018話 VS心臓頭 ③
パ、と虚空に浮かび、一拍置いて放たれた無数の光弾が背後で爆発する。
爆音と共に地面がえぐれ、コンサートホールの椅子が木っ端のように吹き飛んだ。
丸く綺麗にえぐれてやがる。下の階見えてんじゃねぇか!
喰らったら多分即死だ。一発も食らうな!
グオン、と頭上を槍が通過。
続けて振り下ろし。避けられねぇ。刀で受け流す。
地面にめり込む槍。
それを軸にしての回し蹴りが飛んでくる。伏せて躱す。
跳ね起きて後退。紙一重で叩きつけられる拳。
追撃の光弾。全力で走って回避。
動きが速すぎる! しかもデカイせいで、攻撃を弾こうにも確実に力負けする。反撃できる余裕が全く無い!
「“インパクトストライク”!!」
飛び上がったオウカが天使の背を強打する。
「“チェインバインド”!」
トバリの束縛魔法が一瞬だけ天使の動きを止めた。が、すぐに拘束をぶち破って暴れ出す。
と、完全に気配を消していたアキカゼの矢が天使の翼を撃ち抜いた。上空に飛び上がろうとした天使がバランスを崩す。が、立て直し天井ギリギリまで登っていく。
「光弾来るぞ!!」
ド、ド、ドと降り注ぐ致命的な光弾。地面が醜く穴ぼこだらけになっていく。
「クソが!! 降りてきやがれ!! 遅延行為してんじゃねぇぞ!!」
「私が絡める!! “バインドチェイン”!! オウカちゃん!!」
トバリの杖からジャラジャラと伸びた鎖が、天使の無事な方の翼を絡め取った。
オウカがハンマーを放り、トバリの杖から伸びる、紫の鎖を全力で引っ張る。
「落ちろぉぉぉぉぉおおお!!!」
大きくバランスを崩した天使。
再び翼に矢が着弾。ぐらりと崩れ、光弾をあらぬ方向に飛ばしながら天使が墜落した。
待て。一つ変な方向に……あ゛あ゛!! 壁に穴開いてんじゃねぇかよ! 一拍置いて囚人が溢れ出してくる。
「《毒霧》!」
とりあえず毒で塞ぐ!
出てくんな! しつこいんだよてめぇら!!
落ちてきた天使をオウカが何度も何度も殴りつけているが、すぐに天使は起き上がった。
まだ翼は封じられたままだが……! いや、よくない!
「トバリ! 鎖を解除しろ!!」
「え? きゃぁ!!」
天使が鎖を引っ張った。よほどしっかり握っていたのか、杖は手放さないままトバリが引き寄せられ転がる。
「このクソ天使!! 何するの!!」
「オウカ!! お前は心臓頭をやれ!! あの障壁をぶち抜けるのはお前だけだ!!」
「でもこいつは!」
「俺とアキカゼ、トバリで何とかする!!」
このクソ天使が開けた穴から囚人が出てくるまであと40秒ほど。それまでに殺せるか!?
いやそうなったらそうなった時だ。余計なことを考えずに全力で殺しにかかるぞ!
さぁこいつを喰らえ!!
《毒攻撃》+《毒》+《濃縮》の、毒の威力を現状の最高まで高めた劇毒だ!!
「《致命毒撃》!!」
毒色のモヤを纏った刃が天使の脇腹を裂く。
瞬間、動きを鈍らせ転倒する天使。
それでも立ち上がり、こちらに光弾を飛ばしてくる。
まあどう見てもボスクラスだもんな!
一回で毒にならねぇんなら何回も斬ればいい!!
刺突を躱して、再び肉薄。《致命毒撃》もう一発、もう二発!
「クソ、まだ死なねぇのかよコイツ!!」
毒に耐性でもあんのか!? ふらついてはいるがまだ動きやがる!!
