間章二

第36話:sideセドリック

「くそっ! くそっ! くそがっ!」


 セドリックはテーブルを蹴り飛ばした。物言わぬテーブルが壁にぶつかって、小気味いい音を立てて壊れた。


 〈聖刻の剣〉のパーティーハウスは、強盗が荒らしていったように散らかっていた。すべてセドリックがやったのだ。行き場のない苛立ちを、物にぶつけた。


「なぜだっ!? どうしてっ!?」


 何もかもがうまくいかない。


 あの日、アンデッド討伐のクエストに(セドリック個人が)失敗してからというものの、ほとんどすべてのクエストで失敗した。


 挫折を何度も何度も味わい続け、その結果、挫折することに――失敗することに慣れかけている自分がいる。そのことに気づき、自己嫌悪に近い感情を抱いた。


 今までは自身に対して、溢れんばかりの自信を持っていた。しかし、今では自信はしなしなに縮んでしまって、なくなりかけている。


(何が原因――)


 考えかけて、レンの顔が思い浮かぶ。

 シェリーもアデルも言っていたではないか。『コンディションが悪くなったのはいつ頃だ?』というセドリックの問いに対して――。


『雑用係のレンを追い出したあたりでしょうか』

『私も同じ頃かなー』


 そして、セドリックもまた同じ頃からコンディションが悪くなった。


 三人が同じ時期からコンディションが悪くなる。これがはたして偶然だと言えるだろうか? さすがに偶然ではなく、何らかの原因があるに違いない。


 ずっと、その可能性を考えないようにしてきた。認めたくはなかった。

 レンが、三人のコンディションを――能力を底上げしていたという可能性を、決して考えたくはなかった。認めたくなかった。


 この世界にはスキルという概念がある。

 レンが補助系のパッシブスキル持っていて、その効果によって三人の能力が飛躍的に向上していたのだとしたら――。


「レンに戻ってきてもらうか? いや――」


 そんなことは、セドリックのプライドが許さない。


 レンに謝罪することはおろか、自らの過去の行動が過ちであることを認めるのも嫌だった。一度、形成された性格は、そう簡単には治らない。彼の場合、どんなに挫折しようと変わらないだろう。


「レンは関係ない。これは長期にわたるスランプだ。そうに決まってる」


 自らにむりやりそう言い聞かせた。レンは何も関係ないのだ。

 それにしても――。


「あいつら、どこに行ってるんだ?」


 シェリーとアデルのことだ。

 最近、二人の様子がおかしい。セドリックに対してどこかよそよそしい態度を取るし、彼が苛立っていても慰めようともしない。


 そもそも、出かけていることが多く、一緒にいる頻度が少ない。どこへ出かけたのか尋ねても、うまくはぐらかされるだけだ。


(他に男でもいるのか? いや、そんなことはない、か……)


 わき上がった疑念を、首を振って霧消させる。


(だとしたら、一体……?)


 わからない。わかりたくない。

 考えるのをやめ、瓶に入った酒をぐびぐび飲んでいると――。


 バタン、と。

 パーティーハウスのドアが勢いよく蹴り開けられた。


「どこ行ってたんだ――」

「いようっ! セドリィィィック!」


 陽気な挨拶とともに入ってきたのは、アフロに近いもじゃもじゃとした髪型の優男だった。

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