第6話

 目の前の男の人は先程の衝撃的な発言なんてなかったかのように微笑んでいる。でも、私は気が気じゃない。


「ど、どうして」

「え?」

「どうして私が異世界から召喚されたって……」


 それはアラン様とキースしか知らないはずでは。他の人は私のことをアラン様のお母様の遠縁だとそう説明されているはず。

 何か私が口走ったことでバレてしまったのだろうか。そうだとしたらアラン様に合わせる顔がない。

 でも、目の前の人は当たり前のように言った。


「もちろん、アラン様からご説明頂いたからです」

「アラン様、から?」

「ええ。申し遅れました、私本日よりアイリ様の護衛をさせて頂くイヴァン・カラーチェと申します」

「イヴァン、さん」

「イヴァンで結構です」


 突然のことに頭がついていかない。そんな私をにイヴァンは説明を続ける。

 

「アイリ様付きのリリーも同様です。私たちはあなた様をお守りすることとこの世界で不自由なく暮らせるようにサポートするよう仰せつかっております」

「な、なぁんだ」


 ホッとして思わずその場に座り込んでしまう。

 でもそんな私をその人は首を振る。


「ですが、先程までアイリ様はそれらをご存じなかったにもかかわらず、私に対してあのような態度を取られましたよね。それはよろしくありません」

「あっ」

「お気づき頂けたのであれば結構です。ですが、ご自身をお守りになるためにも、そしてあなた様を匿われているアラン様のためにもお気をつけください」

「はい……」


 イヴァンの言うとおりだ。私の態度一つでアラン様に迷惑がかかる。遠縁だと嘘をついて見知らぬ他人をお城に入れていることもそうだろうし、異世界から来た人間を匿っているのも問題になるかもしれない。

 自分の行動一つで他の人の、それも命の恩人ともいえるアラン様の評価を落としかねないということに背筋が寒くなる。


「すみませんでした……」

「おわかり頂けたなら結構です。では」


 イヴァンは突然跪くと、頭を床すれすれまで下げた。



「え、な、なにを」

「無礼な態度をお取りし申し訳ございませんでした。アラン様の客人に対して私の先程の態度は許される者ではございません。もしアイリ様がお望みであればこの命をもって――」

「は? や、ちょっと待ってください! だってイヴァンは私に色々教えてくれようとしただけですよね? なのにそんな!」


 あまりの急展開についてけない。そもそも無礼なことをしたからって命で償うってどういうこと? そんな時代錯誤なこと、ってここは令和の世界じゃなかった! ああ、もう!


「イヴァン、私はこの世界のことについてまだまだ不慣れなことが多いです。これからも何か間違った行動をするかもしれません。なので、そういうときはさっきのように教えてもらえませんか?」

「よろしいのですか?」

「はい。それに、アラン様のご厚意でこうやっていさせてもらってますけど、私は貴族でもなんでもないんです。なので無礼とかそういうのは気にしないでいてもらえる方がありがたいです」