と、背後でガラスを纏めて数十枚叩き割ったような音。
「割れたッ!! “マキシムストライク”!!」
オウカの全力の一撃が心臓頭に直撃。
胴体をくの字に折り曲げ、コンサートホールの端まで吹き飛び、壁にめり込む心臓頭。
機を見逃さない。アキカゼが矢を飛ばし、トバリが爆炎を撃ち込む。
「まずッ……!」
心臓頭が危機に瀕したのを察知したのか、天使が全方位に光弾をばら撒いた。
避けられねぇ!!
爆発。
「ぐぁぁ!!」
「うぐぅぅ!!」
「二人共大丈夫!?」
近距離にいた俺と、重点的に狙われたオウカが被弾。
「クソ痛ぇぞ畜生がァ!!」
だがHP全損はしなかった!! そしてオウカも耐えている!
「コガラシ、スイッチ!! 私が天使を受け持つ!!」
「《復讐》アニマだっけか! 頼む!」
壁にめり込んでいた心臓頭がぐらりと落ちてくる。
念の為だ。致命毒撃で首を飛ばす!! 万が一生きてても毒で死ぬだろ!
が、振り抜いた刃はガラスのような壁に阻まれる。
「ファーーーーーック!!! ふざけんな解除時間短すぎるだろうが!!!」
「ごめんコガラシ殴ってて! オウカが天使をいい具合に削ってる!!」
トバリの声。手を止めずちらと振り返れば、オウカが毒でふらつく天使をタコ殴りにしていた。ワイバーンを殴った時のように、刺々しい光を纏ったハンマーが天使を打ち据えていく。あっちはあのまま仕留めてくれるだろ。
なら俺の役目は少しでも削ることだ!
「コガラシ! 封鎖を追加できるか!」
「了解! 《毒霧》!」
アキカゼの声に答え、毒弾を発射。着弾も確認せず心臓頭の障壁を刀で殴り続ける。
クッソ、絶対刀悪くするぞ! ただでさえ質悪いのによぉ!
「飛ぶぞ!!」
「大丈夫!」
何が!? 思って振り返ると、天井付近に撃ち上げられていたトバリの拘束魔法が、付与された誘導の効果で天使に向かって落ちようとしていた。
それに気づかず、向かっていくように飛び上がる天使。
案の定誘導弾がいくつも着弾。天使がガッチリと空中に固定される。
「あああああ!!」
オウカが叫びながら鎖を足場に跳び上がる。
天使の悪あがき、槍の投擲はアキカゼの矢によって手元が射抜かれたことで失敗。
「“リベンジストライク”!!!」
壁でも叩き壊したような音と共に、三つ首天使の頭が首周りごと全て吹き飛んだ。
が、天使はそのまま無理やり左手をこちらに向ける。
……最期の足掻きってわけか!!
「コガラシ!!」
フラッシュライトのように光が瞬き、光弾の群れがこちらに飛んでくる。
「問題ない!!」
俺はそう叫んで走る。
光弾が爆裂。
壁が抜け、渓谷の明かりがぱっと差し込む。
ボロ雑巾のようになった壁の下、なんとか俺は生きていた。
「いい遮蔽になってくれてありがとうなぁ!! じゃあ死んでくれ!!」
心臓頭の障壁だ。
コイツの魔法反射なら、当然天使の光弾も通さないとふんだが大当たりだ!
だからこそ最期に主を守るため俺を排除しようとしたんだろうが、その主の障壁が俺を守るとは皮肉だな!!
天使はもうポリゴンになって爆散していた。
《レベル上昇:14→19》
「オウカ! あとはコイツを割って殺すだけだ! 二人共雑魚は任せていいか!」
「任されたよ!」
「仕留めろ!!」
こころなしかさっきより障壁が硬い気がするが、二人なら割るスピードも速いだろ!
そう考えてガンガン殴っていると、心臓頭が再び口を開く。
目玉出しやがった!!
また天使を召喚するつもりかこのクソ野郎!!
「何なんだコイツマジで!!」
「もうMPがない!」
頭上に展開される魔法陣。
「トバリ! なんか魔法で妨害できねぇ!?」
「“チェインバインド”! ……無理!」
誘導弾は虚しく魔法陣をすり抜ける。
畜生ォーッ!
