TRPGの自キャラに転生って、俺まだLV1なんですけど?~ぼっちのTRPGオタクはキャラクター作成が趣味なだけでゲームは未プレイです~
円
第1話 異世界へ
「よし、まあまあの能力値だな。あとはファイター用の装備セットをコピーして、と」
ダイスを振りながら出た目の値を自作のエクセルシートに入力、必要な情報を既存シートからコピーする。
手慣れた様子で入力を終え、所持金や装備に不備がないかを確認。
「ばっちり。設定はヒューマンで一五歳の男、金髪碧眼でドルイドの出身。
名前は……ミレウス。育ての親が死んで冒険者になろうと森を出た、とこれでよし」
キャラクター作成が一通り完了したことで、俺、伏見貴之は満足げに一息ついた。
TRPGという遊びをご存じだろうか。
テーブル・トーク・ロール・プレイング・ゲーム。紙と鉛筆、ダイスを使ったRPGの元祖。
TVゲームとは違い、自分たちで自由に物語を作り上げる、いわゆる大人のごっこ遊び。
実際にプレイをしたことはなくとも、リプレイなどの読み物でこれに触れた人間は多いのではないだろうか。
俺もその一人で、学生時代に偶然手にしたリプレイで見事にTRPGに嵌まってしまった。
そのままリプレイの背景にあるルールが知りたくなり、ルールブックや膨大な数のサプリメントを買い込み、財布が軽くなったのはいい思い出。
その作り込まれた精緻で大胆なルールに引き込まれ、自分でもキャラクターを作り、その設定を夢想した。
そのまま実際に仲間を集めてゲームがプレイできればよかったのだが、いかんせん自分はぼっちだった。
いや、学校でも会社でも、必要最低限のコミュニケーションは取っているし、社交性が皆無というわけではない。
ただ、人との距離を詰めるのが苦手で、腹を割って話のできる友人は一人もいなかった。
上っ面の付き合いはできても、自分をさらけ出すことができなかったのだ。
そんな奴が、仲間と一緒にゲームなんてできるはずがない。
だからこうして、休日に自宅で一人、ルールブックを眺めながらキャラクター作成をするのが趣味になっていた。
「う~ん、しかし見事な勇者様ビルドだな。
レベルが上がれば万能キャラだけど、低レベルだとまるきり使えないというか。
こんなの、実際のプレイじゃ嫌われるだろうな」
ま、実際にプレイする相手もいないから、嫌われるも何もないんだけど、と呟き俺は席を立った。
「さて、たまの休みだし、買い物ぐらいは行くかな」
髭剃りはどこ置いたかな、と部屋を見渡した時、突然視界が歪んだ。
「……あ、あれ?」
胸が苦しくなって、立っていられない。
まだ二〇代でこの間の健康診断の結果は問題なかった。
酒もたばこもやらないし、ちゃんと節制していたのに。
「ま、ず……」
その時、俺の頭の中にあったのは、ハードディスクの中身を消しておかなければ、ということだった。
「あ…………」
その日、実に呆気なく、俺、伏見貴之は死んだ。
死因は日頃のストレスが引き金となった心臓発作。
死の瞬間、作り終わったばかりのキャラクターデータがパソコン画面上で明滅し、プツンと消えた。
「…………」
気が付くと、俺は草原に立っていた。
混乱とは少し違う。まるで自分が、伏見貴之だった夢から覚めたような不思議な感覚。
手を開いて、自分の体を見下ろす。
中古のレザーアーマー、左腕にはバックラーを据え付け、腰にはブロードソード。
自分が設定した、ミレウスの装備。
装備だけではない。この身体もミレウスのものだ。
だって脳には、ミレウスとして生きてきた一五年間の記憶が存在している。
自分はミレウスなのだと、この肉体が俺に主張していた。
ミレウスの肉体に、伏見貴之だった自我が植え付けられたような。
意味が分からないが、敢えて説明するならそうとしか言えない奇妙な感覚だった。
「あ……」
喉から漏れた自分の声が思っていたより少し高くてびっくりする。
「あ、あ~……うん。普通に喋れるし、身体も動かせるな」
手をにぎにぎしながら動作に問題がないことを確認する。
そして、自分がミレウスだとすれば確認しなければならないことがあった。
「どうすればいいんだ? ステータスオープン?」
目の前にウインドウが現れたりはしなかった。
「違うのか、ステータスとかない系の世界なのか?
