近接無双の回復賢者 ~無能職の村人A、奈落の底から成り上がるSランクチート冒険譚~
白石新
奈落の底で、牙を研ぐ
第1話 そして、俺は奈落に落とされた
「悪いが……君はもう戦力外なんだ。本当に申し訳ない」
冒険者ギルドの受付広場、その一角の酒場コーナーで、暁の銀翼のリーダーである剣聖:ケントが頭を下げて、そんなことを言い出してきた。
そうして、パーティーの他の二人……つまりは大司祭(ヒーラー)のエマと賢者カレンも申し訳なさそうに俺に頭を下げてくる。
「足手まといって言う酷い言葉は使いたくはないけど……敢えて言うね。このままじゃ、タイガが死んじゃうと思うの」
「そうですね……私も同感です。日々、タイガさんと皆さんとの力の差は開くばかりですし」
まあ、実際にこいつらの言葉はごもっともだ。何故なら、それぞれの職業適性は――
・剣聖
・賢者
・大司祭
・村人
どう考えても、俺だけ村人っておかしいもんな。
元々、俺たちは同郷のよしみで冒険者パーティーを組んで、この1年間はどうにかこうにかやってきた。
この世界は職業適性がモノを言い、レベルが上がれば上がるほどに成長率に差が出てくる。
俺のレベルは15だが、同じレベル15でも剣聖と村人では……15と25くらいには違いが出てくるんだ。
――オマケにレベル制限(キャップ)
剣聖のレベル制限は70で、村人は15となる。
で、パーティーの平均レベルは俺を除いて現在のところ23だ。
当然、俺のレベルはとっくの昔にカンストとなってしまっていて、これ以上の成長の余地はない。
――神から与えられた才能の壁
――持って生まれた、本人の努力ではどうにもならない実力不足
どれだけ頑張っても埋まらない、そんな絶望的な壁――圧倒的な理不尽は、この世界には確かに存在するんだ。
最初の内は気合と根性で努力して、寝る間も惜しんでレベルも上げて、こいつ等との才能の差をごまかしていたが……。
半年ほど前から、俺はどうしようもない実力の壁にぶち当たっていたし、俺だけじゃなくて、こいつ等もそのことで悩んでいることも知っていた。
「謝るなよ、ケント」
「え? どういうことだい?」
「実力差は知っている。俺が足手まといになって、お前等を危険な目には合わせられないしな」
「タイガ……」
そこで、再度、一同は俺に頭を下げた。
「タイガ、当たり前のことだが、暁の銀翼……これまで4人で一緒にやってきた共通の財産はきっちり四等分させてもらうよ」
「バカ言ってんじゃないよケント。私たちの都合でお願いしてるんだから、少しは色をつけないと」
と、そこで大司祭のエマはポンと掌を叩いた。
「それでは純粋な分配の意味で25%、更に退職金という意味を込めて10%……トータルで総共有資産の35%を差し上げるという形で如何でしょうか?」
「おいおい、そんなに貰っても良いのかよ? 途中から俺は完全に役立たずだったろ?」
そうして3人は同時に「うん」と頷いた。
「餞別と言う意味もある。君とは喧嘩別れをしたくないしね」
「私たちの気持ちだよ。受け取って欲しい」
「それに……失礼だったかもしれませんが、実はギルドにタイガさんの就職先もお願いしています」
「就職先……?」
受付嬢の方を見ると、彼女はウインクで応じてきた。
「あのねタイガ。君も何だかんだで冒険者としての知識はあるし、鑑定のレアスキルも使えるだろう?」
「ああ、そりゃあまあな。お前等の役に立つようにって、魔物や薬草の知識は必死に勉強したもんさ」
「そこを、私たちのリーダーのケントがギルドに猛プッシュしてね。どうにかこうにか教官見習いの職を与えてくれそうなんだよ」
「初心者研修用の迷宮探索のガイドが主なお仕事なんですけどね。村人のレベル10でも単独踏破は可能な難易度のところです」
と、そこで涙が出てきた。
こいつら……足手まといの俺の為に、どこまで面倒見てくれるんだよと。
「それとタイガ。これも餞別だよ」
と、言いながらケントは懐からポーションの薬瓶を取り出して俺に差し出した。
「ポーション?」
コクリと頷き、タイガはこう言った。
「君が初心者ダンジョンで後れを取るとは思わないけど、希少なポーションだ。危なくなったら使うと良いよ」
「ありがとう」
と、俺は薬瓶を手に取って、鑑定眼を行使した。
・最上級ポーション
希少な薬品から作られた最上級のポーション。回復量(大)
「うん、確かに希少なポーションだな」
