42話 応急手当
「あ……カイン様っ……」
「どう? エリス、あの件は」
「それが……ごめんなさい。ないです……」
「そっか……」
やっぱり今日もダメだったか……。僕はA級の依頼を受けるために、あれから十日くらいずっとヘイムダルの冒険者ギルドに通い詰めてるんだけど、このランクに限って依頼はまったくといっていいほど見つからなかった。
「でも、エリスとこうして話せるだけでも癒されるし、嬉しいよ」
「カ、カイン様ったら、口もお上手なんですね……。私も、こうしてカイン様とお話ができるだけで嬉しいですよ……?」
「そ、そうなんだ……」
エリスの照れたような笑顔がなんとも可愛い。
「あ、そうだ……エリス、よかったら今度一緒にご飯でも――」
「――お、カインの奢りか? やったぜ!」
「「っ……!」」
思わず僕はエリスと視線を逸らし合ってしまった。そこに現れたのは、最早ウェイトレスのイメージしかなくなったセニアだ。
なんでも、彼女に対する冒険者の評判は上々らしい。まあセニアみたいな気さくで躍動感のあるウェイトレスは珍しいだろうし、元々冒険者としてやってたわけだから話しやすいっていうのもあるのかもね。
「あ、そうだ、セニア、また依頼の貼り紙が剥がされてるとかは?」
「んー、今のところは見当たらねえかなあ。もしそんなことしてるやつをオレが見つけたら、捕まえて気絶するまでくすぐってやるけどなっ!」
「あはは……」
誰かがセニアたちの目を盗んで巧妙に貼り紙を剥がしてるっていう可能性もまだ捨てきれないけど、単純にA級の依頼だけ来てないってことなのかもしれないね。実はそういうケースは珍しくなくて、B級の依頼だけ一週間以上来ないなんてこともあったから――
「――はぁ、はぁぁ……」
「「「……」」」
荒い呼吸が聞こえてきて、ギルド内の空気が完全に一転するのがわかった。一人の血まみれの男の子が足を引きずりながらギルドへ入ってきたんだ。
「……フィ、フィラルサの、村が――」
「――あ、あぶねえっ!」
今にも死にそうな少年が前のめりに倒れそうになったところで、いち早く駆け出していたセニアが抱きかかえてくれた。周囲がざわつく中、僕とエリスも少年の元に駆け寄っていく。
「こ、これは……酷い怪我だ……」
「だ、誰かっ! この子に応急処置をっ……!」
エリスの悲痛な叫び声だけでも、この子がどれだけ危うい状態なのかがわかる。せめて痛みとか削除してあげたいけど、このスキルは基本的に自分に関することしか削除できないはずだし、他人の痛みに関しては僕にはどうすることも……って、待てよ? そうだ。アレを使えばいいんだ。
「エリス、僕がやるよ」
「えぇ……?」
僕たちが瀕死の男の子を受付の奥に運び、処置を施してからほどなくして、彼の容体が徐々に安定してきたのがわかった。かなり危険な状況だったみたいだけどエリスとセニアが凄く頑張ってくれたし、ファランから譲り受けた僕のテクニック《裁縫・大》が功を奏した格好だ。
「呼吸や脈も大分落ち着いてきましたし、これでひとまず安心ですね。セニア様とカイン様がいなければどうなっていたか……」
「いや、エリスが手際よく指示してくれたからだよ。ね、セニア?」
「だなっ! エリス様々だぜっ!」
「そ、そんなことは……」
少年の容体が安定したあと初めて彼女から聞いたことなんだけど、エリスには【整頓】っていうスキルがあって、あることに関係する様々なものを一つに集める効果なんだそうだ。
それによって傷に関する情報を頭の中でまとめて、どう処置を施せばいいのか的確に指示してくれたからよかった。
本人からするとまだまだ使いこなせてないらしくて、上手くいかないことのほうが多いっていうけど、僕は彼女の指示通り消毒とかして傷口を縫合するだけでよかったから頼もしかったしこっちも楽だったんだ。
「あと、セニアも重い水桶を何度も運んできてくれたし本当に助かったよ」
「て、照れちゃうよおっ。さすが、モテる男はマメだねえ」
「あはは……」
「――あ、目覚めたみたいだぜっ!」
「「あっ……」」
セニアの言う通り、少し前までは死にかけていた男の子が薄らと目を開けようとしていた。
「……こ、ここ、は……そ、そうだ、俺、うっ……!?」
少年がはっとした顔で上体を起こそうとして顔をしかめる。
「もう大丈夫だから、落ち着いて」
僕は自分の冷静な精神状態を削除して、彼の元に復元してみせた。当然それで自分は興奮状態になっちゃうけど、すぐに削除すればいいだけの話だからね。
「落ち着いた……?」
「う、うん。でも、それどころじゃ……。フィッ、フィラルサの村が、たたっ、大変なんだ……」
「ゆっくりでいいから話して」
僕の声に少年が何度もうなずく。なんだかこの子を見てると、もっと小さい頃の自分を思い出す。がむしゃらというか、とにかく不器用なんだけどそれでも前のめりに生きようとしてるところが……。
「えっと……猪みたいな顔をした獣人が俺の村を侵略しに来たんだ……」
「猪の獣人か……。てか、フィラルサの村って僕も聞いたことあるけど、かなり遠いところじゃ? それまで三つくらい町があったはず。なのになんでわざわざここへ……?」
「断られたんだ。獣人の一族は危険だから関わりたくないって、どこの町の冒険者ギルドにも。だから、最後の望みで王都までやってきたんだ……」
「なるほど、そうだったんだね……」
「うん……。父ちゃんも母ちゃんもあいつらにぶっ殺されて、妹ともはぐれちゃって、俺悔しくて……スキルもまだ貰える歳じゃないし、冒険者に頼もうって……」
「……」
僕はこの子に対して、眠れないときのためにダストボックスに溜めていたありったけの眠気をプレゼントしてあげた。こんなに辛いこともひっくるめてよく頑張って話してくれた、そのせめてものお礼として……。
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