第19話 幽霊少女の憂鬱①
「それじゃ、行ってきます。予定では一〇日ぐらいで戻ってこれると思いますので」
「はい、行ってらっしゃい。気を付けてくださいね」
大家のアニタさんが旅装を整えた僕を、どこか微笑ましそうに見送ってくれる。
そんな僕らの足元では、より熱烈な見送りが行われていた。
「すぐもどってきてね、ポン!」
「ニア……ニア、クルシイ……!」
大家の娘のニアちゃんが、名残り惜しそうにぎゅっとポンを抱きしめている。
数日でよくここまで懐いたものだ。
白い毛に覆われて顔色は分からないが、ポンの息がそろそろまずそうなので、ニアちゃんの頭を軽く撫でる。
「ニアちゃん、お土産買ってくるからね」
「……うん。いってらっしゃい」
目元に滲んだ涙をぬぐって、ニアちゃんがお見送りしてくれる。
「それじゃ、行ってきます」
「イッテキマス!」
手を振るアニタさんとニアちゃんを背に、僕らは冒険に旅立った。
と、格好つけて旅立ってはみたものの、今回の仕事はただのお使いである。
そもそも、新米の、しかもへっぽこファイターとコボルトのコンビがそうそう依頼なんて受けれるものじゃない。
今回はある意味タイミングが良かったと言えるだろう。
つい先日までレイヴァンの町で起こっていた連続行方不明事件。
事件の最中、中堅以上の冒険者は捜査に手を取られ、駆け出し冒険者は安全を考慮して依頼を受けづらい状態が続いていた。
その結果、冒険者ギルドの業務は停滞し、依頼は溜まる一方。
普段からギルドに護衛依頼を出している商人たちもお手上げ状態だった。
そして事件が解決した今、冒険者も商人も一斉に動き出したわけだが、何事にも優先順位というものがある。
行商を営んでいた商人たちは、流通が再開した今がまさにかき入れ時。
このタイミングで、出来るだけ大きな商圏で大量の商品を捌きたい。
しかし一方で、商圏は小さくとも、彼ら行商をあてにして生活している過疎地の村も存在する。
そうした村にとっては行商が来なければ生活そのものに影響がでるし、それをないがしろにしては商売人としての信用に傷がつく。
そこで今回の依頼だ。
そうした過疎地の村に、商人から訪問が遅れる旨のお詫びの手紙と、塩などの最低限の必需品を届けてほしい。
僕とポンとで運べる量などたかが知れているが、もともと小さな村。品目を絞ればしばらくはそれで充分持つだろうとのこと。
徒歩で片道五日程度の行程。
必ずしも安全とは言えない道のりだが、わざわざ普通の冒険者パーティに頼むほどでもない依頼。
ある意味、僕らにピッタリだったというわけだ。
「ミレウス、ゴハン、タベテイイ?」
「だ~め。まだ早いよ」
何度目かになるポンのおねだりをかわして、僕は伸びをしながらのんびりと街道沿いを歩いた。
今のところ見晴らしもよく、何か危険があればすぐに発見できるだろう。
「もう少ししたらお昼にするから、それまで待ってて。
それよりポン、周りに何か近づいてこないか、ちゃんと警戒しててね」
「ワカッタ!」
ピンと立った耳をひくひくと動かし、ポンは元気よく返事をした。
僕らは基本、戦闘は回避する方針だ。
探知に特化したスカウトであるポンが周囲を警戒し、何かあればすぐに逃げる。
この方針はポンにもよく言い含めてあった。
あまり消極的だと冒険者としての成長に影響がでるかもしれないが、まずは安全第一だろう。
街道に沿って平坦な草原がどこまでも続くのどかな風景。
ここしばらく町に閉じこもってバイト三昧だったこともあり、解放感に自然と僕の足も軽くなった。
ポンも体力面を心配していたが、小さな身体を軽妙にトテトテ動かし、疲れた様子はない。
ポーター技能を取得させたことが上手く働いているのだろう。
その表情は散歩を楽しむワンコそのものだった。
「ミレウス!」
突然、ポンが尻尾をピンとたて、警戒するように街道の右側をじっと見つめた。
「どうした、何か見つけた?」
「……ナニカイル」
ポンが見つめる方向には、街道に沿って大きな川が流れていた。
「……あ、ホントだ。あそこ誰かいるな」
少し距離があるのではっきりとは分からないが、川辺に人影が二つ。どうやら休憩しているようだ。
そのうち一つは小柄なので、子供か、あるいはホビットのような小柄な種族だろう。
様子からしてただの旅人、特に警戒は必要あるまいと判断した僕は、ポンの頭に手をやり進もうと促す。
「…………」
しかしポンは一点を見つめたまま動こうとしない。
「どうしたの、ポン? 大丈夫だから先行こう?」
「……アソコ」
「うん、人がいるのはわかるけど……ん?」
よくよく見ると、人影から少し離れた場所に何か動く影があった。
フォルム的に四足歩行……大人ぐらいのサイズがある。
「っ! おーい、そこの人たち! 危ないですよー!」
大声で人影に呼びかけ、警戒を促すが全く動く気配がない。
声が届かないほどの距離ではないが、聞こえていないのだろうか?