そこで俺は頭を下げて、全員に心の底からのお礼を言ったのだった。
「今までありがとう。これから英雄になることが半ば約束されている……暁の銀翼の一員であったことを誇りに、俺はこれから第2の人生を歩もうと思う」
「ああ、こちらこそありがとう、タイガ」
「暁の銀翼はアンタの古巣だからね。困ったことがあったらできる範囲でいつでも力になるから」
「いいえエマさん。できないことでも精一杯……力になるんですよ」
そうして俺たちはみんなで笑って……円満に俺は暁の銀翼から退職することになったのだった。
――俺たち暁の銀翼はこの世界の人間ではない
正確に言うと、俺たちは日本からの転移者だ。
この世界は今、各所で魔物の大氾濫(スタンビード)が発生し、騎士団や冒険者ギルドだけの戦力では旗色が悪くなってきている。
そこで行われたのが、異世界召喚だ。
異世界の人間は元々は魔法が使えないが故に、強力な職業適性を持っている。
ケントは剣聖。
エマは大司祭、カレンは賢者。
で……俺は村人。
最初から俺も含めて、みんな「うわっちゃあ……」って感じだったんだが、なってしまったものは仕方ない。
で、冒険者として修業をしながら来るべき大氾濫に備えて1年――それが現況だ。
聞くところによると、俺たちと似たような存在は世界にチラホラといるらしい。
まあ、異世界召喚の勇者としての仕事を全うできなかったことには色々と思うところはあるが、そこは仕方ない。
ともかく、今は精一杯頑張って、この世界で生き抜いていかないと。
とりあえずは、これからの俺の職場になる初心者ダンジョンだな。
俺一人だと問題なくクリアーできる難易度だが、新米のヒヨコを引き連れてって言うんじゃ勝手が違う。
事故を起こして研修生を殺しましたってんじゃあ洒落にならんし、ダンジョン内は隅から隅までキッチリと把握しておかんとな。
と、気合を入れて森の道を行く俺に、妙に陽気な声でウサギ耳の獣人が声をかけてきた。
「ご主人様? ご主人様?」
「ん、何だポリーナ?」
「ご主人様は異世界からの勇者様ご一行だったんですよね? 分配金も物凄い金額だったんじゃないんですか?」
「ああ、そりゃあな」
「一人なら贅沢しなければ一生遊んでいける金額だと思うんですけど、どうして今更働こうとしているんです?」
そこで俺は肩をすくめて、笑ってこう言った。
「一人じゃないからだよ」
「え? 一人じゃない?」
「お前のお腹の中に子供がいるだろ? 俺も含めて家族三人養わないといけないからな」
と、そこでポリーナはフリーズして、その場で瞳をウルウルとさせた。
「ど、ど、奴隷の私と子供を……家族だと思ってくれるんですか?」
「俺の子供なんだから、俺の家族だろう?」
「うう……ポリーナの子供は奴隷市場に流されると思っていました」
「いや、そんなことせんから」
「そ、そ、それに……ポリーナだって若い時期が終われば奴隷市場に……」
「だから、そんなことはしないって。いつまで経っても卑屈なところ変わらないな」
ポリーナと出会ったのは10か月ほど前の話だ。
奴隷市場で売られていて、酷く汚れて傷ついていて、助けてあげたいなって思ったのが理由となる。
で、仲間と相談して、この子を買い取ることにしたんだ。
まあ、名目上は俺専属の奴隷ってことになっているんだけど、勿論、俺はそういう扱いはしていない。
「あの……ご主人様って本当に良い人なんですね」
「良い人?」
「初めに言ってくれた言葉を覚えていますか?」
「ん? 何て言ったっけかな」
「虐待を受けて、ボロボロになって、生きる希望もない……死んだ魚の目をしていたはずの私にご主人様はこう言ってくれました」
ポリーナは頬を若干赤く染め、そうしてスウっと息を吸い込んでからこう言った。
「頑張って生きていれば、良いことがある。だから、一緒に生きよう……そうおっしゃっていただきました」
「ああ、確かにそんなことを言ったと思う」
「あの時、絶望の淵に立たされていた私は……あの言葉で救われました。生きてても良いんだって、ご主人様の側なら居場所はあるんだって」
「……」
「だから、今、私は元気にここにいます。今度は私がご主人様を励ます番です」
ああ、なるほど。
何の話かと思ったが、こいつはこいつなりに俺を励まそうとしてんのか。
っていうか、ダメだな。
惚れた女に……心配をかけさせていたようだ。
