第40話

 あの呟きの意味はなんだったんだろう? そういえば、不良シスターに名前聞くの忘れてたな。でも、名前を聞いたところで、もう一度会うことがあるのだろうか? まあ、カナルス神殿に行けば、会うことはできるんだが……。


 なんて、先ほどの不良シスターのことをいろいろ考えながら歩いていると、パーティーハウスに到着していた。

 鍵を開けて中に入ると、ネルとユカノが出迎えてくれた。


「遅いですよ。どこ行ってたんですか?」


 ネルがじっとりとした視線を送ってきた。

 うーむ、出迎えというよりかは催促みたいな感じだろうか……。


「いや別に、寄り道とかしてないからな」


 言い訳をするような口調になってしまった。

 寄り道はしてない。ただ、行きも帰りも歩く速度がスローリーだったな。それと、不良シスターとぶつかるなんてアクシデントもあった。


「頼んだ物は全部買ってきてくれたかな?」

「ああ」


 俺は食材がたんまりと詰まった袋を、ユカノに押し付けるようにして渡した。買い出しリストもついでに返却。

 リビングに向かう。

 ユカノはテーブルの上に袋を置き、買ってきた物を並べた。


「うん、ありがとう。全部買ってきてくれたようだね――」

「あれっ?」ネルが言った。「レン、リンゴは……?」

「リンゴ? あっ……」


 ネルに『食べたいので買ってきてください』と頼まれたリンゴは、今頃、あの不良シスターの胃の中で消化されているはずだ。

 俺は不良シスターにリンゴをあげた――というより勝手に食べられた――話をした。この話の要点は、つまり俺は悪くないよってこと。

 俺の話を聞き終えたネルは腕を組んで、


「それなら、仕方ないですね……。ですが、カナルス神殿にそんな口の悪いシスターがいるんですね。にわかには信じがたいこともないですけど……」


 いや、どっちだよ。


「まあ、でも、シスターだからといって、みんながみんな聖女みたいな超のつく人格者ってわけでもないでしょうし」

「まあな」

「うーん、私も会ってみたいです、その不良シスターさんとやらに」

「会ってどうするんだ?」

「会って――一目見て満足です」

「それだけのために、わざわざカナルス神殿まで行くのか? 嫌だなあ、めんどくさい」

「私も不良シスターさんを一目見るためだけに、カナルス神殿まで足を運んだりなんてしません」

「そういえば――」


 と、ユカノが口を挟む。


「昨日、冒険者ギルドでカナルス神殿が依頼人のクエストを見かけたな」

「どんなクエストです?」

「水の採取だったかな」

「水?」

「水なんてその辺にいくらでもあるだろ?」


 俺は首を傾げた。井戸で汲み上げればいい。


「どうして水なんか……?」

「治療の際に使うらしい。レクレス湖の水を汲んできてほしいのだとか」

「レクレス湖の水を? どうして? あの湖の水は、何か特別な成分でも入っているのか?」

「私も詳しくは知らないが、レクレス湖の水はその辺の井戸水よりずっと綺麗で、栄養も豊富でとてもおいしいのだとか」

「水にうまいとかまずいってあるのか?」

「ありますよ」ネルが答えた。「もちろん、いくらおいしくても水は水ですが……まずい水は飲めたものじゃありません」

 まずくてとても飲めない水というと、泥水みたいに汚れた水とか……?

「おいしい水を使用して作ったコーヒーはやはりおいしいですし、まずい水を使用して作ったコーヒーはやはりまずいものです」


 お前、コーヒー苦手だろうが。


「そのクエスト、なかなか報酬がよかったけれど……」ユカノが言った。「どうする? 受けてみる?」

「確かレクレス湖の付近ってモンスターが生息してたよな」

「おや?」


 ネルが俺の顔を見てにやりと笑う。


「レン、モンスターにビビっているのですか?」

「いや、そういうわけじゃなくて」俺は否定する。「だから、報酬がいいのかなってな」

「でしょうね」ネルは頷く。「ですが、モンスターごとき、この私の魔法で全員蹴散らしてやりますよ!」


 ネルはそのクエストを受ける気満々のようだ。特にやるべきこともないので――そして、報酬がいいとのことなので――俺たちはそのクエストを受けることに決め、冒険者ギルドへと向かった。





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