第三章

第39話

 太陽が燦々と輝く朝、俺はアイレスの大通りにいた。市場で買った野菜や肉といった食材を胸に抱えて。紙片に書いてある食材リストを、念のためにチェックする。


「よし、全部買ったな」


 一人呟くと、〈七色の夜明け〉パーティーハウス(ユカノ宅)へと歩き出す。食材は袋から溢れんばかりに詰まっている。つまずいて転ばないように気をつけなければ。

 足元ばかり注意していたので、俺は前方をまるで見てなかった。


「きゃっ!」

「うおっ!」


 誰かとぶつかってしまった。

 俺はその場に尻もちをついた。地面に落ちた袋から、トマトやオレンジやリンゴがこぼれて、ころころと転がった。


「いってえなあっ!」


 ぶつかった相手はそう言って、チッと舌打ちをした。口調は荒々しいが、声はかわいらしい。俺がぶつかった相手は女だった。


「すまん」


 俺は謝った。


「てめえ、どこ見て歩いてんだよ?」

「足元見てた」

「前見て歩けよ、ボケ!」

「あー、そういうあんたは前見て歩いてたのか?」

「あたしはちゃんと前見て歩いてたっての」彼女は答えた「……まあ、考え事してたけど」

「……」


 俺と似たような体勢の――つまり、尻もちをついている――女は修道服を着ている。ということは、シスター……なのか? シスターのわりには口が悪い。


 彼女は見た感じ、少女と形容してもいいくらいの年齢だ。一八歳の俺と同じくらい――一五歳のネルよりは確実に上で、二〇歳のユカノよりは年下だ。


 金髪の髪は短め(ショートボブ?)で、前髪はアシンメトリー――左目が隠れている。顔には不機嫌というか生意気というか、そういった感じの表情が貼り付いている。


「あんた、シスターなのか?」

「見ればわかんだろ」


 にわかには信じがたいな。

 不良少女が清楚なシスターを脅して、修道服をはぎ取って、シスターの振りをして、街の人々から金銭を騙し取っている……ように見える。


「あ、あんたもしかして、あたしが嘘ついてると思ってる?」

「いや、別に……」


 思ってないこともない。


「言っとくけど、あたし、本物のシスターだから。あんたカナルス神殿って知ってる? さすがに知ってるわよね。あたし、そこ勤めてんの」

「ほへえ……」


 俺は感心した。

 カナルス神殿はアイレス中心部に鎮座する大神殿で、主に解呪(呪いを解くこと)や回復魔法による治療などを行っている。

 回復魔法は難易度が高く、適性を持つ者にしか扱えない。よって、行使できる人の絶対数が少ない――希少なのだ。


 カナルス神殿に勤めている神父及びシスターは、高給取りのエリート――というのが、俺の印象だ。世間的にもそうだろう。冒険者と比べて格段にリスクが少なく、それでいて稼げる。選ばれし者だけがなることができる職業。


「すごいな」

「だろ?」


 機嫌をよくした不良シスターは、リンゴを拾って、汚れを拭きながら立ち上がると、大きく口を開けてむしゃっと一口食べる。


「あ、おい! それは俺が買ったリンゴだぞ!」

「あたしにぶつかった迷惑料だ」


 やれやれ、と俺は首を振った。まあ、どちらかというと俺に非があるのだし、リンゴの一個くらいあげようじゃないか。

 俺は地面に散らばった果物たちを拾って袋に入れていく。不良シスターがオレンジを拾って袋に入れてくれた。


「あんた、冒険者?」

「そうだけど」

「ふうん?」


 不良シスターはリンゴをむしゃむしゃと食べながら、俺のことをじろじろと見た。にやついた顔をしていて、少しむかつく。


「な、なんだよ?」

「弱そう」

「ぐっ……」


 ひどいと思ったが、事実なので抗議の声を上げることはできなかった。

 一目見ただけでわかるほど、俺は貧弱な見た目なんだろうか? そこまでではないと思うんだけどな……。覇気ってやつがないのかな……?


 不良シスターはリンゴの芯をどこか遠くへ投げ飛ばすと、


「リンゴごちそうさま」


 口元を拭きながらそう言った。


「もしも呪いにかかったり、大怪我したりしたら、カナルス神殿まで来いよ」

「あんたが格安で治療してくれるのか?」

「んなわけねえだろボケ」


 口は悪いが、そんなに悪い奴じゃなさそうな――そんな気がする。


「どーして、このあたしがそんな善行しなきゃいけないわけ? ちょっとした宣伝だよ、せ・ん・で・ん」


 ひらひらとやる気なさそうに手を振ると、「じゃあな」と言って、不良シスターは歩き去った。そのときにぽつりと漏らした呟きが、やけに気になった。


「あたしに治療なんてできねえよ……」

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