流石に四六時中、俺と一緒にいるだけのことはある。
――何だかんだで、俺は実際落ち込んでいる
そりゃあそうだ。
必死に努力してあいつ等について行こうとして、それでも差は縮まらずに広がっていくばかり。
半年くらいはお情けで一緒にやってもらっていたが、結局は自他共に認める戦力外。
あいつ等だって俺にあんなことを言いたくなかったはずなのに、言わせてしまった……そんな自分が情けない。
「だから……落ち込まないで、ご主人様。例え……Dランク冒険者でも。ギルドでは人並み以下でも、そんなことは私は気にしません。他の誰が気にしても、私だけは気にしません!」
表には極力、俺の感情を出してなかったはずなのに、どうにもバレバレだったようだ。
そうして彼女は俺に向けてニッコリと笑ってこう言った。
「ポリーナだけは、何があってもご主人様とずっと一緒ですよ。だから、ありのままのご主人様で良いんです」
「うん、ありがとう」
「家族ですからね。そうご主人様がおっしゃってくれたので……ずっとずっと一緒です」
俺はポリーナに悟られないように、明後日の方向を向いて、不覚にも零れそうになった涙をそっと服の袖で拭ったのだった。
青白く薄暗いダンジョン内。
魔核から漏れ出た魔力の満たされた岩盤は、ヒト種が最低限に活動できる程度の光量を保っている。
そんな洞窟内を歩いていると、物陰から何かが飛び出してきた。
「これは下見のついでで……ポリーナを研修生に見立てての練習でもある。手を出さないでくれ」
「はい、了解しました!」
ビシっとばかりにポリーナは敬礼と共に頷いた。
敬礼は辞めろと、いつも言っているんだけど奴隷の流儀と言うことで言っても聞かないので、最近は半ば諦めている。
ちなみにポリーナは途中までは暁の銀翼の補助戦力として組み入れていたので、そのレベルは8で、この迷宮なら問題ない適正レベルとなっている。
まあ、危なっかしい感じなら連れてきてないので当然なんだが。
で、出てきた魔物と言えば――
――ケーブタランチュラ。
バスケットボール程度の大きさか。
洞窟内において、蜘蛛の縦横無尽の立体的な動きは厄介だ。
だが、所詮は討伐難度F級。
一応は個人でDランク冒険者……つまりは駆け出しよりは大分マシ程度の俺なら、対処は可能。
ヒュオンっと、蜘蛛の前足が俺の顔面に向けて振り落とされて――
「――シっ!」
最小限の動きで、横に避けると同時に、こちらの剣を叩き込む。
すると、一撃の名のもとに蜘蛛を一刀両断することに成功した。
「流石(さすが)です! ご主人様!」
「まあ、普通の冒険者なら誰でもできるんだけどな、これくらい」
「それでも、流石なんです、ご主人様!」
やれやれ、とばかりに俺は肩をすくめる。
で、洞窟内をしばらく歩き、俺たちは広場に出た。
中心部には大穴、そして壁沿いに螺旋階段状に小さい足場がつながっている竪穴……といった感じだ。
大穴の底を見てみると、正に奈落の底という風な感じで文字通りに底が見えない。
試しに小石を拾って穴に投げ入れるけれど、聞こえるはずのコツンという反響音も聞こえない。
あまりの深さに、もしも落ちたら……と俺の背筋に寒いモノが走った。
「やっぱり、ここがネックだな。この螺旋回廊で魔物に襲われると、事故が起きる確率が高い」
「はい、そうですねご主人様」
「そもそもの研修コースから外してしまうというのも手だが、それだと特殊地形の訓練にはならんし……」
と、俺はポリーナを先導する形で螺旋回廊を降り始めた。
「うーん、どっちでも良いんじゃないでしょうか、ご主人様」
「いや、そういうわけにはいかんだろ。こっちはヒヨコ共の命を預かることになるんだし」
「だって、ご主人様に教えてもらう生徒さんなんて、どこにもいないんですから」
と、同時に俺は、後ろからの衝撃で吹き飛ばされた。
ゴロゴロと転がり、地面のヘリを通り過ぎ、体が奈落に向けて真っ逆さま……に、なりそうなところで、ギリギリ俺は指先で崖の縁で体重を支える形になった。
指先の力だけで、体重を支えることはできる。
這い上がることも……できる。
そうして、渾身の力を込めたところで、指を踏まれた。
そこには、俺の指を踏んでニヤリと笑うポリーナの姿があった。
「お前……どうして?」
「え? 簡単な話ですよ? どちらについたほうが得かなんて、一目瞭然じゃないですか」
後ろから……俺を突き落としたのはポリーナだっていうのか?
