第30話

「フィジカ草ってのは、どんな形状で、どこら辺に生えてるんだ?」


 俺は歩きながら、ユカノに尋ねた。しかし、答えたのはネルだった。


「フィジカ草は赤くて二〇セルチほどの……うーん、言葉で説明するのは難しいですね……。一目見たらわかる程度には、個性的な見た目をした薬草ですよ。一応、麓のほうにも生えているらしいです。といっても、けっこうレアな薬草ですからね、なかなか見つからないと思います」

「ふうん?」


 レアな薬草ということは、今日一日だけでは見つからない可能性も大いにあり得る、ということか……。

 山の中で一夜を過ごせるような装備は持ってきていないので、夜遅くになる前に下山して、明日もう一度トライ……。

 正直、面倒くさいのだが……仕事だししょうがない。


「フィジカ草をむしゃむしゃ食べることで、ユカノは体力を向上させようとしている、と」

「ああ。その通り、なんだけど……」

「なんだけど……?」

「いや……うーん……」


 ユカノは立ち止まって腕を組んだ。

 何やら悩んでいる――いや、考えているようだ。しかし、うまく思考がまとまらなかったようで、ため息をついて首を振った。


「何かこう……違和感があるんだけど、それが何なのかわからなくて……」

「魚の小骨がのどに引っかかったかのような違和感があると?」


 ネルがよくわからない比喩を言った。


「うん」

「小骨はすぐにとれるものです。ですから、『違和感の正体』とやらも、そう遠くないうちに明らかになるのではないでしょうか」

「そうだね。そうかもしれない」


 やがて、椅子代わりになりそうなサイズの岩を見つけたので、そこに座って昼食を食べることにした。


 俺は背負っていたリュックサックを地面に下ろした。ユカノはリュックサックの中から水筒と、竹か何かの皮で包んだ何かを取り出し、俺たちに渡した。


「これは?」


 俺は尋ねた。

 中からいい匂いがするので、食べ物なのは間違いない。


「おにぎり」

「おにぎり?」


 知らない料理だ。


「ネルは知ってるか、おにぎり?」

「いえ、聞いたことないです」


 確かキャスが『ユカノは東方の国の生まれらしい』と言っていたな。おにぎりはユカノの出身国の料理なんだろう。


「おにぎりは私の生まれた国でよく食べられている料理で、原材料は米だ」

「米は知ってるな」

「皮を開けてみてくれ」


 そう言われたので、おにぎりを包んでいる竹皮(?)を開けてみる。中には、三角形の米の塊が三つ綺麗に並んでいる。


「おいしそうですね」


 ネルは小さい手でおにぎりを一つ掴んだ。小さな口を大きく開けて、三角形の頂点をぱくりと削り取る。もぐもぐと咀嚼して飲み込む。


「おいしい」


 俺もおにぎりを食べることにした。一口で半分近くがなくなった。米は塩で味付けされていて、おにぎりの中央部には具が入っている。


「うん、うまい」

「お口に合ったようでよかった」


 微笑んで言うと、ユカノはリュックサックから他の料理も取り出した。おにぎりと同じく、ユカノの出身国の料理もあれば、アイレスでもよく食べられている料理もあった。

 味はどれもおいしかった。その気になれば、料理店を経営することだって、不可能じゃないと思う。


 昼食を終えると、俺たちは再び歩き出した。フィジカ草を探して――。


「ご飯を食べて休憩したので、体力もマックスです」


 ネルの何気ない呟きに、ユカノが反応した。


「……ん? 体力……?」

「どうかしたんですか?」

「そうだ!」


 ユカノが立ち止まった。どうやら、小骨が取れたようだ。


「いつもの私なら、既に体力切れになっているはずだ。だが今日の私は、まだ十分に体力が残っている。これは一体――」


 俺とネルを交互に見た。


「どういうことなんだろう?」

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