「それはできません」


 私の精一杯のお願いは、一刀両断された。そうかな、とは思ってたけれどこうまですっぱりと言われると逆に清々しいぐらいだ。

 けれど、イヴァンは顔を上げると少し困ったように微笑んだ。


「ですが、何かわからないことなどがございました際にはいつでもお申し付け頂ければ。私でできることであればお力になれればと思います」

「ありがとうございます」

「……それから、私に対するお言葉遣いも目下の者に向けたものでお願い致します。どこで他の者が耳にするかわかりませんので」

「わ、わかりました……じゃなかった、わかった」


 慌てて言い直した私に、イヴァンは満足そうに頷く。お疲れでしょう、というイヴァンの言葉に甘えて私は部屋で一人休むことにした。

 お行儀はよくないけれどさっき借りてきた本を一冊取って、ベッドに転がる。

 そこには魔法の概念だとか身体に流れる魔力の感じ方が書かれていた。けれど、どれも私にはピンとこないものばかりだ。


「えっとー、身体に流れる魔力を感じるには目を閉じて血液の流れと同じように身体に流れる魔力を認知する……。や、そもそも血液の流れだって感じられないけど!?」


 読みながら思わず突っ込んでしまう。けれどシーンとする部屋に、無性に恥ずかしくなってごまかすようにごろんと寝転んで目を閉じてみた。


「身体に流れる魔力……魔力……そもそも魔力って何よ……」


 そういえば、あの森でオーガだっけ? に襲われたとき金色の光が見えたっけ。聞くの忘れたけれどあれってもしかしてアラン様の魔法だったのかな。それで助けてくれたんだとしたらお礼を言わなくちゃ。

 でもあの光綺麗だったなぁ。


「……ん?」


 何かよくわからないけれど身体が温かくなってくるのを感じる。ふわふわとしてて温かくて心地いい。まるでお風呂に入っているときのようだ。ああ、このまま眠ってしまえれば気持ちいいのに。


「ふう」


 結局何が魔力なのかさっぱりわからない。

 まあ、そもそもただの人間である私に魔力なんて宿っているわけがないんだけれど。


「ってことで、ここはすっ飛ばして簡単な呪文とかないのかな」


 パラパラと本をめくっていく。初級の魔法らしく「ファイア」や「アクア」、「エアー」「アース」などがあった。


「よし、物は試し! ファイ……ん? ちょっと待って?」


 ファイアって言うぐらいだから炎が出るんだよね? でももしも、万が一、そんなことないと思うけどたまたま偶然発動しちゃったらこの部屋って……燃えちゃう?


「こ、こわっ! 魔法こわっ!」


 そうなると、水が出るであろうアクアも何がどうなるかわからないアースも危険だ。エアーはそよ風ぐらいならいいんだけど万が一突風なんて吹いたらと想像しただけで恐ろしい。


「……っていっても、魔力値測定不能のやつが何の心配をしてるんだかって感じだけどね! でもまあ、念のためよ、念のため。他に何か危なくなさそうなのは……」


 パラパラとめくっていくと「ヒール」というのがあった。癒やし、という意味だろうか? そういえばちょうど指先にできた逆むけが痛かったのだ。これならたまたま発動して何かあっても治るぐらいだろう。まあなんにもないと思うけどね!


「うん、これにしよう。……コホン。えっと、まずは体内に流れる魔力を意識して……」


 魔力が何かわからないけど、とにかく魔力があるような気分になるように魔力魔力と念じてみる。

 そうこうしているうちに、先程のように身体が温かい何かに浸っているような気分になる。そしてそのまま私は自分の指先に意識を集中させると唱えた。


「ヒール」


 その瞬間、部屋の中に金色の光が満ちる。


「え、あ、ああああ!」


 その光が私の指先に集まったかと思うと、パッと消え去った。


「嘘……」


 そして指先からは、逆むけが綺麗さっぱり治っていたのだ。


「魔法、使えちゃった」

「アイリ様! 今の光は……!」


 バンッと大きな音を立ててイヴァンが部屋に飛び込んでくる。


「今、この部屋から魔法の気配が感じられました。何者かがアイリ様を狙ったものかと思います。ご無事でしょうか!?」

「あ、え、えっと」


 焦ったように私の無事を確かめるイヴァンになんと言っていいかわからない。


「お怪我は……! 私がついておりながら本当に申し訳ございません!」

「ち、違うの!」


 顔面蒼白で必死に謝るイヴァンに私は指先を見せた。


「……魔法の、残滓が」

「その、私なの」

「え?」

「魔法を使ったの、私なの。本を読んで私も使ってみたくなって、ここの逆むけ、治しちゃった」


 この場の空気を何とかしようと、テヘッという効果音でもつくかのように可愛く言ってみた私を――イヴァンは呆然とした表情で見つめていた。

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