第27話

 クエストの依頼人であるユカノ氏の屋敷は、アイレスの一等地にあった。


 キャスの話だとユカノは東方の生まれのようだが、屋敷の建築様式は他の家々と何ら変わらない。


 東方の建築様式は、ラインツのものとはテイストがまったく異なるようなので、もしも氏の屋敷が東方の建築様式だとしたら、ひどく浮いてしまうだろう。


「立派なお屋敷ですね」


 ネルは感心したように言った。


「ああ」


 俺は頷いて同意した。


 屋敷は他の家々と比べるといささか小さいが、外観の荘厳さは負けていない。

 この屋敷には何人くらい住んでいるのだろう? まさか一人暮らしということはあるまい。一人で住むには大きすぎる。少なくても四、五人。使用人を含めて一〇人以上住んでいてもおかしくはない。


 屋敷のドアの上部には、ピカピカに磨き上げられたベルが吊り下がっている。そのベルから垂れている鎖を軽く振ると、カランコロン、と小気味いい金属音が鳴った。


 待っていると、ドアが開いて、中から一人の女が出てきた。


「どなたかな?」


 少し警戒心を滲ませ、尋ねてきた。


「俺たちはユカノさんのクエストを受注した冒険者です」


 俺は敬語を用いて答えた。


「ほう。君たちが……なるほど」


 女は目を細めて、薄く微笑んだ。


「私が依頼人のユカノだ。よろしく」

「俺はレンです」

「私はネルです」


 俺たちはユカノと握手をした。


「話は屋敷の中でしよう。外は日の光が強いからね」


 そう言うと、ユカノは俺たちを屋敷の中へと招き入れた。

 俺は廊下を歩きながら、前を歩くユカノを観察した。


 ユカノは女性としては長身で、俺より少し小さいくらい(一七〇半ばほど)だ。カラスのように黒い髪は尻のあたりまで伸ばしていて、ひものような物で結わえている。いわゆるポニーテールという髪型だ。年齢は二〇前後、一八歳の俺よりは上だろう。肌はネルよりも白く、病弱そうに見える。そして、何よりも特徴的なのは来ている服なのだが――。


「なあ、ユカノさん」

「何だい?」


 ユカノは振り返ることなく言った。


「あなたが着ている服は、なんて言うんです?」

「これはね……」


 ユカノは足を止めて振り返ると、


「下は『袴』で、上に羽織っているのは『羽織』と言うんだよ」


 袴という変わった形のズボンは黒く、羽織というローブのような外套はカラフルで、複雑な模様が描かれている。


「ユカノさんの祖国の衣装なんですか?」

「そうだね」


 頷くと、ユカノはとある部屋のドアを開けた。中に入ると、革張りのソファーに腰かけ、俺たちにも座るように、と向かいのソファーを指差した。

 俺とネルは並んでソファーに座った。


「おー。ふかふかですねー」


 ネルの言う通り、ソファーはふかふかとしていて、座り心地がいい。


「ふふっ。このソファーは私が生まれたときに父が買った物でね、だからもう二〇年も使われているんだ」


 ユカノは自慢げに言った。


「ということは、ユカノさんは二〇歳なんですね?」

「ああ」ユカノは頷いた。「君たちは?」

「私は一五歳です」

「俺は一八歳です」

「なるほど。この中では私が一番年上なんだね」


 ユカノは立ち上がると、「少し待っててくれ」と言い残して部屋から出て行った。飲み物でも出してくれるのだろう。


「驚愕です」


 ネルが突然そんなことを言った。


「何が?」

「レンって私より三つも年上だったんですね」

「あれ? 言わなかったか?」

「聞いてません」


 そう断言するのだから、年齢について言ってなかったのだろう。だが、俺もネルから年齢について聞いたことがないはずだ。


「勝手に同い年だと思ってました」

「別に年上だからといって、かしこまる必要はないぞ?」

「そんなつもりは毛頭ありません」


 ネルは少し笑った。俺も少し笑った。

 知り合って一か月という月日が経っているのに、お互いの年齢すら知らなかったのは、なんだか不思議なものだ。


 俺たちが話していると、ユカノがお茶の入ったコップをトレイに載せて戻ってきた。コップを俺とネルの前に置くと、


「毒は入っていないから、安心して飲んでくれ」


 にやりと笑ってジョークを言った。

 それから、お茶を一口飲んで、居住まいを正すと、


「さて、それではクエストの話をしようか」


 と、言った。

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