出てくる天使。吠える心臓頭。
やばい、いい加減囚人も来るぞ!
ただ心臓頭は傷だらけ。大分ダメージを負っている。
次に割ることさえできれば……!
「オウカ、心臓頭は頼んだ!」
「コガラシは!?」
「三つ首天使を止める!」
天使が降り立った瞬間、俺は背中に取り付く。
翼を全力で掴んで、刀を突き立ててしがみつく。
暴れる天使。強引に槍で俺をはたき落とそうとしてくる。
「トバリ!! 俺にバインド!!」
「……了解!」
一瞬理解の間があったが、すぐに誘導弾が背に当たったのを感じた。
トバリのお陰で、俺から飛び出た鎖がガッチリと俺を天使に繋ぎ止める。
これで直接殴られない限り落ちねぇ……ッが!!
クッソこいつ、背中を壁にぶつけやがった!
挟まれて押しつぶされた。だが幸い、鎖は外れなかった。
俺はサンドイッチのハムじゃねぇんだぞクソが!!
と、天使の動きが鈍り、悲鳴にも似た声。
アキカゼが顔でも狙撃したな!? ナイスだ!!
「このまま翼を切り落としてやる!!」
《斬撃拡大》!! 範囲を狭めにして威力を盛ったタイプだ。トバリじゃねぇが作っといてよかったぜ!
「ギァアァァァァ!!!」
叫ぶ天使。
「一振りじゃダメか! なら落ちるまでやってやる!」
もう一発。再び壁とサンドイッチにされた。
二発。槍で叩きつけられた。
三発。ついに翼が落ちる。
「ハハハハ!! もう一方も斬ってやる!!」
《致命毒撃》!!
劇毒付きだ。たっぷり味わってくれよ!!
痛みに悶えているのか、がむしゃらに暴れまわる天使。
その状態で光弾を乱射すんじゃねぇ!!
ぐるぐる回る視界の端で、トバリとアキカゼが巻き込まれたのが見えた。
あの二人のHPは大丈夫か? オウカは恐らく瀕死。俺も残り少ないはず。
と、トバリの拘束魔法が消え、俺は背中から投げ出された。
クソ、残った翼をもぐには至らなかった!
もうMPがない。
MPを消費した時の、自分の中から何かが減る感覚。
その何かが今、殆ど残ってないのを感じる。
身体の追加部位の感覚を再現するように、魔力を消費する感覚も再現してるんだろう。
とにかく、俺たちは追い詰められつつある。
だが、そこにオウカが突破口を作る。
「砕けろぉぉぉぉおおお!!!」
ガジャァァン!! と心臓頭の障壁が砕け散る。
よしよしよしよし!! こいつさえ殺せれば!!
口の中を正確に射抜く矢。
それを追う火球。
トドメと言わんばかりにオウカが手斧を投げ……それら全てが命中。
断末魔の声を爆煙の中から響かせ、ついに心臓頭は死んだ。
おおっしゃぁ!! ナイスだみんな!
《レベル上昇:19→28》
バカほど上がるじゃねぇか!
《クエスト進行:最初の試練》
今はどうでもいい! 後!
戦闘は終わってない!
「コイツら発狂解除されねぇのかよ!」
未だに暴れている天使。毒の効きがさっきのやつと違うのか? なんでこんなに……。
そうか。翼切り落としたことによる発狂パターンだ!!
余計なことしたか!?
「コガラシ!!」
「オウカ、二人でなんとしてもあの天使だけは殺すぞ!! コイツを谷底に叩き落とす! 片翼じゃ飛べねぇだろ!!」
光弾乱射のせいで、右手側の壁はもう無残なぐらいボロボロだ。渓谷が丸見えになるぐらいに穴が空いている。
そこからコイツを落とす!
「おおぁぁぁぁ!!」
気合の声と共に、《撃衝》の一撃を叩きつけるオウカ。
よろめく天使。続けて顔にトバリの火球が放たれ、爆炎が広がる。
が、炎の中から伸びた腕がオウカを鷲掴みにする。
「オウカちゃん!」
「私はいい……! 囚人に集中して!」
だがこのままじゃ握りつぶされて死ぬ!
