53話 初仕事
「えー、この度、一カ月間だけですが、ギルド長様の代理に選ばれたカインという者です。よろしくお願いします!」
「「「「「……」」」」」
翌朝の冒険者ギルドのロビーにて、僕は集まった係員の前で緊張を削除しつつ挨拶してみせたわけなんだけど、歓迎されてないのか異様なほど静まり返っていた。なんかどこからともなく舌打ちも聞こえてくるし、嫌な雰囲気だ……。
エリスとセニアだけが拍手してくれてるような状況で、それが却って静けさを強調するような結果になってしまっていたんだ。もちろん、それでもまったくないよりはずっとありがたいんだけどね……。さて、挨拶の次はギルド職員がちゃんと全員揃ってるかどうか点呼の時間だ。
「――ふう……」
やっと終わった……ん、エリスが近付いてきた。
「ギルド長様、初仕事お疲れ様です」
「ど、どうもありがとうございます、エリスさんっ」
エリスにまでついつい敬語を使ってしまった。なんだか、カインという人格からギルド長という新たな人格になったような気分なんだ。
「あのっ……お言葉ですが、カイン様は自分を見失っているように見受けられます」
「えっ……?」
自分を見失っている? どういうことだろう……。
「ギルド長であることを意識しすぎです。カイン様はいつも通りの感じのほうがよろしいかと……」
「あっ……」
やっぱりそうなんだ。敬語になっていた以上に余所行きの自分になってたってことだね。みんなに受け入れてもらいたいあまりに、無意識に理想のギルド長を演じてたのかも。でも、やっぱりそれじゃダメなんだ。
みんなの上に立つ者として、肩の力を抜いてありのままの自分を曝け出さなきゃ、本当の意味で信頼を築いていくことなんてできないよね……。
「ありがとう、エリス。なんだか目が覚めたような気分だよ。これからは自分らしくいくね」
「はいっ。カイン様はそのほうが絶対に素敵だと思います」
「エリスが僕の側にいてくれて、本当によかったよ……」
「カ、カイン様……」
「エリス……」
なんだかとてもいい雰囲気になってきた。男なら今こそ誘うときじゃないかな――
「――じー……」
「「はっ……」」
いつの間にかすぐ近くにいたセニアから凝視されてるのに気付いて、僕たちは全力で視線を逸らし合った。
「セニア、心臓に悪いって……」
「まったくです……」
「へへっ。余計なお世話かもしれねえけどさ、カインに期待してるやつらって結構いるみたいだぜ?」
「えっ、そうなの?」
「そうなのです?」
「うん。オレ昨日の夜、係員が固まってヒソヒソ話してるのを見てさ、近くのテーブルを拭きながら聞き耳立ててみたら、新しいギルド長がどれくらい持つのかって賭けてたし……!」
「あはは……」
「ふふ……」
僕とエリスは苦い笑みを向け合う。それって別の方向性の期待っぽいけどね。でも、長く持つほうに賭けてる人もいるかもだし、その人のためにも頑張らなきゃね……!
ギルドの会議室でみんなと朝食後、同じく揃って夕食のある夜までは暇があるってことで、僕は早速Sランクの依頼を受けることに。
「――よし、最初はこれにしよう」
僕が選んだのは古城ダンジョンについての依頼で、一階層のどこかに隠し通路があって、その奥に生えている若返りの効果がある珍しい植物――不老草――を採取してほしいっていうものだった。
ちなみに、その隠し通路には超強いモンスターが不老草の番人のようにウロウロしているらしくて、それを倒さない限り獲得は難しいって話だ。
実はこれ、僕が追放される前から見たことのある依頼で、文面も当時からまったく変わってないのでまだ誰も達成してないってことなんだ。不老草の獲得だけじゃなく、古城ダンジョンの攻略もついでに挑戦してみようかなあ。それと、【進化】スキルを早く試すために所持スキルの熟練度も上げておきたいところだ。
◆◆◆
「――と、こういう能力なわけです、ダリア様……」
「素晴らしいわ……。聞いているだけで血湧き肉躍りますのっ。本当に、わたくしのためだけにあるような能力ですことっ……」
この上なく華やかな空気を醸し出す部屋にて、玉座然とした椅子に座る女が仮面の男の報告を聞いたあと、うっとりとした顔で舌なめずりをするのだった。
「シュナイダー。絶対に手に入れなさい、そのカインという少年を」
「はっ……それともう一つ、大事な報告が……」
「なんですの……?」
「あの『破壊王』が近いうちに戻ってくるかもしれない、とか――」
「――な、なんですって……!?」
はっとした表情で立ち上がるダリア。至って健康的だったその顔色は、今や病的なほどに青ざめていた。
「シュナイダー……それは本当でございますの……?」
「おそらく、間違いないかと……」
「は……『破壊王』が帰ってくるその前に、なんとしてもカインを手に入れるのです!」
「はっ! 吾輩の命に代えましても……!」
顔面蒼白のダリアの前から素早く立ち去るシュナイダー。彼がいなくなったあとも、室内の美麗さがすっかり色褪せてしまったかのように動揺の余韻がしばらく残り続けるのであった……。
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