「仕方ない……行こう、ポン!」
危険は避ける方針と言ったが、このまま見過ごすわけにもいかない。
僕はポンに声をかけて駆け出す。
「……バウ!」
ポンは一瞬躊躇するような素振りをみせたが、すぐ僕に追随してくれた。
歩幅が違うので僕が先行する形になる。
「おーい! そこの人!」
走りながら再び声をかけるが、やはり人影は反応しない。
近づくと、四足歩行の影の方が先に正体が判明した。
赤い鱗で覆われた体長一メートルはあろうかという大型のトカゲ。
「ジャイアント、リザードか」
ゲーム知識とミレウスのセージ知識が同時に同じ結論を出す。
ジャイアントリザード。文字通り大型のトカゲ。
肉食で性格は狂暴。人間の子供ぐらいなら一飲みしてしまう。
牙には毒があるため警戒が必要だが、スペック的には初級ファイターでも十分対処可能。
そして僕なら、万一毒を受けても魔法で解毒することができた。
(子供もいるみたいだし、逃がすより、こいつを倒した方が確実だ)
そう判断すると、僕はジャイアントリザードまで二〇メートルほどの距離に近づくと歩を止めた。
「【火精・炎弾】」
炎の精霊に呼びかけ、初級の攻撃魔法をジャイアントリザードに放つ。
この世界で魔法は必中ではないが、炎弾は外れることなく魔物の腹部に命中した。
「グギャァァッ」
鱗の防御を超えて少なからぬダメージを受けたジャイアントリザードは、攻撃対象を僕に変え、突撃してきた。
見た目からは想像もつかないほどの速度で突進してくるが、僕は焦らなかった。
(爬虫類ならもっと怖いのを経験済みだよ!)
剣と盾を構え、やや左半身を前に、盾を突き出すような姿勢で迎え撃つ。
ジャイアントリザードは盾ごと僕を食い破ろうと大きくジャンプして突撃してきた。
それを左に回るよう回避し、すれ違いざまに剣で一撃。
「ギィィッ!?」
少し浅かった。
だが再びジャイアントリザードが攻撃に移る前に、僕は盾を前にしてその横腹に体当たり、鱗の隙間から思い切り剣を突き立てる。
傷口から紫の血を吐き出しながら、ジャイアントリザードは尻尾を大きく振って僕を弾き飛ばした。
僕はそれを盾で受け、衝撃に逆らうことなく後ろに跳ぶ。
ジャイアントリザードがその爪で地面を蹴りつけ、再び突進しようと身体を揺らした――その瞬間。
――ガンッ!
「グギィッ?」
横から飛んできた石がその頭部にあたり、注意を逸らした。
ポンがスリングで援護してくれたようだ。
(ナイス、ポン!)
この機を逃さず、僕は一直線に突進した。
左手の盾を前に、右手の剣を引き絞る様に。
そしてジャイアントリザードが間合いに入った瞬間、右手の剣を勢いのまま頭部に突き立てた。
「グギャァァァッ!!」
ジャイアントリザードは何度か身体を揺らして抵抗するような素振りを見せたが、すぐに動かなくなり、息絶えた。
「……はぁ……はぁ」
ゆっくりと残心を解き、荒れた息を整える。
そして事前の打ち合わせ通りに行動してくれた殊勲者を褒めるべく振り返った。
「ポン! ありがとう、いい援護だったよ!」
しかし、ポンからの反応はない。
「……ポン」
「ウウ……!」
ポンは僕ではなく、先ほど見えた二つの人影をじっと見つめ、警戒していた。
「どうし、た……」
どうしたんだポン、と口にしようとして、僕はようやくポンが警戒している理由に気づいた。
人影は三〇歳ぐらいの男性と、一〇歳ぐらいの少女。
顔立ちが似ているので、恐らく親子か何かだろう。
男性は僧衣を纏っているので旅の神官か。おかしな点は特に見受けられない。
「あ、え……?」
問題は少女の方。
少女の身体は宙に浮き、そして透けて見えた。
「……幽霊?」
僕のつぶやきに、男性が悲しそうに苦笑したのが見えた。
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