第7話 拝啓 良質な薬草というものがわかりましたが、商売人は怖いです

 冒険者ギルドにて初仕事を終えた翌朝、僕は思いのほか目覚めがよく、朝食もしっかり食べることができた。これもひとえに、昨日帰ってきてから気を使ってくれた、宿屋の店員さんのお香が効いたのだろう。


 そのことに感謝しながら、朝はお礼を言ってから朝食を食べたのだ。店員さんもちゃんと朝食を食べることができた僕の姿を見て、ホッとしたようである。


 それから僕は今日も冒険者としての仕事をするために、冒険者ギルドへと足を運んだ。ちなみに今日は、街の清掃活動をするつもりでいる。


「――それでは、こちらがその区画になります」


 ギルドの受付にて清掃範囲となる地図を受け取ってから、僕は現地へと向かった。


 常設依頼の簡単なクエストとは言っても、あまりやる人がいないらしく、ギルドとしては大いに助かるのだそうだ。


 このクエストの人気のない理由は、第1に冒険者らしくないというものが上がるらしい。確かに冒険要素はこれっぽっちもない。


 ただ汚れている溝を綺麗にしたり、落ちているゴミを回収したりと、冒険者にとっては地味な作業であることを否定できない。


 あとの理由としては、見返りとなる報奨金が少ないことだろう。はっきり言って、宿屋で1泊するほどのお金すら稼げない金額だ。よくて、ご飯1食分といったところだろう。


 そういう経緯もあることから、ギルドとしても別に受けても受けなくても構わないレベルにまで、このクエストの価値が落ちている。


 それなら何故掲示板に掲載されているかと言うと、たまに気晴らしで受ける冒険者もいるにはいるらしいからだ。


 そういう冒険者が受ける理由としては、ただただ魔物退治とかに疲れたから、たまには平和的なのんびりとしたクエストを受けて、魔物を警戒するような殺伐とした雰囲気ではなく、気を抜いてのほほんとした雰囲気で過ごしたいからだそうだ。


 ちなみに清掃活動のクエストは冒険者が受けなくても、この街では聖職者たちがやっていたりするのだそうだ。


 フィリア神殿があるから聖職者たちが多く在住していて、奉仕活動の一環として請け負っていると受付では聞かされた。


 多分、一種のプロパガンダだろう。より良い教団というものを見せつけて、信者を増やそうとしているのかもしれないと思うのは、僕の邪推なのだろうか。


 何はともあれ、色々なことを考えているうちに、僕は受付で受け取った清掃地区へと辿りついた。


 そこは見渡す限り綺麗な場所で、清掃するような箇所を見つけられないほどだ。


「あれ……宛が外れた……」


 依頼を受ける際に受け取った布袋を片手に呆然と立ち尽くす僕であったが、このままボケっと過ごすわけにもいかないので、とりあえず何かゴミでも落ちてないか散策することにした。


