89話 前科者
翌日のまだ薄暗い早朝のうちから、僕は経費を盗んだ真犯人探しを始めることにした。
今、目の前にあるギルドの金庫は二階通路の突き当たりにあり、窓の近くにあることから結構目立つ場所で、二階に上がる者なら誰もが一度は目にするものなんだ。
怪力の腕輪を装備した僕でもかなり力を入れないと持ち上がらないくらい重い上、物理にも魔法にも強い特殊な金属で作られているらしい。なおかつ係員たちに給与を支払うために前ギルド長が月末に一度だけ開けるものみたいだから、今は不在なわけで外部の人間からしてみたらノーチャンスに見えるんじゃないかな。
ただ弱点もあって、受付嬢エステルの【計算】スキルによると、金庫の鍵については《開錠》のテクニックが中程度なら一時間くらいで開けられるようだ。
それでも目立つ場所だから、もしやるとしたら夜中か早朝くらいしか考えられない。アルフレドは【闘志】っていう、身体能力が上がるだけじゃなくて痛みを感じずに戦えるスキルを持つ武闘派で、夜の見回りを担当してることもあってますます怪しまれてるってわけだね。
けど、そんな立場なのに本当にやるだろうか? 元ならず者だってことは周りに知られてるわけで、それで盗みを働くっていうのは自分が犯人ですって告白するようなものじゃないか。
そういうことを考慮してもアルフレドが犯人だとは到底思えない。彼がやってないと仮定して、犯行時間は早朝の時間帯の可能性が高いので、誰が犯人であってもおかしくないってことになる。
「はあ……」
思わず溜め息が飛び出す。いよいよ犯人を追い詰めたってところで姿を暗まされたような気分だ。
ここで係員たちのアリバイとかを調べる必要が出てくるんだけど、それはつまりあの大量のクレーム報告書をスルーした上、逆にみんなを疑ってかかるってことなわけで、折角築き上げてきたギルド長としての信頼が揺らぐことにも繋がるような……。
いや、守りに入ったらダメだ、そう思いつつもやっぱり迷ってしまう。僕は一体どうしたらいいのか――
「――ギルド長様」
「はっ……!? エ、エステル?」
なんでエステルがこんな時間に、と思ってびっくりして振り返ると、淡紅色の窓際でエリスが微笑んでいるところだった。
「エ、エリスだったのか……」
「ですよ。残念でしたでしょうか?」
「あはは……エリスの声、エステルにそっくりだね」
「ふふ……よく言われます。名前も似てますしねっ。それより彼女から聞きました、アルフレドの件……」
「そっか……。エリスはどう考えてる……?」
「……私の個人的な意見としては、彼が怪しまれるのは当然として、犯人ではないと思います」
「どうしてそう思うの?」
「……アルフレドは前ギルド長様から可愛がられておりましたが、それは普段の言動が悪くても、窃盗や障害等、絶対に人の道に背くことはしないと見ていたからだと思いますし、私自身もそういう印象なんです。彼とは幼い頃から顔見知りの間柄ですので贔屓目で見てるのかもしれませんが……」
へえ、アルフレドとエリスは幼馴染の間柄だったんだ。それじゃ、彼が僕を敵視するのは……いや、まさかね……。
「エリスの話を聞いて、やっぱり彼が犯人じゃないって確信が持てたよ。ありがとう」
「お役に立てたならよかったですっ。でも、大変ですよね」
「え?」
「だって、これから犯人探しでしょう?」
「う、うん……」
エリスの雰囲気がなんかおかしいな。いつもより悪戯っぽいというかなんというか……。
「では、私も取り調べますか? ギルド長様」
「エ、エリス……?」
「ふふっ……まさか私だけ特別扱いですかぁ? 私が犯人かもしれないのに……」
「よ、よーし、それなら早く真犯人のエリスを捕まえなきゃねっ」
「捕まりませんっ……!」
舌を出して逃げ始めたエリスを追いかける。これが結構すばしっこくて、本気を出さないと無理そうだった。
「――このっ……!」
「きゃっ……!?」
し、しまった。勢い余ってエリスを押し倒してしまった……。
「「……」」
仰向けに倒れたエリスに、僕は覆い被さる格好だった。なんでだろう。今の彼女、いつもよりずっと綺麗に見える……。
「エ、エリス……」
「カイン様……」
こ、こんなところで……。でも、エリスは全然抵抗してこないし、ここで我慢しちゃうのはむしろ失礼になるような――
――ゴトッ……!
「「あっ……!」」
近くで物音がしたと思ってその辺をまじまじと観察してみたら、【鑑定士】スキルの受動的効果か、まもなく廊下の一部が光るのがわかった。
「……そこに誰かいるね?」
「「「「「――はい、いまぁす……」」」」」
「「……はあ……」」
僕とエリスの体だけでなく、溜め息まで重なる。やっぱり彼女の同僚のサラたちが隠れてて、危うくとんでもない場面を見られるところだった……。
「サラとその連れの人たち……わかってると思うけど、覗きとして減給処分ね」
「ギ、ギルド長様っ、ま、待ってえぇ。実はあたしたち、犯人探しを手伝おうと思って、ここに隠れてたのぉお……」
「カイン様、サラたちには前科がありますから、聞く耳を持つ必要はないかと……」
「「「「「……」」」」」
エリスの凍り付くような冷たい一言で、彼女たちはとどめを刺されたみたいだった……。
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