39話 箝口令


「アルウ様が亡くなったという話は、すぐに王室を駆け巡ったのでございます。とともに……」


「とんでもない噂……?」


「はい。アルウ様が無知、不注意ゆえに一人であの森に出向いてオーガに殺されてしまった……そんな死人に鞭を打つような噂がまたたく間に王室まで伝わり、王様はさらにお体を悪くされるとともに、この話は絶対に他言しないようにとの箝口令を出されました。民を失望、動揺させてはならぬとのお考えで……」


「なるほど……」


 酷い話だ。そういう話は色んな噂話が流れ着いてくる冒険者ギルドでも聞いたことがなかったから、箝口令もあって王室の人以外で知ってる人は少ないのかもしれない。知ってたとして、ファランが話したクロードの【忘却】っていうスキルで忘れさせられてる可能性もあるけど……。


「それから、王室では陰謀ではないかという声が次々と上がり、その火消しをするように第一王子派と第一王女派の二つの勢力によって数々の謀殺が行われましたが、自分だけは見逃されました」


「え、なんでファランだけ?」


「それは自分がどうしようもない無能だと思われていたからでして、眼中になかったのでございましょう。でも、それが功を奏したのです。アルウ様の仇を討つべく、自分のスキルを活用させていただきました」


「どんなスキル……?」


「はい。【亜人化】というスキルでございます」


「【亜人化】!? あっ……」


 僕は思わず口を手で覆った。そんなスキルがあるのかってびっくりしちゃったけど、誰かに聞かれる可能性もあるんだし慎重にならなきゃ。


「このスキルは文字通り人を亜人に変えるスキルでして、自分が間近で見たり触れたりしたことがある動物であれば、自分を含む対象をそれに関する亜人に変えることができるのでございます……」


「な、なんだか相手にとってメリットしかないような……?」


「確かに普通はそうお考えになるのでございましょうね。亜人というくらいですから人間よりも身体能力が上がりますし、その動物に関する能力を手に入れることも可能です。しかし……」


 そのとき、僕はファランの目の奥が一瞬だけ煌めいたような気がした。


「王室の人間ならば、亜人になるということは後継者でなくなるので大ダメージなのでございます。自分はアルウ様に罠を仕掛けた第一王子クロード様と第二王女ミュリア様にこのスキルを使用しました」


「そ、それであの二人は兎耳だったんだ……」


 王室の人間っていうからてっきりあの兎耳は偽物で、正体を隠すためのカモフラージュかと……。


「はい。アルウ様が普段から兎を可愛がっていたのはお二人ともよく知っておられたでしょうし、兎の亜人にしたのは刻みつけたかったからでございます。アルウ様の無念を……」


「なるほど……。でも、なんで王様にはなれないの? 兎耳とか隠せばいいだけじゃ……?」


「王様として選ばれるには、体に異常がないかどうか精査がありますし、そこでどうしてもバレてしまいます。また、それが万が一見逃された場合でも子供が亜人として産まれてくるので即座に廃位となりましょう……」


「な、なるほどね……あ、ってことはもう一つの勢力にもそのスキルを……?」


「いえ、もう一つの勢力である第一王女ダリア様はさらに厄介な存在でありまして、【聖女】スキルを持っているのでございます……」


「ええっ……?」


【聖女】スキルは冒険者なら知らない人はいないくらい有名な強スキルの一つで、その効果は使用しなくても状態異常、状態変化を完全無効化し、使用することで対象にもその効果をしばらく与える、というものらしい。


 伝説で謳われる偉人たちの中にもそのスキルを使ってた人が実際にいるくらいなんだ。僕はそれを聞いてラファンの言うことがよく納得できた。そりゃ【亜人化】させようと思ってもできるわけないよね……。


「そこで、自分はをやったのでございます。まず、これをご覧くださいませ」


「あっ……!」


 ファランがメイドキャップを外すと、ネズミっぽい耳がひょっこり出てきた。


「触ってもよろしいですよ」


「す、凄い。ひくひくしてるし本物だ……」


「隠れておりますが尻尾もございますよ。ご覧になられますか?」


「い、いや、遠慮しとく……! てか、話の続きをお願い!」


「あ、はいっ。自分は鼠の亜人と化して密かに素早く動き回り、とある噂をばら撒いたのです。悪女ダリアは王様に毒を盛り、呪いによってライバルを亜人に変えてしまった、と。箝口令が敷かれていることもあってよく響き渡ったはずですので、二つの勢力はさぞかし王室に居づらくなったことでしょう……」


「うわあ……っていうか、ファランって凄いね。どう考えても有能じゃないか……」


「いえ、自分は無能でございますよ?」


「いや、有能だって」


「絶対に無能でございますっ」


「あはは……」


 割りと意地っ張りな子らしい。


「それからこの二つの勢力はしばらく隠居するとして王室から離れ、王位の最右翼だったアルウ様の代わりは自分だと言わんばかりに裏で抗争を激化させていきました。亜人であることもこの上なく悪い噂も、いずれはなんとかなると思っていたのでございましょう。膠着状態は続き、そこでが登場したのです……」


「……」


 ここでやっと出てくるんだね。僕に似ているっていう、個人的にも凄く気になる存在が。楽しみだけど、なんだか怖くなってきたのも事実だ。一体どうなっちゃうんだろう……。

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