第28話
「君たちに頼みたいのは、薬草採取の同行だ。行き先はハイネラ山。目当ての薬草はフィジカ草だ。できれば、これから行きたいのだが……どうかな?」
「質問いいですか?」
俺は軽く手をあげて言った。
「どうぞ。それと、無理して敬語を使わなくても結構だよ」
俺が、敬語を使うのが苦手だということは、やはりバレていたか……。
許可をいただいたので、普段通りに喋ることにした。
「どうして『同行』なんだ? 俺たちに採って来させればいいじゃないか」
「人任せはよくないと思うんだ。自分で採取することに意味がある。達成感というか、ね」
「ふうん?」
よくわからない。
「ああ、それと、フィジカ草って薬草は何に使うんだ?」
「フィジカ草は基礎体力向上効果があるとされている薬草です」
お茶を飲んでいたネルが、俺に説明してくれた。
「もしかしたらなんとなく察しているかもしれないが、見ての通り、私は絶望的に体力がない」
確かに、見た目からは体力がありそうには見えない。
病弱で儚げで繊細。
純白のワンピースでも着ていれば、『深窓の令嬢』という言葉がふさわしい女性に見える。しかし、ユカノが実際に着ているのは東方の衣装なので、そうは見えない。腰に剣を吊るせば、格好も相まって『剣豪』に見えなくもない。
「これは過剰な表現ではなく、厳然たる事実だ。私は昔から体力がなくてね、仕事をしようにも、体が一日持たないんだ」
「ユカノさんは――」
「ユカノで結構」
「ユカノは今現在、何の仕事をしてるんだ?」
「仕事はしていない」
「……え?」
「仕事はしていないよ」
ユカノはもう一度言った。
「死んだ両親が残してくれたお金で暮らしているのさ」
「……」
それって――。
「ニー――」
「それ以上は言うな」
俺の首に、剣の切っ先がぴたりと当てられていた。
一瞬の出来事。
何も、見えなかった。
ひんやりとした金属の感触。ごくり、と唾を飲み込む。ほんの少しでも動けば、剣の刃が俺の皮膚を裂くことだろう。
ネルは馬鹿みたいに口を大きく開けて、ぽかーんとした顔で俺のことを見ている。
何か言ってやろうかとも思ったが、俺もネルと同じくらい間の抜けた顔をしているだろうから、何も言わなかった。
「……すまない」
俺は素直に謝罪した。
ユカノは――ぜえぜえ、と荒い呼吸を繰り返していた。剣を持つ手がぷるぷると震えている。うっかり俺の首を切り裂いてしまわないよう気を付けてほしい。
「この通り、すぐに息切れしてしまうんだ……」
自嘲気味にそう言うと、ユカノは剣を左手に握った鞘にゆっくりと、怪我をしないように慎重に収めた。
「すごい剣術だな。それに、剣の形も風変わりだ」
「これは『刀』と言って、主に私の祖国で作られている剣だ」
ユカノは自らの刀をテーブルの上に置いた。
「で、この刀――『紅時雨』は、我が一族に代々伝わる宝刀だ」
「触ってもいいか?」
「ああ、いいとも」
俺とネルは刀を無遠慮にぺたぺたと触った。
刀の鞘は黒く、光沢がある。二人で刀を少し抜き、刀身を見てみる。刀の刀身は白く光り輝いている。先ほど――ユカノが握っていたときは、刀身は赤く光り輝いていたのだが……。
「これは魔装――つまり、魔力を注ぎ入れることで、真の力を発揮する。さらに言えば、紅時雨は私にしか扱えない刀なのさ」
「魔装、か……」
一応、俺にも多少ではあるが魔力がある。魔法がろくに使えないのだから、戦闘のために魔装の購入も検討したほうがよさそうだ。といっても、魔装を扱うのに十分な魔力量があるのかはわからないが……。
「かっこいいですねえ」
うっとりと、恍惚とした表情で刀に頬ずりしているネルから、自然な動作で刀をすっと取り上げると、ユカノは淡く微笑んで言う。
「話が逸れてしまったね。二人とも、ハイキングの準備はできているかい?」
「ああ」と俺。
「はい」とネル。
「それでは、早速ハイネラ山へ行こうか」
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