キャラクターシートを確認したいんだけど……お?」
脳内にキャラクターシートのイメージが浮かび上がる。
自分が作ったエクセルデータとはつくりが違うが、中身は確かにミレウスのものだ。
「よし、ミレウスのステータスは、と……」
【基礎能力】
筋力:15 耐久:12 器用:16
敏捷:13 知力:14 精神:12
基礎能力はダイス目次第だったが、ヒューマンの平均値が10だからかなり優秀な方だ。
だが問題はこの後のジョブレベルとスキルレベル。
【ジョブ】
ファイター:LV1 シャーマン:LV1 スカウト:LV1 セージ:LV1
【スキル】
剣戦闘:LV1 回避:LV1 精霊感応/光:LV1 危険感知:LV1
見事に平べったい。
初期LVのキャラクターでも普通は一つ二つはLV2のジョブかスキルがあるものだが、横に広げ過ぎている。将来的に全局面で対応できるキャラクターを、という思いが先行してしまい、色んな技能をつまみ食いしてしまった。
俺がプレイしていた――もといキャラクターを作成していたゲームは【能力値】【ジョブ】【スキル】の三つの要素を複合して判定値が決まる。
そして判定値への補正は、
【能力値】<【ジョブ】<【スキル】
要は【能力値】は広く浅く、一方で【ジョブ】や【スキル】は狭く深くその行為に影響を及ぼす。何が言いたいかというと、低レベルであってもLV1と2との間には大きな差が生まれるのだ。
「まぁ、そこは現状ソロなわけだし、一通りのことができると前向きに考えるか。
基礎能力は優秀だから、数値的にはゴブリンとかなら十分戦えるし。
あとは持ち物の確認だな……」
武器防具は既に確認済み。
背負っていた簡易のリュックサックを下ろして、中身をチェックする。
水袋、たいまつ、ロープにナイフ、火打石、ぼろ布、石鹸、着替えその他諸々。
この針金とかは……スカウト用のキットか。
スカウトのジョブはあくまで斥候の能力が欲しかったから取ったけど、一応鍵開けとかスリもできるんだよな。シーフギルドに属してない状態でそれをしたら、命を狙われるって設定だったからしないけど。
あとは、銀貨が6枚。ゲームの知識が正しければ、数日宿を取れば消えてなくなるほどの金額だ。
「うん。俺が設定した通りで間違いないな」
さて、現状確認はできた。
伏見貴之がミレウスになったのか、ミレウスに伏見貴之の意識が宿ったのか分からないが、今の俺はミレウスだ。
育ての親だったドルイドの祖父が亡くなり、冒険者になるべく森を出たばかりの少年。
一先ず俺はミレウスとして行動するしかないのだろう。
「問題は……ここがどこかってことなんだけど」
草原の先に、大きな町が霞んで見える。
「おかしな場所じゃなければいいな」
出生地に関しては設定していなかったから、今どこにいるかが分からない。
ワールドガイド系のサプリメントも一通り揃えていたが、実際にプレイしていないからあまり頭に入っていないし。
「あのゲーム……選択できる世界観というか、宇宙観によっては魔法使い以外が奴隷だったり、人外が支配階級だったりするからな」
出版元から発表されていただけでも数十を超える多様な世界観。作成したデザイナーによっては、こいつプレイヤーを生かす気ないだろうという、いかれたものも多く存在する。
「ま、選択肢があるわけじゃないし、行くか」
少なくともミレウスとしての知識は、それほどの危険を訴えてはいない。
生まれてこの方、ほとんど森から出たことのなかった野生児の知識にどの程度の信憑性があるかは別にして。
一歩を踏み出す。
その瞬間。俺はミレウスになった。
自我や知識の混乱が消えたわけじゃない。
でも確かに、伏見貴之としての自我も、ミレウスとしての身体も、同じようにまだ見ぬ冒険に胸を躍らせていた。
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