私とランチを
「コンビニがあるとさ、都会って感じがするだろ。
「あー、そういうもんかね。じゃあ俺都会人だ。
「電車で十五分ぐらいのところがあったよ」
「電車は……ダメだろ。レギュレーション違反だよそれは」
「立地も中々でさ、正面に神社、斜め前にセレモニーホール、右手には空き地」
「空き地が一番嫌だなその選択肢……」
「あと犬も出たよ」
「野犬?」
「首が沢山あるって聞いたけど、俺は見てないから知らない」
「何でコンビニの話をしてたのに心霊スポットの話を始めたのお前」
もそもそとメロンパンにかぶりつきながら、
昼休みの部室――建物自体にはサークル棟という名称がついているのにどうして部室呼ばわりなのか――には、俺と工藤の二人きりだ。適当に所属している天文研究会だが、どうやら新入生はさほどいないらしく、先輩方もなんだかんだできっちり単位を取得しているようだった。そのため例会のある日でもなければ部室にたむろするような暇を持て余す人間もあまりいない。それを見越した工藤の提案で、食堂が案の定満員だったこともあり、午後の授業までに昼食会場を確保する必要に駆られた俺と工藤は、二人して堂々と入り込んだ部室で昼食を取っているのだ。
他愛もない話をしながら、俺は登校の際にコンビニで購入したおにぎりを口に運ぶ。地元ののどかな思い出話に対しての工藤の反応に悪いことをしたとは反射的に思いながらもいまいち納得できずに、俺はもう少し一般向けの話をしようと頭の中に沈み込んでいる古い記憶を漁ろうとした。
「あれ、一年生。サボり?」
音も無くドアが開いたかと思うと、ぬるりと滑り込むようにして室内を見回し開口一番そんなことを言って、
「昼休みですよ。食堂が一杯だから、屋根と壁のある所で飯食おうってなって来たんです」
「明らかに収容人数足りないからねえあの食堂。午後授業なの、君たち」
「そうです。午後イチでメディア論なんで」
「メディア論……ああ、映画観たりするやつだ。去年観測長が取ってたよ」
試験そんなにきつくないからねあの授業と大学生らしいことを言って、益井先輩は工藤の方を見る。すぐさま視線に気づいた工藤が長椅子の奥の方へ移動すれば、ありがとうと答えてから先輩はのそりと座り、机の上にコンビニのビニール袋を載せた。
「先輩もお昼ですか」
「うん。カツサンドが食べたかったからね、買いがてら来たよ」
「あれですか、歯医者横のコンビニ。ホットスナックがいつも品切れ」
工藤が言っているのは大学の最寄り――正門を出て道路向こうの歯医者の左隣に設置されたコンビニのことだろう。一応それなりの規模の大学の常として構内にも小規模なコンビニのようなものはあるのだが、いかんせん小規模が過ぎるのと、昼時には長蛇の列を成していることもあって、何がしかの理由がない限りは大抵の学生はそのコンビニで昼食を調達しているだろう立地の店舗だ。
俺はそこの店舗では扱っていないシリーズの菓子パンに執心しているので、いつも昼食の調達はもう少し大学から離れた別店舗にて行っている。強いこだわりというには微かな動機だろうが、それでも黒糖蒸しパンは食べていて妙な満足感がある。
「さっき買ってきたときは棚埋まってたけどねホットスナック。時間帯によるんじゃない?」
「夕方はほぼダメですもんね。朝方はあるけども、朝にアメリカンドッグが食えるかって言ったら微妙なところですし」
「熱出してアメリカンドッグを食べたがる中年もいるぞ。頑張れ大学生」
「高槻は適当なことを言うのを止めろよ。そんなことするやつを止めてやれよ」
「止めたよ。結局うどんに天ぷら乗せて食われたよ」
「油に強い人だなあ……」
「揚げ物はおいしいからね。カツサンドはとてもおいしいもの」
先輩はしみじみとした様子で頷いて、工藤が曖昧な表情でペットボトルに口を付ける。先輩はコンビニで付けてもらったのだろう小さなおしぼりの袋を切り開けてするすると手の平を拭ってから、びっと微かな音を立ててカツサンドのパッケージを裂いた。
「君たちもさ、コンビニ寄ってきたの。おにぎりに菓子パン」
「俺は駅前なんで違う系列です。工藤は先輩と同じ店ですね、大学前歯医者横」
「構内の購買並ぶじゃないですか。一限からだったんで、アメリカンドッグは諦めました」
「朝一か。どうだった?」
「ホットスナックはぎっしりでしたよ。ざっと見て出ました」
何でそんなことを聞くんだろうという顔で工藤が答えると、先輩は相槌とも唸り声ともつかぬ音を立ててから二三度ゆっくりと目をしばたたいて、
「コンビニでね、さっきちょっとあったんだけど」
ご飯食べながら聞いてくれるかな、と投げやりに呟いて、先輩は二つ目のカツサンドに手を伸ばした。
※ ※ ※
カツサンドが食べたかったからね、無性に。コンビニに行ったんだ。天気が無闇に良くって日が燦々さして、気持ちのいい風が吹いてるから、出歩くのもいつもよりは嫌じゃなかった。
店内に入って、いらっしゃいませって挨拶が聞こえて、とりあえずパンの棚に直行したんだ。他の客が居るんなら先んじないと困るもの。一番の目標を確保しないとさあ、他のことにかまけて本命取り逃したら悲しいじゃないか。ねえ?
