79話 逆


「――ゴポッ……」


 延々と落下するだけの時間がようやく終わりを告げる。


 僕が降り立ったばかりのこの空間は、よくよく考えてみると最初に見た神殿の外観と同じくらいの広さだと気付いた。


 そんな圧迫感を覚える場所の奥には、どこか不穏な空気を漂わせる灰色の古びた扉があって、そこから向こう側がモンスターの出現する危険ゾーンになっていることが窺えた。


 さあ、いよいよここから神殿の地下一階にあるっていう隠し部屋探しが始まる。


 ってなわけで、もう冷却期間クールタイムは消化されてるだろうからと【鬼眼】を使用してみたら、僕の予想通りだった。心身がグッと引き締まるようなこの万能な感覚はやっぱり頼りになるし癖にもなる。


 このスキルに【維持】をかけたあと、【混合】+《跳躍・大》+《裁縫・大》のセット、さらに【擦り抜け】を使用して中へ飛び込んでいく。


「えっ……?」


 扉を抜けると、僕はまたしても驚かされることになった。


 そこは、パッと見た限りでは両側の柱に挟まれた普通の通路に見えたが、すぐに違うとわかった。


 壁や柱に刻まれた、魚を狩る人物や人を食べる魚等の浮き彫りレリーフが逆さまになってるのを見れば一目瞭然で、なんだ。天井が下に、床が上にあって、僕は天井に立って床を見上げている格好だった。


 しかも、前へ歩こうとすると後ろへ下がってしまうし、右に行こうとすると左に向かってしまう。当然だけど、《跳躍・大》で前へ飛ぼうとしても後ろへ跳ぶ結果になる。


 なるほど、こんな面倒な仕掛けがあるんじゃ難易度が格段に上がるわけで、冒険者には不人気なのもうなずける……。


 それでも【鬼眼】の効果が【維持】できてるうちに隠し部屋を見つけたいってことで、僕はぼんやりと床が輝く先――隠し部屋がある方向――へ向けて、自分の行きたい進路とは逆に進むようにする。


 最初のほうは戸惑ったけど、万能感が湧く【鬼眼】のおかげもあるのかすぐに慣れてきて、割りとスムーズに先に進めるようになった。もしミスしたとしても、移動の際には【擦り抜け】を使ってるから障害物にぶつかるようなこともないし気が楽なんだ。


 ちなみに、浮かび上がろうとすると普通にできたのでこの辺は逆になってないことがわかる。おそらく逆さまになってるのは建物の構造と進路方向のみだ。


 というか、内部はどこもかしこも似たような通路ばかりで、普通に挑んだら例の厄介なギミックも相俟ってかなり迷いそうなところだと感じた。


『『『『『――グォォオオッ……』』』』』


 お、骨だけの巨大な魚とか、槍を持った半魚人みたいなモンスターの群れが現れた。


 それでも今は戦うことよりも隠し部屋を早く見つけ出すことを優先したいので、飛び掛かろうとしてきているところで【殺意の波動】を使って華麗にスルーさせてもらうことにする。


 って、【鬼眼】の効果が切れつつあるのか、隠し部屋へとつながる輝きが薄れてきてるから急がなきゃ……。


「――あっ……! ゴポッ……」


 し、しまった、ついに消えちゃった……? いや、振り返ると僕がやってきた道筋はまだかろうじて光ってるし、この道はまだずっと先まで続いてるのに光は一切見えない。ってことはこの辺に隠し部屋があるのはほぼ間違いないね。


 そういうわけで、【擦り抜け】を使わずに周囲の壁を手探りで調べていくと、まもなく手が壁をすり抜けるのがわかった。ここだ。


 壁の中に入っていくと、その先は古城のときみたいに通路になっていて、奥にはやっぱり重厚かつ大きな扉が逆向きで上部のほうについていた。よしよし、もう少しだ……。


「……」


 浮かび上がってから扉を慎重に開け放つと、その先は足元が氷柱だらけのやたらと広くて寒々とした空間で、天井の真ん中付近にポツンと小さめの宝箱が置かれていた。


 ざっと見渡した感じ、周囲にガーディアンがいるような気配は今のところまったくなかった。


 となると、やっぱりあの宝箱の中に潜んでるんだろうか……? 試しに【鑑定士】スキルを使ってみたけど何も浮かんではこなかった。中身がわからないように特殊な仕掛けが施されてるのかもしれない。


 なんか無性に嫌な予感がするし、今のうちに準備しておくとしよう。僕は【亜人化】で熊の力を引き出し、【武闘家】や【難攻不落】を使用して、万全の準備を整えてから宝箱を開けることにする。


【鬼眼】の効果が切れてるのは不安材料だけど、それ以外はほぼ完璧だしなんとかなるはず……。

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