第37話:sideセドリック

「いようっ! セドリィィィック!」


 陽気な挨拶とともに入ってきたのは、アフロに近いもじゃもじゃとした髪型の優男だった。煌びやかな派手な格好をしている。


「ブルーノ……」


 彼の両脇には、シェリーとアデル。

 二人はブルーノに甘く蕩けそうな視線を送った後、ゴミにたかるハエを見るかのような冷たい視線をセドリックに送った。


「おい、これは一体どういうことだ!?」


 セドリックは椅子から立ち上がって怒鳴った。酒瓶が床に落ちて、パリンと割れた。飛び散った酒が彼の靴にもかかるが、そのことに気づく余裕はない。


「んんー……見ればわかるだろ? え、わからない?」

「ブルーノ。こいつアホだから、ちゃんと説明しないとわかんないわよ」

「ええ。セドリックの知能はレン以下ですからね」


 シェリーとアデルが言った。


「レンって……かつて〈聖刻の剣〉にいた兄ちゃんだっけ?」

「ええ、そうです」とアデル。

「雑用係だった奴」とシェリー。

「ふうん。あの兄ちゃんってどこ行ったんだ?」

「さあ?」とシェリー。「セドリックが追い出してからそれっきりよ」

「セドリック、お前さんよりかはレンのほうが、幾分か有能そうに見えたんだけどなあ」


 ブルーノの言葉に、セドリックは激怒した。


「この俺が無能のレン以下だと言うのかっ!?」

「無能な奴に限ってよく吠える」


 ブルーノがげらげらと笑うと、つられて二人も笑う。


「今日から――というか、もうちょい前からなんだが、シェリーちゃんとアデルちゃんは俺のガールフレンドになったわけだ」

「ふざけるなよ!」

「ふざけてないぜ。大真面目な話。聞くところによると、セドリック、あんたとの関係はとっくに終わってるとのことなんだけど」

「は? 何を言ってやがるっ!?」

「え? 違うの?」


 ブルーノは目を大きく見開いて、左右の二人に尋ねる。


「違わないわ」

「セドリックとの関係はとっくに終わっています」


 二人の発言に、セドリックは歯ぎしりして罵る。


「ふざけたことを抜かすな、このアバズレどもがっ!」

「おいおい」ブルーノは苦笑する。「アバズレなんて品のない表現はやめようぜい」

「人の女を奪っておいて、ただで済むと思うなよ」

「おっ? 脅しか?」


 笑いながら煽るブルーノに、セドリックが詰め寄る。

 そして、剣の柄に右手を添えると、


「脅しじゃないってことをわからせてやろうか?」


 と、低い声で言った。


「やめといたほうがいいわよ、セドリック」シェリーが忠告する。「今のダメダメなあんたじゃ、ブルーノには敵わないわよ」

「全盛期のセドリックでも、ブルーノには勝てないと思いますけど」アデルも言う。


 しかし、忠告はセドリックにとって逆効果だった。

 自分の今の実力を客観視できないセドリックは、無謀にもブルーノに襲いかかった。否、襲いかかろうと、剣を抜こうとした。

 だが――。


「がっ……」


 その前に、ブルーノの拳がセドリックの顔面に突き刺さる。

 ブルーノの指には、いかつい指輪がはまっている。それらの指輪はナックルダスターの代役を果たしている。


 セドリックは面白いくらいに吹き飛んでいった。地面を転がって、壁に強かに頭を打ち付けた。レンを追い出したときのことを思い出した。

 顔を拭うと、大量の血が服の袖についた。


「今のは、まあ、軽いジャブだ」


 すっ、とブルーノが拳を構える。


「今度は本気で行くぜ。さあ、どうする? やるか? やめとくか?」


 敗北を認める、などという選択肢はない。

 ブルーノが自分と同等か――もしかしたらそれ以上の冒険者であることは知っている。しかし、ここで退くわけにはいかない。


(こんなクソ野郎より、俺のほうが強い。強いはずだ!)


 そんな願望を胸に抱いて、自分の心を騙して、セドリックは全力で挑む。雄たけびを上げながら。魔王に挑む勇者のような勇ましさで。


「あああああああ――っ!」

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