カツサンドはね、買えたよ。私が取ったらあとひとつしか残ってなかったから、ブービー賞なわけだよ。表彰して貰えないね。そんでまあ一番の目標が首尾よく済んだから、副目標の方に手を出したんだよ。飲み物とか、カルパスとか、いか天とか。つまみの棚を眺めたらカルパスがあったからそれも抱えて、飲み物買おうとしたら、棚の前で店員さんが作業してた。声を掛ければよかったんだろうけど、別に急ぐわけでもないからね。カゴだけ拾って商品を入れて、雑誌棚の方に移った。
コンビニ雑誌ね、あれ楽しいしね、なかなかどうして大事なの。そう、胡散臭いやつね、ギョーカイヤバい噂とか、禁断マル秘画像百連発とか、危険な地図とかそういうやつ。ああいうのってさあ、雑誌なんだよ。つまり流行りと需要全振りで作って、短期間でがっつり売り逃げるのが目的でしょう。出来不出来信憑性とかそういうのは置いておいて、『何が求められているか』って言うのだけがね、やらしいぐらいに剥き出しになってる……そういうのをね、きちっと集めて調べていくとね、色んな変遷の影みたいのが見えてねえ、とても楽しい……うん、そうね。雑誌の話はここまで。キリがないからね。
で、雑誌棚をつらーっと眺めていたんだ。普通の単行本、名作総集編、体験談ムック、ファッション雑誌、懸賞雑誌、ギャンブル雑誌に成人雑誌。ちょうど成人雑誌のほら、仕切りがあるだろ。本棚に差してある結果的にノボリみたいになってるやつ。あれ。あのあたりに差し掛かった時にね、ちょっと顔を上げた。雑誌の上段を見たんだね、窓ガラスとラックの際になるあたり。
目が合った。
こうね、一面ガラスだろうコンビニって。そのガラスにべたっと手のひらと腕を貼り付けて、こっちを見ているひとがいたんだ。髪型も服装も、年齢も何も分からない。ただにこにこにこにこ、心底からうれしくて仕方ない、ってくらいの笑顔だった。
流石にびっくりして、けど目をあからさまに逸らすのも怖くって、じりじり
「店員さん。あれ誰でしょう」
「いや僕もちょっと知らないですね。お客さんは知り合いとか、そういう」
「違いますねえ。どうしましょうこういうの、警察とか呼びます?」
「いやあ、いやあどうしましょうかね……何もしてませんし」
店員さんが思いっきり逡巡してくれるものだから、私もとりあえず考えてるふりだけはしようと思ったの。どうしようもないから最悪会計だけ済めば、私はあんまり困らないしね。店舗に不審者が来訪した場合のマニュアルがあるかどうかは知らないけど、有っても意外でも何でもないでしょう。ならお店の指示に従った方がさあ、ご迷惑をお掛けしなくて済むじゃない。見ないふりをしろって言われたら気を付けて買い物済ませて店を出ればいいし、警察呼んでいいっていうなら、それはそれで滅多にできない体験じゃないか。あとは救急車に乗れればパーフェクトだけど、あれ搬送対象にはなれても五体満足かつ元気な状態で乗るのってハードルが高くない?
