10話 馬鹿力


 た、頼む……動け、動いてくれ……!


 ――ダメだ……。僕はいくら力を込めても動くことができなかった。着実に一歩ずつ死が迫ってくる感覚。どうして動けないのか、根本的な原因がよくわからないので削除できない。


 動けない状態を削除しようとしてもできないってことは、具体的に指定しないとダメってことか。


『グオオオオオオオオオオォォォッ!』


「……」


 オーガの勝ち誇ったような咆哮に気絶しそうになるけど耐える。


 多分、やつは生きたまま僕を食べるつもりだ。恐怖で味付けした人間の生温かい生き血と肉は、オーガにとって何よりのご馳走らしい。


 この上なく絶望的な状況……でも、まだ終わりじゃない。僕の思考は働いてるし猶予はある。このまま死んでたまるものか。指さえも動かせないってことは、きっとスキルによる麻痺状態だろうってことで麻痺状態を削除するという選択肢に賭ける。


 オーガの丸太のように膨れ上がった不気味な腕が目前に迫る中、後方に跳躍を敢行してみる――できた……!


 やっぱり正解だった。間髪入れず【武闘家】スキルを発動させる。


『オオオオオオオオッ!』


 オーガが獲物を絶対に逃すまいと突っ込んできて両腕を伸ばしてきた。それでも捕まる気はしない。今の僕は麻痺状態が解除されてる上に、【武闘家】スキルによって見違えるように動きが機敏になっている。いける、これならやれる……!


 跳躍しながら避けるついでにルーズダガーで斬り込んでみせる……って、あれ!? この感触、石みたいだ。オーガの皮膚が固すぎて傷一つ付いてない。それならばと【ストーンアロー】を使ってみたけど、僕の魔力も全然足りてないのか効き目はない様子だった。


『ムッ……ムガアアアアアアアァァァァァッ!』


「はっ……!」


 それでも目のあたりに命中したからか挑発としては充分だったらしく、怒りの形相で怒涛の攻撃を繰り出してきた。これは……違う、今までとは明らかに違う感覚。捕まえようとしてるんじゃなくて本気で殺しにきている。


 オーガの腕が無数にあるかのように次々と伸びてくるし、そのたびに風圧を感じて体がよろけるんじゃないかと思えるほどだ。【武闘家】スキルを使ってなければとっくに肉塊にされててもおかしくない。


 少しでもミスをしたら死ぬ……こんな状況だと普通は平常心でいられるはずもないけど、僕には【削除&復元】っていう最高のスキルがあるので恐怖心や疲労を消し、冷静に淡々とかわしていく。


 ただ、いつかは失敗するかもしれないわけだし、このまま避け続けるだけでは勝てない。かといって攻撃しても傷一つつけられないし、逃げようとしたところでまた例のスキルを使われてしまう八方塞がりの状況。一体どうすれば――


「――はっ……」


 そうだ、があった。


 というわけで僕は後方をちらっと確認したあと、オーガのほうを見ながらひたすら跳躍し始める。


『グオオオオオオオオオオオッ!』


 やつは怒りの雄叫びを上げながら猛追してくるけど、麻痺状態をプレゼントしたことでどんどん僕との距離が離れていくのがわかる。


 多分、ここでオーガはを使うはずだ――


「――っ!?」


 来た。もう追いつけないと見たのか足元に魔法陣が浮かぶ、そのタイミングで【削除&復元】を使ってみせる。


『オオォッ……?』


 よし……やつの驚いたような反応から、例のスキルを削除することに成功したことは間違いない。


 さあ、今度は僕の番だ。早速手元で復元した【殺意の波動】ってスキルを試してみると、石像のようにピタッとオーガの動きが止まるのがわかった。おおっ、これは便利だ……。


 その間に例の少女を連れて逃げようかと思ったけど、を思い付いたのでそれを実行してみることにした。


「それっ!」


【殺意の波動】で動きが止まったオーガの懐に飛び込むたびに『盗み・小』をやって『跳躍・小』で戻るということの繰り返しだ。効果は小さいけどいつかは盗めるはず……。


「――もういっちょ! あっ……!」


 おおっ、50回目くらいの挑戦で遂に盗むことができた、レア装備の怪力の腕輪! 大きすぎるので大丈夫かと思って装着してみると、またたく間に腕輪が小型化して手首に馴染んだ。つけてるかどうか忘れるくらいの絶妙なフィット感で力がみなぎってくるのがわかる。


『ヌッ……ヌガアアアァァァッ!』


 怪力の腕輪の効果は予想以上で、とにかく固いはずのオーガの肌にルーズダガーが抵抗なく食い込んでいった。これは楽しいと感じるくらいの凄まじいパワーだ……って、ズシンと鈍い音がしたと思ったら、オーガが倒れて動かなくなってた。


 試しに削除してみるとパッと消えたし、もう倒しちゃったってことか。A級冒険者のパーティーでも苦戦するっていうオーガを、僕一人で……。

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