第9話

 私は部屋に一人になると昨日からのことを考える。

 とにかく今はこの世界でいなければいけない。国王が使えるという魔法以外に元に戻る手段が見つかるまでは。それも周りの人には聖女だとバレず。


「大丈夫、できる。なんとかなる。なんとかしてみせる」


 それは小さな頃から唱えていた言葉だった。どんなに辛い状況でもいつかきっとなんとかなる。なんとかしてみせる。一人でだって乗り越える。

 でも……本当に元の世界に戻れるのだろうか。今まで来た聖女は一人を除いて全員がこの国の王様もしくは王太子と結婚したと言っていた。戻ったことがある人がいるということは帰れるという希望になる。でも、ほぼ全ての人がこの世界に留まったということは何かそうしなければいけない理由があったり、帰れなくなる事情があったんじゃないだろうか。

 そして私がそのほぼ全ての人と同じにならないという保証は、ない。


「っ……」


 胸の奥にチリチリとしたくすぶりが生まれる。小さかったそれはだんだんと大きな不安へと変わっていく。

 もしももう二度と、元の世界に戻れないとしたら。両親に愛されなかった私だけれど、そんな私なりに大切な人がいる。両親の代わりに私を愛し育ててくれたおばあちゃん、そしていつだって私のことを心配してくれた友人たち。きっと今も心配してくれているだろうと思うと胸が痛くなる。

 本当に、帰れるのだろうか……。


『不安になることもあるでしょう。そのときは私たちにいつでもその気持ちを吐き出してください』

『どうすれば解決するか、しないときはどのように乗り越えればいいか、一緒に考えていきましょう』


「あ……」


 脳裏に、先程のアラン様の言葉がよみがえる。その言葉は私の胸の奥にあった不安を優しく包み込んでくれる。

 アラン様の言葉は不思議だ。魔法を使ったわけではないと言っていたけれど、じゃあどうしてこんなにも私の気持ちを軽くしてくれるのだろう。今までいろんな人が声をかけてくれた。「大丈夫だよ」「無理しないで」「逃げてもいいんだよ」その言葉はどれも嬉しくて優しかった。でも――それだけ。どの言葉も他人事でどこか距離を感じていた。でもそれも仕方なくて、それを伝えてくれた人たちにとってどれだけ私が大切であろうと所詮は他人でしかない。よくて親友、下手すればただのクラスメイト。それでも気にかけてもらえるだけで嬉しかったし有り難かった。

 なのに、アラン様の言葉はどうしてこんなにも胸の奥を温かくするんだろう。たとえばキース、彼にとって私は自分の使えるアラン様が連れてきた異世界の人間、聖女であろうと聖女でなかろうと一歩引いたところで見ている雰囲気がある。イヴァンも同様で、彼の言葉の端々にあるのはアラン様への忠誠だ。職務の一環として私を護衛しているにすぎない。

 なのに、アラン様は聖女であろうとなかろうと私を守ってくれる。弟であるクリス様が自分に対抗するために呼び出した、という負い目があるようだけれど別にだからといって私を匿う必要なんてないはずだ。なのにアラン様はずっと私を気にかけてくれる。それが――嬉しくてくすぐったい。


「……変なの」


 変なの、変なの、変なの。

 今までたくさんの人からかけてもらった言葉と同じなのに、アラン様から言われると胸の奥が締め付けられて苦しくて嬉しくて泣きたくなるなんて。


「変なの」


 私はソファーに置かれたクッションを手に取ると抱きしめた。

 こんなの、変だ。

 今までの自分が自分じゃなくなってしまうみたいで凄く不安になる。


「っ……やめやめ! もうこれ以上考えない!」


 あえて口に出すと私は首を振った。そして魔法の本を手に取った。

 パラパラとめくってみるけれど、初級編ということもあって載っているのはやはり四大元素と呼ばれる四つの属性についてがほとんどだった。ヒール以外の聖魔法は応用編を借りてこないと載っていないのかもしれない。