とりあえずぼうっとしてたら、ご機嫌な電子音が鳴ったもんだから二人揃って飛びあがった。入口の方に視線を向ければ、怪訝そうな顔でこっちを見ているお爺さんがいた。そりゃあ不審だよねこっちも。客と店員がダマになって固まってるんだもの。
お爺さん、ずんずん私たちの方まで来て、
「
そう言ってぐるっと周囲を見回してから、
「
叫んでからびっくりして転びそうになったから、店員さんが支えてた。お爺さんすぐに立ち直って、私たちと窓の方を交互に見て、
「
「分からないです。びっくりしますよね、あれ」
「お客様あの、入ってくるときはどうでしたか」
「あ
「外だと見えないんですか」
「
横断歩道渡るときに気付くよってお爺さん言ってね、私と店員さん、もう一度顔を見合わせた。工藤君も分かると思うけど、あのコンビニの手前に横断歩道あるでしょう。そこからまっすぐの位置なんだ、そのひとが張り付いてるの。おじいちゃんが横断歩道を渡ったのなら、余程ぼんやりしてないと見落としようがない。
とりあえず、お爺さんの証言で不審者や変質者じゃないってことは決まった。一方から見えてもう一方から見えないなんて、あんまり常人にできる芸でもない。
そんなことをぼんやり考えてたら、店員さんがだあって駆け出した。そのまま入り口まで大股に走っていって、景気のいいチャイムが鳴って、開いたドアから店員さんが顔を突き出した。そのまま何度か反復横跳びみたいにドアのところを出入りして、よろよろ店内に戻ってきてから、そのままレジについた。
私とお爺さんがあっけに取られて見ていると、
「外だと見えません。店内から見えます。つまりよく分からないので、僕にはこれ以上どうしようもないです」
お待ちのお客様こちらへどうぞ、ってね、元気な声で言ってくれた。だから私とお爺さんも納得して、各々の用事を済ませることにした。お爺さんは惣菜棚に向かったし、私は飲み物の烏龍茶だけカゴに追加して、レジに向かった。店員さんは普通にレジ袋付けて会計を済ませて、私はそれを受け取ってコンビニを出た。横断歩道を渡ってから、コンビニの方を振り返ったけど、誰も何もいなかった。
結論としてカルパスがあるんだけど、君達食べる? 喉渇くと思うけど、おいしい。しょっぱくて脂があるからね、おいしい。
※ ※ ※
そんな話の合間に先輩はカツサンドを食べ終わって、袋から取り出されたカルパスの詰め合わせを手際よく開けながら、俺と工藤の方を見た。
工藤は話の最中もせわしなく握ったり開いたりを繰り返していた手でメロンパンの空き袋を握り締めながら、
「どうして突然怖い話を始めたんですか」
「コンビニの話だったからね、思い出したんだよ。言わないと忘れるでしょう」
「怖いものなら忘れた方がいいでしょうよ」
「そうやって全部忘れたらつまらないだろ。あときっとかわいそうだ」
高槻君なら分かるだろうと予測だにしない方向で話を振られて、俺は食べ始めた途端に話に聞き入ったせいで手が止まって食べ損ねた蒸しパンを改めて一口齧る。無理矢理に無糖紅茶で流し込んでから、先輩の質問に対して明確な回答を避けるために、とりあえず気になったところを聞いておこうと考える。
「ええと――何だったんですか、それ」
「さあ。店員さんも心当たりが無いっぽかったけどね。バイトだろうから」
「ひょっとしたら何かこう……何かある系なそれだったりするんですかね」
「でも聞いたことある? 大学の最寄りコンビニで、それこそ利用者が膨大な訳だけども、その手の噂を聞いた覚えがないもの、私」
「流しの不審な何かしら、なんですかね」
流しなら三味弾きの方が見てみたいねと言って、先輩は楽し気に笑う。くるくると手元でカルパスの巻き包装を剥がして、菓子でもつまむように口に運ぶ。
俺はもそもそと蒸しパンを食べているが、突然にぶつけられた怪談のせいで味がろくにしない。先日の月見団子といい夏のカステラといい、甘いものを食べている時に限って恐ろしい話を聞かされるのは何の祟りだろうかと考えて、そんなしょうもない上に実害だけは地味にある祟りというのも嫌だと気付いた。工藤はメロンパンにおにぎりもちゃっかり食べ切っていたようで、勧められたカルパスを三つほど手元に置いて、先輩と会話を続けている。
「先輩、午後授業なんですか。どこの棟ですか?」
「いや、今日はお休み。一二年で頑張ったからね、必修以外はあんまり無いの」
「じゃあ何しに来たんですか」
「カツサンドが食べたかったんだよ」
先輩は部屋に入ってきたときに言っていた語句をもう一度繰り返して、少しだけ目を細めてみせる。俺と工藤は言動の内容が上手く掴めずに、ぽかんとして先輩を眺める。
先輩は茫然としている後輩たちを不思議そうに見てから、
「うちの近くにコンビニが無くてね。コンビニに来るのと大学に来るのとで、あんまり移動距離が変わらないんだよ」
部室ならゆっくり食べられるしねと言って、先輩はもう一個カルパスを口に放り込んでみせた。
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