65話 天真爛漫


「「「「「いただきます!」」」」」


 こうしてみんなと食べるのも悪くないと思いつつ、僕は肉料理に舌鼓を打つ。


「……」


 うーん……普通に美味しいとは思うんだけど、城で食べたあのオーガの肉の味がどうしても忘れられない……って、待てよ? なら、料理をさらに美味しくできるんじゃないかな?


 というわけで、僕は早速【混合】+《料理・大》+《跳躍・大》を使ってから食べてみることに。


「う、旨いっ……!」


 思わず口に出してしまうほど飛躍的に料理の味が向上するのがわかった。よーし、これをみんなの料理にも使おう。


「うまっ……!」


「まいうー!」


「何この肉料理? さいこー!」


「もっとおかわり頂戴っ!」


 周りから次々と料理を絶賛する声が上がるけど、もちろん僕がやったってことは内緒にするつもりだ。これで調理係の人も自信を持つはずだから。


「……」


 それからほどなくして、僕は違和感を覚えた。が足りないような気がしたんだ。料理とかじゃなくて、もっとこう明るい感じの人がいたような――


「――あっ……」


 そうだ、セニアだ。食いしん坊の彼女だけこの場にいないなんて一体どういうことなんだろう。


「みんなっ、ちょっといいかな? セニアがどこにいるか知らない?」


 僕の発言でみんなが俄かにざわつき始めると、少し経ってから一人の係員……アンナが手を上げながら立ち上がった。


「ギルド長様っ、セニアさんは確かぁ、料理の買い出しに行ったはずですよぉっ」


「アンナ、それっていつ頃かわかる?」


「えっとぉ……多分、一時間ほど前かとぉ……」


「一時間前、か……」


 何かあったと断定するほどじゃない感じだけど、それでも妙に胸騒ぎがする。彼女は強いから大丈夫だなんて安心せず、念のために探しにいったほうがよさそうだね。


 そういうわけで、僕は【擦り抜け】で一気に外へ出たいところをみんなの前だからと我慢しつつ、会議室を出る。


「――カイン様っ!」


「あっ……」


 振り返るとエリスが血相を変えて駆け寄ってくるところだった。


「私も協力したいです」


「い、いや、僕だけで――」


「――協力させてください。もしかしたら、セニアは……私のように見知らぬ男たちに狙われたのかもしれないので……」


「え、えぇっ……? エリス、それってどういうこと……?」


「カイン様に心配をかけたくないので、できれば言いたくなかったのですが……私は仮面の男とその仲間たちに狙われたんです。人質に取ってカイン様を脅そうとしていました……」


「……そうだったのか。ごめんね、エリス。気付いてやれなくて……」


 普通に考えればありうることなのに、僕はただ見ない振りをしていたのかもしれない。自分のことだけやりたいからって、そういう都合の悪いことから逃げていたんだ……。


「謝るのは黙っていた私のほうですし、何よりも悪いのはカイン様の力を利用しようとする勢力ですから気になさらないことです。それより、そういった恐ろしい組織が相手かもしれないということで、より慎重に探すべきかと……」


「確かにね。エリスに言われなかったら普通に探してたところだったよ。それじゃ、二人で一緒にセニアを探そう。血眼になってっていうよりも、極自然を装って、ね」


「はいっ!」




 ◆◆◆




「はあぁ……」


 都の一角にて、野菜や魚、肉等が入った籠を側に置いて、途方に暮れた表情で座り込む少女がいた。


(腹が減りすぎてフラフラしてたってのもあるけど、まさかオレが迷子になっちまうなんて……ってか都って広すぎだろっ! 下手すりゃダンジョンなんかよりよっぽど迷宮だぜ――)


「――ククッ……」


「ん……?」


 笑い声がして少女が見上げると、そこには目元のみを仮面で覆った男が立っていた。


「誰だっ? もしかしてあんたも道に迷ったのか……?」


「ウムッ……確かに吾輩も迷える子羊なのかもしれぬ……」


「あはっ! あんたって怪しすぎるし子羊って感じじゃねーけどな!」


 しばらく重々しい沈黙が流れたあと、仮面の男が右の口角をゆっくりと吊り上げてみせる。


「ククッ……ところで、お前の名前はセニアで間違いないな?」


「えっ……そ、そうだけど、あんたなんでオレのこと知ってるんだ……!?」


「ウム……吾輩はカインの知り合いでな……」


「カインの知り合いかぁ……って、ちょっ……!?」


 突然男が吐血しながら倒れたので仰天するセニア。まもなく口笛が響き渡り、彼女は屈強な体つきの男たちに囲まれることとなる。


「おう、セニアとかいうやつ、お前に用事があんだよ」


「そうそう。さあ、痛い目に遭いたくねえならとっととついて来やがれっ!」


「抵抗しなきゃ悪いようにはしねえ……」


「ほぇ……?」


 ぽかんとした顔になるセニアだったが、すぐに笑顔に変わった。


「おう、いいぜっ!」


「「「へ……?」」」


 あまりのあっけなさに、男たちは一様に唖然とした顔を見合わせるのであった……。




 ◆◆◆




 僕はなるべく目立たないように、【混合】+《跳躍・大》+《裁縫・大》で建物の物陰から物陰まで縫うように移動していた。


【鬼眼】と【維持】も使ってるし、暗がりの中でこのスキルとテクニック構成ならほとんど人目につかずにセニアの元へと辿り着けるはずだ。ちなみに、僕の近くにいるエリスには【偽装】によって物陰に隠れつつ普通に歩きながら探しているように見えると思う。


「――うおおおおおおおぉぉぉっ!」


「「っ!?」」


 え、この叫び声は、まさか……。僕たちは驚いた顔を見合わせてから声がした方向へと走ると、まもなく正面のほうから籠を抱えたセニアの姿が見えてきた。


「ぜぇっ、ぜえぇっ……」


「セ、セニア、どこに行ってたんだ?」


「セニア、心配したんですよ……」


「……ふぅ、ふぅ……わ、わりいっ。オレ、迷子になっちゃって……そしたら、変な男たちに囲まれてさ、ついてこいっていうから一緒に喋りながら歩いてたら、途中で見覚えのある場所に出て、そこでお礼を言って帰ってきたってわけ! はぁ、メッチャお腹空いたから早く夕飯食べたいぜっ……!」


「「……」」


 セニアの汗まみれの爽やかな笑顔を見て、僕はエリスと呆れた顔を見合わせるとともに、この子だけは何があっても大丈夫だと確信したのだった……。

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