 そして、ゴミを探すためにしばらく歩いていると、あることに気づいた。


 それは、最初にゴミを見つけてからというもの、次のゴミ、その次のゴミも、目から見える場所には落ちていなかったからだ。


 つまり、人が歩いて通る道から死角となっている部分にゴミが落ちていたのだ。


 パッと見ではとても綺麗な道並みであるけど、少しメイン通りから外れると、そこはポイ捨て通りとなっている。


「うーん……聖職者の人たちが清掃活動をしてるって聞いたけど、これは明らかに手抜きだな」


 結局のところ僕は、メイン通りではなくポイ捨て通り(僕命名)を重点的に回っていき、ゴミの回収作業に努めた。


 そして、ギルドから借りている布袋がいっぱいになると、他にゴミを入れる代用品がないのでギルドへと戻ることにした。


「――えっ!? これが全部ゴミなんですか!?」


 受付にて依頼完了とは言えないけど、布袋がいっぱいになったので、その説明をして提出した僕に受付嬢さんの第一声が聞こえる。


「これって依頼完了になるんですか?」


「完了も何も……短時間でこんなにゴミを集めてきた冒険者は初めてですよ! あまりにもゴミが落ちてなくて、達成基準が低いんですから」


 ……つまり、依頼を受けたことのある冒険者たちも、メイン通りのゴミしか拾ってなかったということか。


 そう考えるとこのクエストは、別に割に合わないこともないのかな。こんな簡単にゴミが集まるんだし、数をこなせば宿代なんて楽に稼げてしまう。


 何せ、ポイ捨て通りはお宝(ゴミ)の山だから。これは困った時の収入源として、ポイ捨て通りのことは黙っていよう。


「必死になってゴミを探しましたからね。これでお昼ご飯代を稼ぐことができました」


「と、とりあえず依頼達成の手続きを取りますね」


 なんともまぁ、楽な仕事である。ゴミを拾っただけでご飯代が稼げてしまった。


「今日は他のクエストも受けますか?」


 まだ午前中のうちに依頼を1種類終わらせてしまったこともあってか、受付嬢さんがそのようなことを聞いてきたので、僕はどうしたもんかと考えてみる。


 僕の当面の目標としてはご飯1食分ではなく、宿屋1泊分のお金を1日で稼ぐことだ。欲を言うのならば、1泊分プラス余剰金である。


 そうしないと、仮に何か欲しいものがあったとしても、それを買うことができないからだ。


「……うーん……また、昨日のように薬草でも取りに行ってきます」


 結局のところ僕が出した結論は、常設依頼の薬草採取だ。清掃活動は困った時の取っておきとして、残しておくことにするか。それで、たまに現場を見に行った時に、酷いようならクエストを受けよう。


 今日はある程度のゴミを回収したし、急がなくても街の景観は損なわれないだろう。メイン通りは聖職者たちが頑張るみたいだから。


「そうですか。では、お気をつけて」


「はい」


 それから僕は、少し早いけどお昼ご飯を食べてから、昨日行った森に足を運ぶことにした。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……図鑑の絵を見ても、薬草の善し悪しがあまりわからないなぁ……」


 まだ薬草採取2日目となるズブのド素人である僕は、昨日と同じように気を背もたれにして、薬草の善し悪しについて考え込んでいた。


 これに至った経緯は薬草を採取していた時に、萎びれた薬草と元気な薬草を目にしたからだ。


 あからさまに目に見えてわかるほどの善し悪しなら僕にでもわかるけど、まだ採取するのは待った方がいい薬草と、採取時期に達した薬草の区別がつかないのだ。ド素人だから。


 それに、果物や野菜なんかでも採取時期というものがあるんだから、薬草にだってきっとあるはずだと思う。


 そういった経緯があって、僕は森の入口で安全を確保してから、腰を落ち着かせて考え事にふけっているのだ。


「なんか、こう……簡単に理解できるような、初心者向けの薬草学の書物とかないんだろうか。閲覧室にあったのは人が書いた植物図鑑だしなぁ……書いた人をどうこう言える立場じゃないけど、薬草についてもっと詳しく書いてて欲しかった……」


 そのようなことを考えていたら、目の前に1冊の本が現れた。


「………………出た……」


 まさか愚痴っているだけで出てくるとは思わずに、その本の出現に僕は唖然としてしまう。


 とりあえず植物図鑑を消してから、僕は目の前にある薬草学の本を手に取ってみる。植物図鑑とは違って、厚みもそれほどない。


「なになに……【初心者でもわかる薬草のいろは】……」


 まさに思っていたことのどストライクな本が出てきたことに、僕はついスキルに対してお礼を言ってしまっていた。


「【勉強道具】さん、ありがとう!」


 さっそく本を開いた僕は、薬草について書かれていた内容を読んでいく。


「えぇーっと……良質な薬草には、良質な土と良質な水と日光と空気と適切な気温が必要です…………え?」


 僕は当たり前のことが書かれている内容を読んでしまい、思考が停止してしまうと同時に、少しイラッとする。


「……い、いやいや、初心者向けの本を望んだのは僕だ。あからさまに当たり前のことが書かれていても、それに対して文句を言ったらダメだよな。本に八つ当たりなんて大人げないどころか、人としてどうかと思う」


