第3話 失ったものと得たもの
子供たちも失って、彼はかなりしょんぼりしていた。奥さんは働きに出たのだと、風の噂で知った。
「ねえ、二人きりになれて嬉しいわ。お金のことは心配しなくていいのよ。一緒に水の味を覚えればいいわ。私の蜜も上げる。何にも心配いらないわ」
彼は私を振り切るように散歩に出て行った。家の庭も失ったらしく、近くの植物園が彼の職場となっていた。
それが彼にとってよかったのか悪かったのか、それは誰にも分からない。けど、彼の顔はとても清々しかった。
「あなたはいつもその表情をしていればいいのよ」
そう言って私は彼のしおりから、彼の心の支えへと役割を本当に変えた。
「最初に切られた時、このまま枯れるのだと思って、寂しかったのよ?」
彼に言うと、また、うるさい、と言われてしまった。そうして彼は他の花に話しかけ始める。私はどうなるだろう。また別の子が来て、捨てられるのかしら。そんなの嫌だと、また願った。私と彼、二人きりが良かった。
「邪魔しないで」
周りの花たちには私の鋭い棘をあげた。それでも去らない時は、かなり厳しい匂いを感じさせた。そうしていると、彼の周りにどんどん人がいなくなった。
「ねえ、二人っきりっていいものよね」
そう言うと、彼は、とんでもない、と言って泣いた。そして、彼は立ち上がる。心地いいこの場所から、また離れる。
「どこかに行かないと」
そんな不確かなもので縛りつけるなんて、なんて愚かなんでしょう。私はそう思ったが、彼が弱ったときは私が助けようと決めていたので、むしろちょうど良かった。
「ねえ、あなた、今、幸せ?」
「うるさい」
何度このやり取りをすればいいのか、そもそもこれが何度目なのか、分からなくなった。
「ねえ」
花が性懲りもなく話しかけてくる。とっても淡い彼女は、風が吹けば散ってしまいそうだった。彼は、その子に恋をした。彼女の茎は切らなかった。
何で私だけ切ったのだろう、と考えて、私が一番だから、という結論に至った。そして、幸福感に浸った。彼に閉じ込められるなら、それもまた一興なのだ。
「今日はどこへ連れてってくれるの?」
段々彼は私を忘れていくようだった。彼にとって私は、奥さんの隣を奪ったやつなのだろう。忘れたいとでもいうように、他の花を育てた。一心不乱に。彼はどんどん大きくなっていくようだった。
やっと仕事が軌道に乗ったころ、彼に試練が待ち受けていた。それは、奥さんが仕事場に就職してきたことである。子どもたちはどうした、という彼に対し、彼女は澄まして幼稚園よ、と言った。彼はその後も怒っていたが、彼女の一言で黙った。
「彼らは私の天使よ。あなたに関係ないわ」
養育費とやらを払っていない彼にとって、彼女らは他人になったらしい。私にはよく分からなかった。なぜなら、私は生まれた時から親なんていなかったのだから。
彼は、どんどんやつれていった。元妻と同じ場所で働くことで、仕事が楽しくなくなったのだと、彼は言った。それなら別の庭に移ればいいのでは?と言うと、彼はぼんやりとこっちを見た。
「別の庭に、僕はいらないらしい」
聞くと、どこの植物園も空きはないらしかった。それに、あったとして、彼が応募してもそれに応じてくれるところはほぼなかったのだ。彼の噂は花たちに伝わっていて、誰も近寄らなくなった。私以外は。
これこそ、私の望んでいたことだわ、と私がはしゃぐと、彼は、黙れ、と言った。下を向いたまま、頭を抱え込んでいた。
「デビット……リリィ……エリク……」
彼の悲惨さが胸に刺さり、さすがに彼らに会わしてやりたくなった。それでも、私にできることなんてなかった。
「子どもたちも、分かってくれるわよ。元気に暮らしていてくれるわよ」
そう言うと、彼は、自分が彼らに会いたいんだ。彼らのためにじゃない、と言って、こちらを鋭く見つめた。私は何も分かっていなかったのだな、と下を向いて反省をした。
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