19話 殺し屋
「――ククッ、よく来た……」
「……」
依頼に書かれてた通り、僕は早速路地裏の奥に足を踏み入れたわけなんだけど……そこには漆黒のマントに身を包んだ、目元のみを覆うハーフマスク姿の怪しげな男がいるだけだった。
「え、あれっ……? 僕、化け物がいるって聞いてここに来たんだけど……」
「ん? ククッ、化け物ならば確かにいるぞ。ここになあっ!」
「なっ……」
男が白い歯を煌めかせてガバッとマントを脱ぎ棄てると、キザっぽくクロスさせた両手にアイアンクロウを装着しているのがわかった。
この人……どこからどう見ても化け物って感じじゃない。殺し屋っぽい風貌ではあるけど、それにしてはいかにも弱そうだ。体つきが貧弱なだけじゃなくて、強者っぽいオーラがまったくないんだ……。
「な、なんていうか、化け物じゃなくて普通の人間に見えるけど……?」
「フハハッ! 最早そんなことはどうでもいい。聞いて驚けっ、吾輩の正体は殺し屋だ。カインよ、お前は罠にかかったのだっ! 死ねえぇぇっ!」
「えっ……?」
あまりにも衝撃的だった。僕は【武闘家】スキルをまだ使ってないわけなんだけど、それでも飛び込んできた相手の動きが鈍すぎて楽々とかわす結果になってしまったんだ。
やっぱりこの人、滅茶苦茶弱くない? いや、待つんだ。これは僕を油断させるための作戦なのかもしれない。凄いスキルとか持ってるかもしれないし慎重にならないとダメだ……。
「待て、このおっ! 吾輩の攻撃から逃げるだけか!? 戦う意思はないのか、小僧っ!」
「……」
この人、本当に殺し屋……? 正直、弱すぎて【鑑定士】スキルを使う必要性すらまったく感じないほどだった。一応、誰かに監視されてるかもしれないし【偽装】スキルでぎりぎり避けてるようには見せかけてるけど。
「――はぁ、はぁ……ちょ、ちょっとタンマ、タンマ……!」
「……あ、うん……」
殺し屋のほうから疲れた様子でストップをかけてきて、僕は思わず承諾してしまった。一応襲われてる立場なんだから待つ義務なんてないのに。
多分、僕をつけ狙ってる人から雇われたんだろうけど、とんでもない外れだったみたいだね……って、こういうところで奇襲を仕掛けてくる可能性もありそうだから気を付けておこう。
「――隙あり!」
やっぱりそう来たか。突っ込んできたところで、僕は【殺意の波動】を使ってやった。
「な……!?」
動けなくなったせいか殺し屋が目を丸くしてる。さて、とっとと倒してここから去るとしようか。この辺で化け物の目撃者なんているわけないしA級の依頼達成とはみなされないだろうけど、それでもまあ暇潰し程度にはなったんじゃないかな。
「それっ!」
《跳躍・中》を使い、一気にルーズダガーで斬り込む……と見せかけて、手刀で失神させてやる――
「――ぐはああぁぁっ……!」
決まった……って、あれ? 仰向けに倒れた殺し屋の体がどんどん血に染まっていく。え、えぇ……? 肌も青白くなっててピクリともせず、駆け寄って呼吸があるかどうか確認したら息をしてなかった。し、死んでる……? 気絶させただけのはずなのに、一体どうして……。
「ひっ、人殺しいぃぃぃっ!」
「はっ……!?」
気付けば周囲に人だかりができ始めていて、鋭利な視線が幾つも突き刺さってくる。こ、これは……どう見てもまずい状況だ。冒険者同士の喧嘩でさえも処罰の対象になるのに、殺人事件なんて発覚したら間違いなく除名される……。
「あ、あいつ、最近話題になってたカインじゃねえか!」
「聖人気取りだったけど、裏じゃ殺しなんかやってたのね、最低!」
「いや、違う! 誤解だ、僕は殺してない!」
必死になって弁明するけど、ダメだ。みんなもう僕を犯人だと決めつけてるかのようにいきり立ってる。
「目の前に死体があるのに言い逃れる気か、こいつ!」
「ひどっ! ここまでやるなんて本当に人間なの!?」
「逃げられる前に取り押さえろ!」
「ちょっ……! みんな、放してくれ! 本当なんだ、僕はやってない……!」
「「「「「黙れっ!」」」」」
「くっ……」
何人もの冒険者によって、僕はあっという間に取り押さえられてしまった。頭が真っ白になって何も考えられないので、とりあえず興奮状態を削除して冷静さを取り戻そう。
「……」
気分が落ち着いたことで、改めてよくわかる。これは明らかに罠なんだと。多分ここにいる人たちは、罠を仕掛けた人に金で雇われたんじゃないかな。普段は人気のない場所のはずなのにタイミングよく一斉に出てきたところも怪しい。
でも、ここで逃げたり暴れたりしたらそれこそ自分が犯人だと認めてしまうようなものだから大人しくしておこう。悔しさも痛みも苦しみも削除すればいいだけだし、スキルのおかげで追い詰められた心境にはならなかった。
この程度で僕を破滅させられると思ったら大間違いだってことを早く証明するとともに、罠を仕掛けたやつに倍返ししてやらないとね……。
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