第2話 ゴブリンと一緒①
「身分証はあるかい?」
「あ、はい。ちょっと待ってください……」
門番のおじさんに問われて、リュックを下ろして中の荷物をあさり、銅製のプレートを差し出す。
門番はプレートに刻まれた記載を確認し、
「ん~、これ、更新ができてないね」
「そうなんですか? それ、祖父が昔作ってくれたものだったんですけど……」
「おじいさん、何やってたの?」
「ドルイドです。僕もずっと祖父について森で暮らしてたものですから、更新とかは分かってなくて」
「ああ、中身は正当なものだし、あとで更新さえしてくれれば問題はないよ」
この身分証使えないのか、と不安になっていた僕に、門番のおじさんは笑いながら手を横に振った。
「それで、この街には何の目的で?」
「冒険者になりたいと思いまして。
祖父が亡くなって、一人きりで森で暮らすのは厳しいですし、いくらか剣とまじないの心得があるので」
「なるほどね。なら身分証の更新は冒険者ギルドでやってくれればいいよ」
通っていいよ、と門番は指で指し示す。
僕はありがとうございます、と頭を下げて門の中に入ろうとして、ふと気になったことを尋ねた。
「すいません。森の外のことがよくわかってなくて、馬鹿なことを聞くんですが。
この町、何て名前なんですか?」
門番は一瞬目を丸くし、そして面白がるように破顔して言った。
「ここはレイヴァン――集いの町レイヴァンさ。ようこそ、新米冒険者」
町を覆う塀の中に入って、僕はお上りさんよろしく辺りをキョロキョロ見渡しながら歩いていた。
(見た限り……軟体生物が支配してたりするヘルモード系の世界じゃあなさそうだな。
ほとんど普通のヒューマン……あ、あの人はドワーフかな?)
町の中はざっと見た限り平和そうで賑わっていた。
少なくとも異世界からの侵略者に怯えたり、戦国で切ったはったが日常というわけでもなさそうだ。
人口構成を見ると、九割がヒューマン、残り一割がエルフやドワーフらしき亜人種。
(となると、イメージ的には公式推奨世界のエルダナーンとかグレイハウンドとかかな?
でも、レイヴァンなんて町聞いたことないし……オリジナル世界観なのかも)
ぼんやりと思考を巡らせながら、ミレウスの記憶の中にある冒険者ギルドのマークを探して通りを歩いた。
この時、僕自身は気づいていなかったが、先ほど門番と話して“ミレウス”を演じてから、僕の思考はミレウス寄りになっていた。
肉体に自我が引きずられるように、自分のことを“俺”ではなく“僕”と認識している。
屋台から漂ってきた焼き串の美味しそうな香りに、若い身体が反応しておなかがくうと鳴ったが我慢する。まずは冒険者ギルドを探して仕事にありつかないと。
(お。あの人たち、いかにも腕の立ちそうな冒険者パーティって感じだな)
ちょうど目の前を横切った武装した若い五人組。
ヒューマン三人とエルフ、もう一人はハーフハイト――小人族――だろうか。
彼らについて行けば、ギルドに辿りつくかもしれない。
この時、話を聞くという発想が出てこないあたり、ぼっちだなぁ、と我ながら呆れる。
僕が視線で彼らを追っていると、突然横から声をかけられた。
「ねぇ、僕らに何か用?」
(――――!)
