25話 交換条件


「「乾杯っ!」」


 冒険者ギルドの一角にて、威勢のいい掛け声とともになみなみと注がれた酒瓶がぶつかり合う。


「かーっ、うんめえ……! 勝利のあとの酒はまた格別だなあ」


「ふぅ、まったくだ。しかし、まさかギランの除名処分が取り消されるというおまけつきとは……」


「ハハッ、なんせ俺たちが真っ先に報告したおかげで極悪人のカインを捕まえることができたわけだからな。これも全て計算済みよ」


 ギランの口元に笑みが広がるが、その鋭い目はまったく笑ってはいなかった。


「ところでジェリック、お前はこれで満足か……?」


「ん……満足といえばそうだが、ギランはそうではないのか?」


「はあ? 当たり前だろうがよ」


「では、やつを殺すまで戦いを続けると……?」


「いや、確かに以前までの俺はやつをぶっ殺す気満々だったが、冷静に考えてみりゃそれよりも重要なことがあんだよ。カインのせいでスキルを失ったこと、もう忘れてるのか?」


「そ、そういえば……しかし、こればかりはどうしようも――」


「――いや、あるんだよ、取り返す方法がな」


「そ、それは一体……」


「俺たちのスキルロストの原因がカインにあるなら、追い詰められたあの野郎が次に出すカードはなんだと思う? 殺し屋を雇ったのが俺たちなのは丸わかりだろうし、交換条件を出してくるはずだ」


「あっ……!」


 ギランがしたり顔で言い放った言葉に対し、ジェリックの目がこれでもかと見開かれる。


「そ、それはありうるっ、実にありうるっ!」


「だろ。この調子でいけば何もかも思い通りに――」


「――あの、ギラン様とジェリック様でよろしいですよね?」


「「はっ……?」」


 ギランとジェリックがギョッとした顔で振り返ると、そこには一通の手紙を持ったギルド係員の姿があった。


を預かっております。それでは」


「……ほらみろ……やはり、俺の思った通りだった……」


 受け取った手紙を読み始めてまもなく、ギランは顔を紅潮させて興奮した様子でジェリックを見やった。


「で、では本当にあの男から……!?」


「あぁ、一応誰なのか伏せてはいるが間違いねえ。明日の夜十二時、路地裏で俺たちと取引がしたいってよ。ギルド長の前で真相を告白すると約束してくれれば、こっちが欲しいものを返すらしい……」


「お、おおっ、それはおそらくロストスキルのことだろう! しかし大丈夫だろうか? 私たちを叩きのめして命と引き換えにと脅す気では……?」


「いや、俺たちを殺せば手がかりが永遠に失われることになるし、ただでさえ疑われてる今、さらに疑惑をかけられるような行為はなるべく避けたいはず。つまり、やつがこの先冒険者として復帰できるかどうかはこの取引にかかってるってわけだ。だから必死だろうよ」


「なるほど……。真相を告白するだけでいいのであれば乗ってあげようではないかっ」


「だなあ。それだけで済むんだったら大歓迎ってもんよ」


 ジェリックとギランは互いに嫌らしい笑みをぶつけ合うのだった……。




 ◆◆◆




「し、【死んだ振り】スキルだって……?」


 僕は鉄格子越しにセニアから驚くべきことを聞かされていた。


「そうそう。それが話に出てた殺し屋のスキルで、それを使った人以外には、誰が見ても死んだように見えるんだって! しかも、そのスキルを使ってる間は動けないけど無敵状態になるとか……。オレも聞いててびっくりたまげたぜっ!」


「……」


 なるほど、あの仮面の男は僕に倒される寸前、セニアが言う通りそのスキルを使って周りに死んだように見せかけたってわけだね……。


「とんでもないスキルですよね」


「まったくなのだ。これじゃ殺し屋というよりなのだ……!」


「マジ半端ねー!」


「あはは……」


 殺され屋か。リーネの台詞、言い得て妙だね。本来の殺し屋という意味で考えても、普通に殺せれば殺して、殺せないほど強い相手なら殺されたように見せかけて相手の立場を殺すってことか。よく考えたもんだ。


 ここで問題になるのは、相手が【死んだ振り】スキルを使ったことを証明する方法。仮面の男を探そうにも、こういうことをやる狡賢い相手なんてそうそう見つかりそうにない。ただ、殺し屋に依頼した相手の正体に関しては見当がついてるので、それに対して交換条件を持ち込めばいけるはず。


「よーし、明日にはここから出られるし、殺し屋を雇った相手には目星がついてるから接触してみるよ」


「だ、大丈夫ですか? カイン様」


「心配なのだ……」


「カイン、オレにできることならなんでもやるぜ!」


「いや、僕が一人で行ったほうが相手も油断するはず。みんな、大丈夫だから。必ず成功してみせる……」


 僕はエリス、リーネ、セニアに向かって安心させるべく、これまでになく強い表情で言ってみせた。

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