54話 客
「ありがとうございました~」
ヘイムダルのとある武具屋にて、武器を購入して帰ろうとする客に頭を下げる兎耳の店主ミュリア。
「あ……」
カウンターにはお金とともに一枚の紙が置かれていて、彼女が恐る恐るといった様子で覗き込むと、そこには『ミュリアさんのすべてを愛しています』と書かれていた。
(うわ……。あとでまたお兄ちゃんに渡しとこうかな~。それにしても、ボクたちって本当に武器屋さんになっちゃったみたい。カイン君と一緒にやれるなら、こういう人生もありなのかな……?)
ふと、ぼんやりとした表情のミュリアの脳裏に笑顔のカインの姿が浮かぶも、すぐに我に返った様子で首を左右に振る。
(でも、ダリアにだけは絶対に、何がなんでも王位を継がせるわけにはいかない。あの女にボクたちがどれだけ酷い仕打ちをされてきたか……忘れるわけないし、忘れちゃいけない――)
「――ミュリア、大変だ」
「あっ……」
いつの間にやら、ミュリアの傍らには兄のクロードが立っていたが、その顔にいつもの余裕の色は微塵もなかった。
「お兄ちゃん、どうしたの……?」
「それが、『破壊王』のやつが都に帰ってくるかもしれないらしい……」
「え……えぇっ……!?」
クロードの一言でその場の空気が一転する。
「あいつはその異名通り、数多くのスキルを抱えてたあのレインでさえもあっけなく殺してしまったからな……。カインを早いとこ取り込んで守らないと、レインみたいにぶち壊されるぞ……?」
「んー……でも、まだダメ」
「ミュリア、本気か? カインに嫌われたくないからっていつまでも悠長に構えてる暇はないんだぞ」
「あははぁっ、そうだけど、まだダメ。ダメだよ~」
「ミュ、ミュリア……?」
ミュリアの表情は一見すると朗らかなものだったが、目はまったく笑っていなかった。
「確かに、カイン君があの『破壊王』に勝つのは凄く難しいって思うけど、それでも……今保護することで成長の芽を摘んじゃったら、もっとダメになっちゃう気がするの~……」
「……つまり、厳しい環境のほうが伸びるって言いたいわけか。ミュリア、特に人を見る目に長けてるお前が言うならそうなんだろうが、ダリアたちはどうする?『破壊王』の情報がやつらの耳に入れば間違いなく動くはずだぞ」
「それも大丈夫~……。ちょっと耳貸して――」
ミュリアに耳打ちされたクロードは、最初こそ訝し気だったものの徐々に納得した様子に変わっていった。
「――なるほどなあ。そんなところまで見てるとは、さすが俺だけのミュリアだ……」
「んー、カイン君に言われたほうが嬉しいかな~」
「……ミュリア、お前も意地悪になったなあ」
「えへへ。だって、いっつもお兄ちゃんには意地悪されてるしねっ」
「んじゃ、これからカインに正々堂々と勝負を挑んでやるかな。美少女でもあてがってミュリアのことを忘れてもらうってのはどうだ……?」
「も~……」
クロードの凄みのある笑みに対し、いかにも呆れたような顔で返すミュリアであった。
◆◆◆
「カインどのがうちに会いに来る、来ない、来る、来ない、来る――」
都の一角にある肉屋、カウンター前にて真剣な表情で花びらをちぎってカインが来るかどうかを占うリーネ。
「――来ない、来るっ、来ない……来るぅっ、こ、来ないぃぃっ……!? はあぁぁ……」
彼女が大きな溜め息で花びらを舞い散らせた直後だった。目元のみを仮面で隠した華奢な男が店の前に立った。
「ククッ……」
「いらっしゃい――と言いたいところだが、今うちは機嫌が……いや、気分が優れないからこの辺で店を閉めさせてもらうのだ……」
「ほお。顔色は全然悪くないようだが……?」
「うっ……そ、そんなに肉が欲しいなら特別に破格で売ってやるのだっ……! で、何をご所望なのだ……?」
「うーむ……そうだな……これがいい」
仮面の男が口元を吊り上げながら指差したのは、リーネの顔だった。
「へ……? う、うちは売り物なんかじゃないのだっ! 冷やかしなら帰ってほしい!」
「ククッ……冷やかしなどではない。吾輩はお前が欲しい……」
「う、うちはカインどのだけのものなのだっ! だから絶対売らないのだっ……!」
赤面しつつもリーネが拒むと、男は吐血しながら倒れ込んだ。
「へ……? どっ、どうしたのだ……貧血かっ!?」
「ククッ……そう見えるか?」
心配そうに駆け寄ってきたリーネを見上げつつ、男は口笛を吹いた。
「あ、あわわっ……!?」
屈強な男たちが一斉に現れ、またたく間に彼女を取り囲む。
「お前がカインと親しい関係なのは知ってんだよ」
「そうそう。痛い目に遭いたくなければついてこい」
「命まで奪うつもりはないから安心しろ」
「なるほどっ。うちを人質にしてカインどのに金を渡せと脅す腹積もりか! 盗賊どもめっ、望むところなのだあっ!」
「「「えっ……?」」」
まもなく男たちはリーネに氷漬けにされた上で次々と遠くへ投げ飛ばされ、横たわった仮面の男だけが残った。
「ふぅ。不届き者は去ったのだ……って、大丈夫だろうか……?」
倒れている男の顔を心配そうに覗き込むリーネだったが、彼が立ち上がる気配は一向になかった。
(ククッ……どうやら人質に取る相手を間違えてしまったらしい。ほかを当たるか……)
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