「でも他の魔法は試さないようにって言われてるし、そもそも人を傷つけるかもしれないような魔法を使いたくもないし……うーん」


 他の本もめくってみるけれどどれも入門書なだけあって似たり寄ったりのことしか書かれていなかった。

 けれど。


「あれ? これって」


 三冊目に手に取った本には基本の魔法以外に魔力を使った便利な魔法が載っていた。どうやらスキルというらしい。攻撃補助や防除に特化したものがある中で、いくつか気になるものがあった。それは。


「これってキースやクリス様の魔導師が使っていたものだよね」


 そこに書かれていたのは『鑑定』というスキルだった。そもそもこの世界で自分の持つ能力や魔力値などを知るには二通りの方法があるらしい。一つ目は教会に行って調べる方法、もう一つが鑑定というスキルで調べる方法だ。

 鑑定は自分よりも低い値の人にしか使えない。が、そもそも鑑定を習得できるような人というのは高位の魔導師であるため特に問題にはならないそうだ。鑑定を使っても魔力値が出ないような人は国王もしくは教皇様ぐらいだそうだ。


「うーん、わかったようなわからないような。とにかく、普通の人であれば鑑定をすれば見えるってことだよね。でも私のはキースやクリス様の魔導師でも見えなかった、と。……ってことは、自分で自分を鑑定したらどうなるんだろう?」


 そんなことできるのか、とかそもそも私に鑑定が使えるのか、とか疑問点はあった。でも、試してみたいという好奇心には勝てない。そしてキースが使ってたのを見るに、どう考えても物騒な魔法ではなさそうなので部屋を壊したり燃やしたりする危険もなさそうなので安心だ。


「よし、それじゃあ。――鑑定」


 自分自身にヒールをかけたときのように、私は練り上げた魔法を自分へと注いだ。


「お、おおお? これが鑑定?」


 頭の中に謎の数字が思い描かれる。魔力値や属性なんて書いてあるからこれがどうやら鑑定結果のようだ。凄い、こんなふうに表示されるなんて。

 たとえるならテレビやパソコンのモニターが頭の中に思い描かれたような、そんな感じだ。

 そして私は自分自身のスキルおよび属性を知ることになる。それがどれぐらい凄い数字なのかはわからないままに。


「えーっと。称号は聖女と異世界からの召喚者、あ、やっぱり聖女なんだ……と、いうか召喚者って称号なの? まあいいや。で、属性は聖属性っと。他の属性は書かれてないから私は1種類のみなのね。だからファイアが使えなかったのか。あとは――魔力値380000……? なんか高そうだけどこれがどれぐらい高いのかは全然わかんないや。以外とキースとも1とか2とかしか変わらないんじゃないかな。他は特に変わったことはない、かな?」


 スキル欄に鑑定と記載がされていたけれど、これは今鑑定を使ったからなのかもともと書かれていたのかはわからない、まあ卵が先か鶏が先か問題と似たようなものだから気にしないでおく。


「あー、でもこれで聖女は確定か……」


 わかってスッキリしたような、だからどうすればいいのってなるような複雑な気持ちだ。でもとにかく、今はここでできることをしよう。


「まずは、この国のことをもっと知らなくちゃ」


 いつまでここにいることになるかはわからない。でも、明日すぐに帰れますっていう状況じゃないのも理解している。それなら、ここで楽しく暮らすことを考えなくちゃ。


「魔法についてももっと勉強したいな。聖魔法も、それ以外の魔法も」


 あとでまた図書室に行ってみよう。今度はキースにオススメの魔法の本を聞いてみるのもいいかもしれない。

 それから……。


「コルセット、つけなくていい服はないかリリーに聞かなくちゃ……」


 自分の身体を締め付ける存在をどうにかして外してもらおうと、私は心に誓った。

 リリーが苦しくないコルセットの締め方をマスターしてこの苦しみから解放されるまでまだ数日かかることを、このときの私は知るよしもなかった――。

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