47話 恩
「くっ……」
想像以上の化け物を相手にして、微かにだけど僕は恐怖で体が震え始めていた。本当に久し振りだ、この懐かしい感覚。初めて『鬼哭の森』に行ったときや、オーガと対峙したときのような……。
「はあああぁぁっ!」
僕はそんな新鮮な気持ちを捨てたくなくて、そのままクアドラに《跳躍・中》で斬りかかっていく。【瞬殺】スキルですぐ終わらせちゃったら勿体ないし、活力の帯や【進化】スキルも欲しいからまず弱らせないとね。
「無駄だああぁ」
「うっ……?」
攻撃する前に相手を麻痺させる【殺意の波動】を使ったはずなのに、気が付いたときには僕の体はあっさり弾き返され、飛び退くような格好になっていた。
これは……つまり、ほんの一瞬しか動きを止めることができなかったってこと? 原因がよくわからないけど、レベル差がありすぎたからなんだろうか……?
「はっ……!?」
理解が追い付かないままに、僕は防戦一方になっていた。【武闘家】スキルと《跳躍・中》を使っていてもなお、攻撃するチャンスはもう永久にやってこないんじゃないかと思えるほど、抗うことすら困難な暴力の嵐が吹き荒れていたから。
俊敏さはともかく、腕力の数値に関しては僕が勝っているはずなのに……。これは人間と獣人の骨格からしてそもそも違うからなのかもね。
相手は獣人なだけあって視力や嗅覚も優れてるのか、【偽装】で回避の動きにフェイクを混ぜても全然釣られなかった。頭痛や疲労等、マイナスの要素もどんどんぶつけてみるけど、そもそも人間とは違うからか効いてる感じがまったくしないんだ。
それでも相手の動きに少しずつ目が慣れてきている。ここから【殺意の波動】をタイミングよく入れつつ反撃していけばチャンスは来るはず……。
「――い、痛いっ、痛いなあぁ、もうぅっ」
「……」
痛そうな台詞とは裏腹にクアドラは笑っていた。
怪力の腕輪の効果を乗せたルーズダガーの一撃はもちろん、クイーンサークレットで超強化した魔法系のスキル【ストーンアロー】【ウィンドブレイド】でさえも、目に見えて傷をつけることはできてるけど、特殊防御の超再生ですぐに回復されてしまう始末。
まずい……【難攻不落】で防御力が跳ね上がってるのに、こっちの物理攻撃を弾き返されるだけで目が眩むほどの衝撃を感じるし、このスキルの効果が切れたら危ない。
こうなったらもう、【進化】の削除は諦めて【瞬殺】で一気に仕留めるしかないよね――って、あれ?
効かない。バカな、どうして……? 超再生っていう特殊防御のことは調べたから知ってるけど、命が尽きたらさすがに……って、そうだ。そもそも【寄生】スキルでクアドラとジギルが一つになってるんだった。つまり命が二つもあるってことで、片方だけ殺しても、もう一方が無事なら超再生で生き返っちゃうってことなんだ……。
【瞬殺】は単体限定な上、連発できるスキルじゃないし詰んでる。あのドッペルゲンガーよりずっと化け物だ、こいつ……。
こんな頭の中が真っ白になりそうな絶望的な状況で、僕は根性めいたものでなんとか繋ぎとめているんだとわかった。最後の最後に頼るのはやっぱりこの部分なんだと痛感させられる。
絶対に負けないんだという気持ち、これだけは捨てることなく持ち続けなければならないってことを再認識させられるとともに、僕の心の中で何かが必死に訴えかけてるような気がした。
こ、これは……多分、みんなの声だ。そうだ……何を勘違いしていたんだ。僕は一人じゃないし、自分だけで戦ってきたわけじゃない。エリスたちが支えてくれたからこそ僕はここまで頑張ることができたんだ。
それなら恩返しをしてやろうじゃないか。そう思い始めたとき、真っ白に限りなく近かった心が徐々に色づき始めた。景色も回復し、体の感覚も戻ってきた。やれる、まだやれるぞ。僕はまだ戦える。負けてはいない……!
「しぶといなああ」
「……あ……」
やつの逆立った毛を見たとき、僕はヒントを貰ったような気がした。猪人族……獣人……亜人……? そうだ、【亜人化】だ。ファランが僕にくれたスキル、これを使えばいいんだ……。
でも、実際に触ったり間近で見たりした動物にしかなれないんだっけ? ふと僕の頭の中に浮かんだのは故郷のエルゼバラン近くの山に棲むスクラッチベアだ。目元に傷のような白線の模様がある黒い熊で、昔襲われて命からがら逃げ出したことがあるんだ。
僕はそのときのことを思い出しながら【亜人化】スキルを自分に使用すると、異様なほどに力が溢れ返ってくるのがわかった。いける、これならいけるぞ――!
「――はあああああぁぁぁっ!」
「ぬあぁっ……!?」
クアドラの攻撃を跳ね返し、押し出してみせる。僕はそれ以前とは違って嘘のように相手の動きが見えていたし、攻撃を受け流すときも軽く感じていた。
立場がすっかり逆転していたんだ。人間と合わさった熊の力が、猪人族のボスを圧倒していた……。
◆◆◆
「お、おいっ、見てみろよ! お前たちっ、どうだ、俺の言った通りになった! これならもう絶対カインが勝つだろ!」
仮面の男から逃げる格好で場所を変えたナセル、ファリム、ロイス、ミミルの四人は、リーダーの判断で少し近い場所からクアドラとカインが戦う様子を見ていた。
「ホ、ホントだ……って、あれ見て。カインのやつ熊の耳みたいなのつけてない?」
「ホワットッ!? 今流行りの兎耳でもないし、強くなるおまじないのようなものだろうか……?」
「あんなんで強くなるならあたしも欲しいですねえ……」
彼らはしばらく観戦に熱中している様子だったが、まもなくファリムがはっとした顔になる。
「――って、ナセル。ちょっと前に『戦況が明らかにカイン有利になったら俺が一番に援護射撃をするから、お前たちもそれに続けよ』とか言ってなかった?」
「イエスッ、リーダーは確かにそう言っていたね……」
「うんうん、リーダーさん、確かにそれ言ってましたねえ」
「……」
メンバーから次々と声が上がり、見る見る青ざめていくナセル。
「そ、そっ……それはもうちょっと様子を見てからだっ! もっと慎重に行かなきゃいけねえだろ――」
「――ククッ。恩を売るのはいいが、慎重になりすぎると手遅れになるぞ……」
「「「「え……?」」」」
「ククッ……」
「「「「ひっ……ひいいぃっ!」」」」
少し間を置いたのち、ナセルたちは横たわっている仮面の男に気付いた様子で、いずれも慌てた表情で逃げ出していった。
(ククッ……カインよ、吾輩は欲しい、欲しいぞ、お前のその素晴らしい力……)
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