91話 思い遣り
「――えー、食事中に悪いんだけど、みんなに大事な話がある」
「「「「「えっ……」」」」」
みんなの注目が僕のほうに集まる。
【精神世界】から戻ってきたばかりだし、食事が終わってから話そうかとも思ったけど、その前にアルフレドが退席してしまう可能性を考えてこのタイミングにしたんだ。
「金庫の件で真犯人がわかったんだ」
僕の発言によって、その場が俄かにざわめき始めるのがわかる。
「それはエオリアだ!」
「「「「「えぇぇっ!?」」」」」
僕が立ち上がってエオリアを指差すと、係員たちは酷くびっくりした様子でお互いの顔を見合わせていた。当の本人はというと、どこか寂しそうな表情ではあったけど、既に覚悟しているのかあっけらかんとしたものだった。
『嘘』、『まさか』、『エオリアが犯人なんてありえない』……そんな驚きの成分が多量に含まれた声が次々と上がるのは、それだけ盗みという行為が、彼女の普段の行動とはかけ離れてるからなんだろう。
「エオリアは、金庫の鍵を開けてみたいっていう衝動の余り、スキルを駆使して開けたまではよかったけど、今度は閉まらなくなって凄く焦ったらしいんだ。それで、このままじゃ中のお金が盗られると思って運び出したら大騒動になって、怖くなって言い出せずにいたんだって……」
「「「「「……」」」」」
僕の発言によって、その場に漂っていた不安定な感情の流れがとある方向に導かれていくのが見て取れた。
「なんか、いかにもエオリアらしいわねえ」
「ほんーと。小心者なところとか……」
「とんだ大失態だけど、まあエオリアちゃんなら俺は許すぜ、料理が抜群に上手いしな!」
「ま、もうちょっと早く言い出すべきだったと思うけど、あたしも同意!」
「……」
エオリアはしばらくびっくりした様子だったけど、感極まるところがあったのか、まもなく項垂れて必死に何かを堪えているような表情を見せていた。おそらく、この中で僕の言ってることをそのまま鵜呑みにした人はあまりいないはず。僕が彼女を庇っていることを察してみんなも真似をしてくれてるんだ。
悪いことをしでかしたと知られながら、気を遣われている、許されている……そのことをエオリアが少しでも実感してくれれば、彼女の中できっと何かが変わっていくはず。
「ただ、それでみんなに……特にアルフレドに迷惑がかかったことは事実だからね。よって、エオリアの一月の給料を半分にさせてもらう」
僕がきりっとした表情を作り出してそう宣言すると、周りから可哀想だの厳しいだの、ブーイングが上がり始めた。
「やったことはやったことだからね! エオリア、今後は気をつけるように!」
「……は、はいっ……ひっく……」
エオリアの顔はもう、涙を隠しきれないほどびしょぬれになっていた。
「――よく来てくれたね」
朝食後、僕は会議室にエオリアだけを呼び出した。
「え、えっと……なんてお礼を言えばいいのか……」
「お礼って……結構酷い罰を与えたのに……?」
少しだけ悪戯を施した僕の台詞に対して、エオリアが照れたような微笑みで返してくるけど、まもなく陰鬱そうな表情に変わった。
「本当に、心が洗われるようでした。ギルド長様を含めて、みんながこんなにも醜い私を許してくれて……。でも、また窃盗を繰り返してしまうかと思うと、私はもうここにいないほうがいいのではないかと……」
「実は、今回呼んだのはその件なんだ」
「え……?」
「エオリア、僕から何かを盗もうとしてくれ」
「で、でも……」
「いいから。ほら、金貨の山だ」
「っ!?」
僕が金貨の山を両手に復元してみせると、エオリアの顔色が明らかに変わった。
「さあ、来るんだ」
「は、はいっ!」
彼女が目を輝かせて金貨を奪いに来るところで、僕はその窃盗癖を削除してみせた。
「……あ、あれ……?」
「窃盗に対するエオリアの欲望を消しておいたから、これでしばらくは大丈夫なはず」
ダストボックスに放り込んだ窃盗癖については、あとでその辺の蟻にでも復元させておくとしよう。
「い、一体どうやったんですか……?」
「いいから、心の中に閉まっておいて。僕も、エオリアのように誰にも言えない秘密を持っている。いや、僕たちだけじゃない。でも、それが普通なんだって思うんだ。君が、色んな人がいるって言ったようにね」
「……」
「だから、引き摺らないでほしいって言ったら無理があるかもしれないけど……苦しんでるのは自分だけじゃないってことを、心の片隅でいいから理解しておいてほしいんだ」
「はいっ!」
エオリアの真っすぐな笑顔を見て、僕は自分の心まで洗われるような、そんな清々しい気持ちになるのだった……。
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