その前に俺が天使を仕留める!
飛びかかった所で再び光弾。
だがもう見切ったぞ。
光弾を生成した際、放たれるまでの数秒のラグ。
その間、進行方向に若干だが移動している!
それを見ればどこに着弾するかは見える!
「首三つ纏めて跳ね飛ばしてやる!!」
「コガラシ! 床!」
っあ!? 床!?
反射的に視点を下に向けると、戦闘の余波でボロボロになったホールの床。
さらに、背後で光弾が爆発し……。
軋み耐えかねたような破砕音と共に、床が穴の空いた壁……すなわち渓谷に向かってへし折れれる。
渓谷側の支えがなくなったせいでバランスおかしくなったのか!
意味分かんねぇ構造だから、基礎もクソもないわけだ。
だからこんな変な崩れ方しやがるんだな! 畜生!
今更戻れねぇ。なら飛び込む!!
「トバリ、アキカゼ! 合流はできそうならする方向で! 無理すんなよ!!」
極論無限にMP回復できるトバリと、厄介な奴をピンポイントで殺せるアキカゼなら、発狂囚人の群れをなんとかして祭壇に戻れるだろ!
「お前たちはどうする!!」
「死んでもコイツだけは確実に殺す! リスポン地点にいなかったらどっかで生きてる!」
飛び上がって刺突。浅い!
槍を自分から手放す天使。
俺を引き剥がそうってか! 左手にはオウカ掴んでるもんな!
だが間に合わねぇぞ。
片方だけじゃ飛べねぇみたいだな。お前も一緒に落ちてもらう!
床が完全に崩壊。
下の階層に落ち、衝撃に耐えきれずさらに崩壊。
それを繰り返し、巨大な身体を打ち付けながら落ちていく天使。
何とか天使にしがみついて放り出されるのを防ぐ。
クソ、刀だけは何とか引き抜け……!
俺は何とかその最中、突き刺した刀を引き抜く。
衝撃。
「がっあ……!!」
「ぐう……!」
痛みで息が詰まる。クソ、どうなった!
天使は衝撃で掴まれていたオウカを手放したらしい。
近く、血の川の上に転がっている。
「落下死してねぇ……!」
奇跡的にHPが残ったらしい。何回かに分けて落ちたのと、天使が若干クッションになったおかげだ。
だが天使も生きてやがる!
瓦礫の上に落ち、立ち上がろうと藻掻いている。
テメェに次はねぇ。ここで殺す!!
「《斬撃拡大》!!」
一閃。
さっきの宣言通り、三つの首が宙を舞った。
死に際に足掻く体力はもうなかったらしい。天使はそのままポリゴンになり、消え去った。
《レベル上昇:28→32》
「……はは、やったな!」
起き上がって寄って来たオウカに笑いかける。
「うん」
血の川に落ちたオウカは全身真っ赤だ。それでも、いつもの仏頂面がほころんでいる。
あーーーー二度と戦いたくねぇ。誰だよあのクソモンスター考えた奴。
「さて……何とかして上に戻るか」
「その前に祭壇見つけないと」
「そうだな。HP残ったのマジで奇跡だろ」
「私あと1」
メニュー開いて見れば、もう数百しか残ってない。
死なないで上に戻るのはほぼ無理だな。あと位置的にこの辺り初見のエリアだ。
とか思ってたら、正面遥か遠く。例のワニが頭を出した。ついでに、血の川の側に空いた入り口から出てくる数十匹の蛙。
「難易度がクソすぎる……」
「でも、楽しい」
歯を剥き出して笑うオウカ。お前あと一発で死ぬぞ。わかってんのか?
だが楽しいってのには同意だな。
このゲームは、ある種……俺の理想を体現したゲームだ。
「よっしゃ行くぞ!!」
「うん!」
俺たちはボロボロの武器を構え、蛙の群れに向かって走り出した。
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