26.囮
「……」
エスカディアの町の、それも商店街から離れた路地裏の夜道を俺は単身歩いていた。
不気味な空気がこれでもかと漂っていて、後ろからアイシャとルアンがひっそりとついてきてることがわかっていても心細くなるほどだ。
纏わりつくような陰湿な気配をここまで感じるってことは、やはりスパイは本当に存在していて俺に目をつけてるのかもしれないな……。
見回り役に選ばれる戦闘試験で第一位の記録を打ち立てたとはいえ、俺が倒したのは回復術師が最も得意とする不死属性のモンスターだ。そういうことを考えても、対人相手、特に集団相手だとそう簡単に事が運ばないのは相手も理解しているはずだし、俺自身も驕りは一切ない。
自分一人でなんでも片付けたくても状況によっては無理をせず、仲間たちに頼るということも必要になってくるように思う。
「――ん……?」
今、どこからともなく悲鳴のような痛々しい声が聞こえてきたような……。
これは……もしかしたら、俺が囮なのを見抜いたスパイが人質を取って優位に立とうというつもりなのかもしれない。仮にそうなら厄介な相手だ。回復術師にとって犠牲者が出るというのは最も避けたい事態だから……。
そういうわけで俺は右手を掲げてアイシャとルアンに合図を出すと、声が聞こえた方向へと駆け出した。
◇◇◇
「――い、いたっ、あそこにいましたよっ……!」
そこはエスカディアの高い建物の上、覆面姿の剣士ケインが指差す方向には、月明かりに薄らと照らされた回復術師ラフェルが単身で歩く姿があった。
「ラフェルの野郎……どう考えても囮になってスパイを釣ろうって腹だな……。よーし、それなら豪快に釣られてやろうぜ!」
「「「えっ……」」」
クラークの言葉に、ケイン、エアル、カタリナの三人が不思議そうに目をしばたかせる。
「おめーら……まだわからねえのか? 俺たちがあからさまに釣られることでよ、警戒してる本物のスパイも同士がいると思って釣られやすくなるってわけよ。これで勝つる! ってな……」
「「なるほど……」」
「んー……クラーク、そんな作戦で本当に大丈夫なのかい……? 本物のスパイからしたら、あたいらがラフェルの味方かもって誤解されて襲われちゃう恐れもあるように思うんだけれど……」
カタリナが納得できない様子で語りかけるが、クラークはまったく心配ないと言いたげに両手を左右に広げ、おもむろに首を横に振ってみせた。
「だからよ、もしそうなったら反撃せずにあくまでも話し合いで解決しようとすりゃいいんだよ。そうすりゃ本物のスパイのほうもわかってくれるに決まってる。これは済まなかった、見回りを狙うのであれば我々の同士にならないか……? ってなあっ!」
「わおっ、それって燃える展開ねっ!」
「いいですねえ。相手の強さにもよりますけど、その際に充分な数を確保できればそのままラフェルさんたちも制圧できそうです」
「んー……そう都合よくいくもんかねえ……?」
乗り気な様子のエアルやケインとは対照的に、カタリナだけは不安そうに首を傾げるのだった。
◇◇◇
「いいか、アルバートよ。この作戦は必ず成功させねばならんのであるっ……!」
「わかってるよ、父さん……」
回復術師ラフェルが徐々に迫ってくる中、意を決した様子でお互いの顔を見合う髭面の男と剣士アルバート。
「見回り役に選ばれる方法が一番よかったが仕方ないっ。内部から破壊できないのであれば地道に【正義の杖】の見回り、すなわち犬どもを木っ端微塵に粉砕し、地道に信頼できる同士を集める以外にないのであるっ……!」
「うん……いずれは【正義の杖】のマスターを倒して、そのまま僕と父さんでこの町を支配しないとね……」
「うむっ! 私とアルバートで支配してやるのである。美女も金も権力も思いのままだ。わははっ……っと、そろそろだぞっ!」
「大丈夫、父さん。もう準備はできてるから……って、僕たちより先になんか変な連中がラフェルのやつに近付いてるみたいだけど……」
「む……?」
アルバートとその父親の男が目撃したもの、それは覆面姿のいかにも怪しげな者たちだった。
「な、何やつである……!?」
「多分、ラフェルのやつの味方だよ。あいつを囮にして、釣られた魚を一斉に叩くつもりなんだろうね。それなら、あっちのほうから先に潰しちゃおうか、父さん」
「賛成であるっ。騒ぎにならぬよう、迅速に叩き潰してやろうではないかっ!」
それからほどなくしてアルバートたちの奇襲が成功し、覆面集団は弱々しい悲鳴を上げることしか許されずあっという間に倒されてしまうのであった……。
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