第4話 これからが始まり

卒業生を祝福するかの様に咲き誇る桜の下では、卒業式を終え帰路に就く前の生徒達が、写真を撮り合い仲間達との別れを惜しんでいた。


他の卒業生達と同じように勝も友人達と立ち話をしていると、卒業証書の入った賞状筒を持つ森川が現れた。


「今日で高校生も終わりね」、前髪で目を覆い隠す彼女は白い歯をこぼした。


「そうだな、これからはお互い大学生になるな」


「うん、本当に有り難う、田中君」


「俺は、何も感謝されることはしてないよ」


下を向いて何度か首を振った後に、彼女は前を向いた。


風で彼女の前髪が上がり、大きな瞳で勝を見つめる。


大人へと変化する過程の途中で見せる顔は、可愛いと綺麗とを足した女性の表情だった。


「君のおかげで立ち直れたから、大学受験に失敗しなかったんだよ」


「あの日の事なら、成り行きでそうなっただけだよ。辛い思いを乗り越えたのは、君自身だから。俺は何もしていないよ」


「ふふふ、謙遜しなくて良いよ。お礼に、いつかきっとデートしてあげるからね」


 

恥ずかしそうにそう話した彼女は、校門の前で一度振り返り大きく手を振ってから帰って行った。勝にとって甘酸っぱく感じさせる、高校最後の思い出となった。


 

卒業式の日を思い出していた勝は、同窓会が開かれる地元の小料理店の前で緩む顔を叩いた。


大学に入ってから2年が経ち、久しぶりに高校時代の旧友と会うのは正直に楽しみだ。


本当は同窓会に参加するか、最後まで迷っていた。


家に負担をかけまいと、バイトに精を出してから金銭感覚がまともになり、節約癖が付いてしまったのだ。


久しぶりと言っても卒業してから、まだ2年とちょっとしか経っていない。


高校から仲の良い友人とは今も一緒に遊んでいるので、会費5千円を出すのが惜しくなった。


それでも同窓会に参加しようと決めたのは、森川に会いたい気持ちが大きかったからだ。


卒業式で話した彼女の最後の言葉が、ずっと気になっていた。


女性と違い男性は、単純な生物なのである。


期待させるような言葉を与えると、その言葉は記憶の中で棘となり突き刺さる。


数年間は抜ける事無く、また朽ちる事も無く、色褪せない記憶となって残ってしまう。


もう既に同窓会は、始まっていた。扉の前で立っていると、中から楽しそうな話し声が聞こえて来る。


「よし!」と、気合を入れてガラッと扉を開けた。


元クラスメート達が、所狭しと店内でひしめき合う。小さなお店は、占拠する彼らによって貸し切り状態だった。


「おお、やっと来たな、勝。こっちだよ」、カウンター席に座る庄野が手を上げて呼ぶ。


「久しぶりと言っても、お前とは先週末に会ったからな」


「冷たい事言うなよ。それより、見て見ろよ女子達を。山岸は、化粧したらもの凄く綺麗でさ。鮎川なんか、もう典型的な美人だよ。もっと、クラスの女子に目を向けるべきだったな」


「良くそんな事が言えるな、クラスメートより同じ塾に通う女子に夢中だったくせに」


「へっ、そうだけど。一番ショックだったのは、委員長だよ。森川が、あんなに可愛くて綺麗だったなんて、正直、気が付かなかった」、本当に悔しいのか哲也はテーブルに膝を付け両手で頭を抱えていた。


哲也の話しぶりから森川が来ている事を知った勝は、安堵しながら店内を見渡した。


すると、一番奥の座敷に座る可愛くもあり綺麗でもある女性が手を振って来た。


誰に手を振っているのだろうと、思わず後ろを振り返った勝に手を振る女性が声をかけた。


「田中君、こっち、こっち!」、嬉しそうな表情を見せる女性は、森川だった。


メガネからコンタクトにした彼女は、大学生になったのを期に髪を切っていた。


前髪を切り揃えセミロングになった彼女は、委員長だった頃の面影は無かった。


「久しぶりだね、委員長。いや、森川さんと呼んだ方が良いかな」


「名前で呼んでくれても良いよ、泉て」


少し酔っているのか、頬がほのかに赤らぐ彼女は、積極的な発言をする。


隣に置いていた荷物を後ろに移動させると、彼女は座布団の上をポンポンと二回叩き、隣へ座るよう催促した。


勝が隣に座ると、彼女は安心した表情を見せた。


「ちょっと、席を外すね。戻って来るまで、此処から動いちゃダメよ」、後ろに置いていた鞄からポーチを取り出しお手洗いに行った。


勝は、ポーチに付いていたクマのぬいぐるみのキーホルダーが、やけに気になった。


「何だった? ピンク色、何か知っている様な」


こめかみを指で押さえる彼は、テーブルの上に置いてある森川のスマホが目に入った。


突然、画面が明るくなると、数字とアルファベットの文字が画面上を流れる。


「うーん、これもどこかで見た記憶が・・・」


森川のスマホの画面は、真っ黒になり再起動を始める。


画面上部に“森川泉様・本人確認”と表示されると、赤いボタンが現れ真ん中でPUSHと文字が浮き出て点滅した。


次は、森川泉。君のターンだ。


高校生活の最後の年に急接近した二人の物語は、これから未来のアプリ(グッド・メモリー・メーカー)を介して本格的に始まるのだ。


これから起こる全ての出来事が、二人の良き思い出になりますように。

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あの娘に気付けたのは、未来のアプリのおかげです!  川村直樹 @hiromasaokubayashi

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