 自分を落ち着けるためにあえて言葉にして、自分自身に言い聞かせると、続く文章に目を通していく。


「……薬草を採取する時には、繰り返し採取する場合は茎の根元から切りましょう。その代わり劣化の速度が早まりますので、水気のある布などで切断面を包んであげると長持ちします」


 ……うん、これもよく切り花とかで聞いたことがある内容だ。生け花をする時には、緑色のやつに刺しているのを見かけるし。


(そういえば、あの緑色のやつって何ていう名前なんだろう)


 1度気になり始めると止まらないのが、人間の性なのだろうか……


(ああっ、スマホが使えたらネットですぐにでもわかるのに!)


 脇道に逸れてしまった僕の思考でも読み取ったのか、【勉強道具】さんがまたしてもファインプレイを見せてくる。


「……マジで……?」


 驚く僕の目の前に出てきたのは、【初心者でもわかる生け花のいろは】というタイトルのついた1冊の本だった。


 恐る恐るその本を手にして開いてみると、“生け花を始める前に準備するもの”という項目の中に、写真付きで緑色のやつが載っていた。


「……フローラルフォーム」


 まさかスマホを使ったネットではなく、このような形で気になるものがわかってしまうとは、僕としては完全に予想外の出来事だった。


 そして、気になって仕方のなかったものがわかってしまうと、僕は【初心者でもわかる生け花のいろは】を消して、勉強中だった【初心者でもわかる薬草のいろは】を再度手に取って読み始める。


「1度きりの採取でよい場合は、土を掘り起こし根ごと採取すると良いでしょう。その場合、土ごと採取をすれば、茎を切って採取するよりも断然長持ちします」


 うん、これも当たり前だよな。しかし、そうではなくて、僕としては採取時期が知りたいんだけど。


 その後も僕は初心者向けのいろはを学んでいくと、ようやく知りたい情報のページにありつくことができた。


「なになに……実をつける前の状態……? つまり、種をつける前ってことかな?」


 そのままその項目を読んでいくと、薬草が受粉して種となる実をつけ始めると、その種に栄養素を持っていかれることがわかった。


「……ということは、花を咲かせている薬草を狙っていけばいいってことかな? 実をつける前の状態なんてそれくらいしか思いつかないし、ずっと観察して時間を取られるのも嫌だしな」


 そうやって薬草採取の方向性が決まったところで、僕は花を咲かせている薬草を探すために森の中を散策することにした。


「おっ、あれかな?」


 ただの薬草ではなくて花を咲かせている薬草を探していたら、ほどなくしてそれを見つけることができた。


「それにしても、花が小さいな……」


 目にした薬草の花はとても小さくて、白色の花を多数咲かせている。ただの薬草と見比べてみるとその違いは一目瞭然だ。


 だけど、キノコ採取で聞くような話でよくある、似ているものでも食べられるやつと毒入りのやつみたいな差くらいしかない。


 恐らく知識のない冒険者は、全くの別物と思っている可能性もある。何故なら、花の咲いた状態の薬草なんてギルドでも見たことないからだ。


 閲覧室にあった資料にも草の絵が描かれていたくらいだし、どちらか判別がつかず無駄に荷物を増やすくらいなら、最初から資料に描いてある草だけの薬草を採取するだろう。


「これで良質な薬草が手に入ったけど、報酬金に上乗せとかあるのかな?」


 そこのところがイマイチわからない僕は、切り取って採取した場合の保存方法を実践して、草だけの状態だった薬草の束と、もう1つはその中に花を咲かせていた状態の薬草を混ぜた2種類を用意した。


 当然のことながら花を咲かせていた薬草の花は摘んであるから、見た目にはただの薬草にしか見えない。


 これで報酬金に差が出たら、ギルドの査定官は違いがわかっているということになる。もし違いがわかるなら、恐らく査定官は小説で読んだような【鑑定】スキル持ちの人に違いない。