分からない。
意味が分からない。
「どちらにつくって……お前……?」
「ご主人様が保有しているギルドの資産ですよ。ダンジョン内で行方不明となれば1年もすれば死亡扱い。ご主人様は家族もないし、相続権は本当のご主人様に渡ります。どうしてあの方たちが村人に分け前を4分の1も与えなければいけないんですか? バカなんですか? そもそもからしてギルドの制度がおかしいんですよ。パーティーの脱退の際には分配金を平等に与えろなんて……ね。そりゃあ、功労者だったら当たり前の話ですけど、ご主人様は足しか引っ張ってなかったわけですよね?」
「お前……何を言っているんだ? アイツらがこんなことを認めるはずが……」
ポリーナは小首を傾げ、何を当然のことをという風にこう言った。
「いや、ケント様のご指示ですよ? 無論、あの方たちもコレを望んでおられます」
「おい……ちょっと待てよ……」
「流石に同郷の人間を殺すのは気が滅入るということで、私に白羽の矢が立ったということですよ」
「……お腹の子供は?」
「ご主人様との時は、終わった後に避妊魔法を使っていましたので、100%妊娠はありえません」
「じゃあ、誰の……」
「もちろん、ケント様の子です。貴方みたいな劣等な遺伝子なんて受け入れたいわけがないじゃないですか。馬鹿なんですか? お馬鹿さんなんですか? 貴方がもう少し使い物になるなら、ケント様のお子様を育ててもらう予定だったのですが、本当に使えなさすぎのゴミクズですね」
「でも、お前はずっと一緒に俺といるって……」
「はい。ポリーナはずっとずっとご主人様と一緒ですよ。そう、新しいご主人様とね」
俺はゾッとした。
底抜けの笑みに。
魔性の微笑みに。
子供のような無邪気に残酷な笑みに。
――その笑みの意味するところに
暁の銀翼の……ケントは、エマは、カレンは……自分の手すら汚さずに、俺を消し去ろうと……しているというのか?
奴らは、後々の罪悪感すら……背負う気はないって言うのか?
あいつ等は……この期に及んで、まだ自分を悪者にしたくないって……そういうことなのか?
だから、ポリーナを使って……何ていう……何て言うムシの良い話なんだ。
そう考えると、頭が真っ白になった。
「ああ、そうそう、古いご主人様……ケッサクでしたよ」
「ケッサク?」
「役立たずの自分に、多額の分配金が与えられることを疑いもせずに、元は奴隷の私も疑いもせずに……本当にお人良しが過ぎますね。いやはや、本当に――」
そうして、ポリーナはその場で軽く跳躍し、俺の指に蹴りつけるように足裏を落とした。
「――流石(さすが)です、ご主人様。ふふ、本当にお馬鹿すぎますよ?」
ああ……と、涙と共に俺は思う。
――力が欲しいっ!
目の前の理不尽を、全てを跳ねのける力が――欲しいっ!
そうして――
――願いも空しく、俺は奈落の底へと突き落とされた。
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