24話 忘却


「――あれ……?」


 駐屯地の入り口前、ナセルが首を傾げながら立ち止まり、ついてきた三人が訝し気な表情を見せる。


「ナセル、どうしたの?」


「リーダー、どうしたのだ?」


「リーダーさん、どうしたんです?」


「お、おい……俺たち、これからどこに行くつもりだったっけ……? てか、なんでこんなところにいるのかもわからねえんだが……」


「はあ……? ナセルったら、何言ってるの。そんなの決まってるよ……って、あれれ? わ、私たちどこへ行く予定だったっけ……? ロ、ロイスは知ってる?」


「チッチッチ……。リーダーもファリムもさっきから何をとぼけたことを言っているのかね……って、あれっ? アイドンノウッ、自分もわからないだとおっ……!? ミ、ミミルはわかるかい……?」


「はあ、そんなの決まってます……って、あ、あれえっ……!? み、みなさん、あたしもわかんないです。おかしいですね。全員揃って急にど忘れしちゃうなんて、そんなことが実際にありえるんでしょうか……」


「「「「……」」」」


 しばらくの間四人は難しい顔で考え込んでいる様子だったが、少し経ってナセルが重い口を開いた。


「と、とりあえずよ……いつまでもこんなところに突っ立っててもしょうがねえし、思い出すまで一旦ギルドに戻るとすっか」


「そ、そうね。それがいいわっ」


「う、うむっ」


「ですねっ」


「――しばし待ってもらおうか、お前たち……」


「「「「え……?」」」」


 ナセルたちが駐屯地をあとにして、それから少々歩を進めたときのことだった。彼らはいつの間にか怪しげな男たちに囲まれていることに気付き、青ざめた顔で震えあがるのだった……。




 ◆◆◆




「――あ、お兄ちゃん、おかえり~」


「ただいま」


 王都ヘイムダルの一角にある武具屋にて、カウンターにいるミュリアに対し、たった今入口に姿を現わした男が爽やかに笑ってみせた。


「ねえ、はどうだった~?」


「あぁ、それに関してはもうなんの問題もない。俺のスキル【忘却】でバッチリ対策してきたからな」


「うんうん、さすがはボクのお兄ちゃんだね」


「ミュリア、冷たいな。ボクだけのお兄ちゃん、とは言ってくれないのか?」


「意地悪……」


「ハハハッ、まあいい。それよりミュリア、向こうが動き出したならそろそろこっちも始動したほうがいいんじゃないのか?」


「ダメだよ。もっと我慢しなきゃ。あともう少し……」


「ほぉ、まだ動かないというのか。今回は本当に慎重だな。それでも挨拶くらいはしてもいいだろう」


「んー、それくらいならいいけど……お兄ちゃん、カイン君をいじめたらダメだよ?」


「わかっている。嫉妬したから少ししてやるだけだ」


「も~、そんなことしたらダメだよ~……」


 苦笑いを浮かべるミュリアだったが、お揃いの兎耳を持つ男はその主張だけは譲れないとばかりに忽然といなくなっていた。




 ◆◆◆




「――ククッ……そろそろ吐いたらどうだ? かつての仲間だからと意地を張らずに。お前たちも早く楽になりたいだろう」


「そうだ、早く吐けっ!」


「死にてえのかっ!?」


「吐かなければもっと痛めつけるぞ!」


「「「あぁっ!?」」」


「……ぐぐっ、し、知らねえよ……マジで……あ、あいつの能力なんて、よ……」


 駐屯地から少し離れた人気のない路上にて、腫れあがった顔で喋りにくそうに喋るナセル。


「ひっく……本当にぃ、知らにゃいものは、知らにゃいもん……」


「ハー、ハー……イ、イエスッ、自分も……ぎぎっ……」


「コヒュー、コヒュー……あ、あたひもれふう……」


 それはメンバーのファリム、ロイス、ミミルも同様であり、いずれもよく見なければ誰なのか判別できないほどにズタボロであった。


「「「「――ぐふっ……」」」」


 そのあともナセルたちは男たちによって死なない程度に袋叩きにされ、やがて一様にピンク色の泡を吹いて失神状態となった。


「はぁ、はぁ……シュナイダー様、こいつら本当にカインってやつの能力を知らねえみてえっすよ。元仲間だっていうのに。どうしやす?」


「ムウゥ、しぶといものだな……。そういえば、カインは長らくこの者たちの仲間ではあったが、追放されたとも聞く。そのように歪な関係性ならば秘密を守る義理もあるまい。だとすると……そうか、なるほど……」


「「「シュナイダー様……?」」」


 仮面の男シュナイダーの右の口角が、答えは出たと言わんばかりに異常なほど吊り上がる。


「ククッ……既にに先手を打たれた可能性が高そうだな。それならばより本物の可能性が高いとわざわざバラしているようなもの。いよいよ面白くなってきたものだ……フハハッ!」

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