中と合流させてやるって!」


 テッドの言葉にホアンは堪えきれず失笑した。


「ははっ。索敵もまともにできず、敵を引き連れてきたスカウトが、なんだって?」

「んだと……!?」


 顔を赤くしていきり立つテッドに、ホアンは冷笑を浴びせた。


「そのざまで、よくうちの優秀なスカウトを馬鹿にできたもんだ」

「ふざけんな! まさか俺よりそのコボルトの方が優秀だって――」

「キタ!」


 周囲を警戒していたポンが吠え、スリングを構えた。


「は? おい、何いっちょ前に構えてるんだ?」

「敵だってさ」

「そんなのどこに――」


 テッドが言い終わるより早く、暗闇からスケルトンがぬっと姿を現し――それと同時にポンの射撃が着弾した。

 スケルトンが接近するより早く、二発、三発と放たれた礫が、スケルトンを撃破する。

 ポンはそのことを誇ることもせず、そのまま周囲の警戒を続ける。


「…………」

「待ってれば僕らのリーダーが、ここに君らのお仲間を連れてやってくる。

 助かりたければ、それまで黙って大人しくしてろ」


 ホアンの言葉に、呆気にとられたテッドとファルファラからの反論はなかった。




「まずいな、階段が塞がってる」


 通路を進んで、ようやく見つけた階段の様子に僕は表情を歪める。

 ライルは僕の背後から階段を覗き込んで首を傾げた。


「何がまずいんだ? 塞がってるのは上りで、下り階段はちゃんと繋がってるじゃないか」

「…………」

「な、何だよその呆れた目は?」


 見た通り呆れているのだが、その理由までは伝わらなかったらしい。


「何か問題でも?」


 ギドも事情が分からず尋ねてくる。


「僕らは上からこの遺跡に入ってきました」

「あ。そうか……出入口は上にあるんだ」


 僕の指摘にライルがようやく気づいたらしく表情を歪める。

 一方ギドは冷静に意見を述べた。


「しかし、上へ続く道がここだけとは限らないのでは?」

「ですね。でも、階段を塞いでる瓦礫を見てください。

 これ、崩れ方からして、たった今崩れたばかりですよ」

「……なるほど、拙いですな」

「え、何がだよ?」


 まだライルは分からないらしい。


「つまり、さっきの罠に連動して上への通路が塞がれたんじゃないかってこと。

 そうだとすれば、僕らのいるこの区画と上へ通じる経路が遮断された可能性がある」

「……まずいじゃん!」

「だから、そう言っとるじゃろうが!」


 背後で繰り広げられる漫才を無視して、僕は下りの階段へと歩を進めた。


「ここが砦だとすれば、ただ敵を封じ込めるだけじゃ片手落ちだ」

「あ? どういう意味だよ?」

「封じ込めた敵を始末する仕組みがあるんじゃないかってこと。

 機械仕掛けの罠があったとしたらとっくに発動してるはずだ。

 可能性が高いのは、追い込んだこの区画に砦の兵士が襲い掛かってくること」


 数瞬遅れて理解したライルが叫ぶ。


「まずいじゃん! ファルたち、後衛ばっかだぜ!?」




「クゥ~ン」

「ポン君? どうしたの?」


 突然耳を伏せて怯えた声を出したポンに、ホアンが声をかける。


「……アシオト、タクサン」


 単に多数の敵が来ただけなら、ポンは逃げるよう促していただろう。

 しかしそうでないということは……


「ひょっとして、逃げ道がない感じ?」

「クゥ~ン」


 二人の尋常ではない様子に、ファルファラが恐る恐る声をかける。


「あの……良くない単語が聞こえたんですけど?」

「そうだね。取り敢えず、気休めかもしれないけど魔法の準備しておいてくれる?

 ついでに、そこでふててる坊や。君も弓を構えて」

「あぁ? スケルトンぐらいそのコボルト、が……あ?」


 言葉の途中でスカウトであるテッドは、接近するその存在に遅ればせながら気づいたらしい。

 顔色が瞬く間に青く染まる。


 ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ


 無数の足音が、次第に大きくなって彼らの耳に届く。

 彼らを挟み撃ちにするように、通路の両側から、規則正しく。


(拙いねこれは……僕が消滅覚悟で力を振り絞ってもどうにかなる数じゃないかも)




「おい! 上からなんか足音みたいなのが聞こえてきたぞ!?」


 螺旋階段を駆け足で下りていると、後ろからついてきているライルが叫んだ。


「安心してくれ! 下からも同じように聞こえてるから耳がおかしくなったわけじゃない!」


 やけくそ気味の僕の返事に、彼は速度を上げて僕に並んだ。

 真剣な表情で、呟くように言う。


「ファルたちに合流しないと……!」

「……ああ!」


 初めて意見があった気がする。


 下の階への入り口――扉が見えた。

 僕は二人に向けて、走りながら叫んだ。


「下の階は恐らく既に敵で溢れてる。

 まずは味方との合流を優先します!」

「どうやってですかな?」

「力ずくで突破します!」


 僕の言葉に、二人からの反論はなかった。


「足の遅いギドさんを先頭に、僕とライルで左右を固めて突っ切る!

 敵を倒す必要はないからとにかく駆け抜けて!」

「はっ、分かりやすくていいな!」

「ギドさん! いざという時の魔法のタイミングは任せます!」

「応よ!」


 僕らは扉を蹴破り、通路へと突入した。


『――――』


 既に通路は無数のスケルトンで溢れかえっていた。

 想像はしていたが、そのあまりの圧力に僕らは一瞬息を呑む。

 それでも、呑み込んだ息を僕らは思い切り吐き出す。


「行くぞ!」

『応!』

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