第34話

「う、うえええっ……」


 ネルは歩きながら泣いた。

 ハイネラ山を下りるまでに何度か虫系のモンスターと出くわした。登っているときには出くわさなかったが、これは運がよかったのか、それとも帰りが運が悪かったのか……。


 見たところ、ユカノは汚れ一つなかった。一方、俺とネルはモンスターの体液その他諸々で、べとべとに汚れていた。見た目も臭いも悲惨だった。


「どこで汚れを洗い流そうかな……」


 宿屋に戻って井戸の水で洗うか、公衆浴場に向かうか……。いずれにしても、早く汚れをどうにかしないと、周囲の視線が痛い。


「よかったら、我が家のシャワー使いなよ」

「ユカノの家にはシャワーがあるのか?」

「うん。湯舟もあるよ」

「た、助かります!」


 ネルはユカノ宅に向かって走り出した。一刻も早く汚れを落としたいのだろう。しかし、焦るあまり、足をもつれさせてずっこけた。


「み、惨め……」


 ネルは泣きながら足首を押さえた。


「レン、助けてください……」

「どうした?」

「足を捻りました」

「歩けないのか?」

「歩けないことはないのですが……歩く気力が湧きません……」


 ネルは両手を広げてアピールした。何のアピールだろう?


「おんぶしてください」

「おんぶって……」


 ――俺でいいのか?

 男に背負われる――密着することを、ネルは気にしないのだろうか? 気にはするけど、今はそんな余裕がない、ということか……。


 知り合って一か月、俺とネルはなかなか親しい仲なんだから、おんぶくらい気にする必要はない。パーティーの仲間なんだから。


「しょうがないな」


 そう言うと、俺はしゃがんで受け入れ態勢を取る。

 ネルが両腕を俺の首に絡ませて、体を俺の背に預けた。


 ネルの体の温もりを背中に感じた。押し当てられた胸の柔らかな弾力も感じる。サイズ的にはやや小ぶりではあるが――って俺は一体何を言ってるんだ?


「よっと」


 俺は立ち上がって歩き出す。

 隣を歩くユカノが微笑ましげな顔で俺たちを見ているのが、こう……腹が立つわけじゃないけれど、なんだか小恥ずかしいというか、もやもやとする。


「どうです?」

「何が? 臭いか?」

「違います。臭いはレンも同じじゃないですか」ネルは言った。「私が尋ねたのは体重のことです。どうです? 軽いですか?」

「俺よりかは」

「それってつまり重いってことですか?」


 背中から怒りのオーラを感じる。


「いやいや、軽いんじゃないか? でも、俺さ、女の子の平均的な重さがどれくらいとか知らないからさ」

「なるほど」

「……何かな?」


 ユカノは首を傾げた。ネルの視線が、彼女に向いたんだろう。


「レン、後でユカノもおんぶしてみてください」

「どうしてだよ?」俺は尋ねた。

「ユカノを比較対象として、私がいかに軽いかを知ってもらいたいのです」

「嫌だ」ユカノは拒否した。「私はレンにおぶわれたくはない」


 そんなくだらない話をしながらアイレスを歩き、ユカノ宅に着く頃には日が落ちていた。

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