心臓がドクンとはねた。
僕のすぐ真横に、あのパーティにいたハーフハイトの男性が立っている。
間違いなくついさっきまであそこにいたはずだ。
慌ててさっきのパーティを見ると、やはりそこにハーフハイトの姿はなく、残る四人もこちらを見つめていた。
「今、僕らの方を見てたでしょ? 何か用?」
「え、あの……」
上手く言葉がでてこない。
目の前で笑うハーフハイトは小柄でとても非力そうなのに、その笑顔がとても恐ろしく思えた。
(いや、僕はべつに疚しいところがあるわけじゃない)
大きく深呼吸して、心を落ち着ける。
「僕、冒険者になろうと思ってこの町に来たばかりなんです。
それで皆さんを見かけて」
「ああ。ギルドに行きたいんだ?」
「はい。皆さん、冒険者ですよね? それでつい目で追っちゃって」
「そっか、ギルドならあっちだよ」
言って、ハーフハイトは彼らが来た方角を指さす。
良かった。ついて行ったら逆方向だったのか。
僕はハーフハイトと、遠くでこちらを見ている冒険者たちに頭を下げ、ギルドに向かって歩き出した。
「すいません、ありがとうございました」
「気を付けてね~。あんまりキョロキョロしてると危ないよ~」
それは何を指しての言葉なのか。
振り返った時にはハーフハイトの姿は既に元いたパーティに合流していた。
(あれが本職のスカウト……LV1の危険感知とかまるで役に立たないな)
「はい、ミレウスさん。登録完了しました。
こちら新しい身分証になりますから、無くさないでくださいね」
ギルド嬢から真新しい鉄製のプレートを渡される。
ギルドでの登録手続きは特に何の山場もなく、完了した。
自主申告で簡単にどんなことができるのか聞かれただけで、特にテストも先輩冒険者に絡まれることもなかった。
強いて問題を上げるとすれば、冒険者登録と身分証の更新手続きに銀貨五枚が必要だったこと。
必要経費とはいえ、残り銀貨一枚では宿にも泊まれない。
「あ、あの……早速仕事を受けたいんですけど、僕でもできるような仕事、何かないでしょうか?」
「う~ん、そうね……新人一人でとなると、どうかな……」
二〇代半ばほどのギルド嬢は、僕の目の前で依頼票らしき紙をめくりながら考え込んだ。
このギルドはそれほど規模が大きくないらしく、カウンターは二席だけ。
酒場を併設しているようだが、今はまだ日が高く人気はまばらだ。
「一人でとなると、正直厳しいのよね。
確か、剣と精霊魔法が使えるんだっけ?」
「はい。まだ半人前ですけど、簡単なケガを治すぐらいならできます」
シャーマンはプリーストほどではないが、治癒魔法が使える。
逆に今はまだ、それしかできないし、本当に微々たる効果しかないのだけれど。
「ヒーリングが使えるの? それならどこかのパーティに混ぜてもらえるかも」
ギルド嬢は改めて依頼票をめくり直す。
「あの……僕みたいな新人で仲間を募集してるパーティとかはないんでしょうか?」
理想的な展開はそれだ。
RPGではそれぞれ役割を分担してパーティを組むもの。
どんな熟練者でも一人で何でもこなすことは難しいし、新人でもパーティを組めば相応の力を発揮できる。
強いて問題を上げるとすれば――
「パーティの募集? そうね……新人だと、タンク、プリースト、スカウトの募集があるけど」
言って、ギルド嬢は僕の姿を上から下まで観察した。
「貴方……ちょっと募集内容と違うかしら」
「……ですね」
僕がどの役割においても中途半端だということ。
純粋な戦士職と比べれば技量で劣るし、シャーマン技能を使うため鎧も薄い。
シャーマン技能で簡単な治癒魔法は使えるが、プリーストと比較するとその効果は弱い。
スカウトも嗜み程度にできなくはないが、例えば仲間の命を預かって罠の解除とかができるかと言えば、そうでもない。
既にある程度役割分担が出来上がったパーティに追加で入るならいいかもしれないが、そんなパーティは普通仲間の募集なんてしていないだろう。
ギルド嬢は苦笑して、それ以上その話題には触れず、依頼票をめくった。
「――あ。これなんてどうかしら?
隣町のルノアまで、往復五日の護衛依頼。
今日の昼には出発する予定なんだけど、依頼を受けたパーティが三人組なのよね。
雑用を引き受けて、多少あなたの依頼料の分配を少なくするって言うなら、混ぜてもらえるかも。
依頼料は後払いだけど、期間中の食費なんかは先方持ちよ?」
どうする、というギルド嬢の言葉に、僕は一も二もなく飛びついた。
特に食費が先方持ちというところがいい。
「よろしくお願いします!」
「そう。それじゃ、依頼を受けたパーティに話をしてみるから、少し待ってて」
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