 まぁ、ギルドには当たったら儲けものという感覚で納品することにしよう。報酬金を無駄に期待して、そうでなかった場合のガッカリ感を味わいたくなしな。


 そう結論づけた僕は、今日の薬草採取を終えることにして街への帰路につく。


 そして、冒険者ギルドに到着すると、受付にてまずは普通の薬草を納品して、しばし待つことになる。


 その後、納品物の査定が終わったのか、受付嬢さんが依頼達成の手続きを取るために、受付へと戻ってきた。どこか、その表情はいつもよりニコニコしているようにも見える。


「今回は状態が良かったそうなので、報酬金に色がついていますよ」


「えっ、そうなんですか!?」


 思わぬところでの思わぬ報酬金アップに、僕は素でビックリしてしまった。薬草の状態を保つためのひと工夫が、思わぬ効果を生み出したようだ。


「良かったですね。査定官も、あの状態なら商業ギルドに高く売りつけられるって、喜んでいましたよ」


「商業ギルドですか?」


「ええ。ここで買い取った素材は、流通を担う商業ギルドに卸しているのです。依頼人が付いているクエストは、そのまま依頼主の手に渡りますけどね」


 そういうシステムが組まれていることを改めて知ると、冒険者ギルドで買い取った素材が商業ギルドに流れていくのも納得である。


 そして、ここで僕はさも思い出したかのように、最初の狙いである良質な薬草を混ぜた薬草の束を受付に出すのだった。


「そういえば、さっき待っている間で出し忘れていた薬草の束がありまして、これも今から納品していいですか?」


 僕の大根役者ぶりが効いたのかそうでないのかはわからないけど、受付嬢さんは特に訝しることもなく新たに出した薬草の束を受け取って、奥へと消えていく。


 そして、今回は1束しか出していない(出し忘れという名目だった)ので、先程とは違って大した時間も待たずに受付嬢さんが足早に戻ってきた。


「クキくん。さっきの薬草、査定官がとてもいい薬草が紛れ込んでいたって驚いていたわよ!」


「そ、そうですか……」


 グイグイと受付から身を乗り出すほどに迫ってきていた受付嬢さんのテンションに、受け答えした僕がタジタジとなっていると、受付嬢さんはそれに気づいたのか「コホンっ」と咳払いをして落ち着いてくれた。


「たまにいい薬草が混じっていることもあるのですけれど、今回はクキくんがそれを納品した該当者になったということです」


 先程のテンション高めの行為がなかったかのように振る舞う受付嬢さんは、さすが大人というべきだろうか。社会人は凄い……


「よって、先程追加で納品された薬草の一部は、通常の価格より高めとなりまして、更には状態が良かったこともあり、報酬金に加算されることになりました」


「ありがとうございます」


「査定官からも、今後ともよろしくと伝えてくれとの伝言を預かっております」


 商業ギルドに高く売るつもりなのだろうか、査定官からよろしくされるとは思ってもみなかった。大人の闇の部分に触れてしまったような気がする……


「では、報酬金はギルドカード振り込みで問題ないですか?」


「あ、はい」


 その後の僕は依頼達成の手続きを済ませると宿屋へと帰り、夕飯を済ませてからベッドに横になった。


「父さん……今日は商売人の闇の部分に触れたような気がするよ……雇われて働いている以上は稼ぎを出さないといけないんだろうけど、ああまであけすけに言われるとは思ってもみなかった」


 明日からは良質な薬草をメインに、採取していくことにしよう。あまり過剰に納品しても不審がられるかもしれないから、ほどほどに納品するのが1番かな。


 何か言われた時のために、言い訳も準備しておかないといけないし、薬草で一攫千金狙うのも意外と苦労するものなんだな。


 そんな感じで明日からの予定をある程度立てていった僕は、キリのいいところで眠りにつくことにしたのだった。

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