第5話 拝啓 異世界召喚されたようです

 異世界において10月のある日のこと、神聖セレスティア皇国のフィリア神殿にて、魔王を討つために勇者召喚の儀式が行われようとしていた。


「これで子羊たちの準備は終わりです」


「うむ」


 神殿関係者の者が上位者にそう報告すると、その上位者は準備の終わった部屋を見渡す。そこには薄暗い部屋に集められた数多の奴隷たちが、不健康そうな状態で転がされていたのだった。


「迷える子羊たちよ。今宵、そなたたちは苦しみから解放され、女神フィリア様の元へ召されるであろう。何も心配することはない、これは神聖なる儀式でそなたたちの魂の浄化でもある。受け入れよ、女神フィリア様のご寵愛を」


 そう告げた上位者はもう用はないとばかりにその場を立ち去り、その後を下位者の者も続いていく。そして残された奴隷たちは生きる気力を失った瞳で、虚空をただただ見つめるだけであった。


 それから少し時が経ち、複雑な魔法陣が描かれている広間に、身なりの良い者がこれまた身なりの良い人を連れて姿を現す。


「準備は整ったのか?」


「はっ、滞りなく済んでおります。あとは発動するのみです」


「よし……では姫様、勇者召喚の儀式をお願いします」


「あの……本当に大丈夫なのでしょうか? 儀式と言われましてもこれが初めてですし、上手くいくかどうか……」


 身なりの良い者が連れてきたもう1人の身なりの良い者は姫様と呼ばれていて、その姫様はこれから行うことに不安が隠せないようである。


「大丈夫です。これは代々続く皇族のみが行える神聖なる儀式なのです。純血の象徴たる神聖な姫君のみが行える儀式。心配には及びません。足らない魔力は我らが補います。そのために聖職者たちを集めたのですから」


 身なりの良い者からそのように伝えられた姫は、その言葉を疑うことなく広間の両端に並んでいる聖職者たちへ視線を流した。


「それに警備体制も万全です。たとえ召喚された勇者が暴れようとも、神殿騎士団テンプルナイツがついておりますので」


「我ら神殿騎士団テンプルナイツが姫様をお守りいたします」


「よろしくお願いします」


 自分の身を守ってくれる騎士たちにそう答えた姫は、魔法陣の前に立つとしずしずと詠唱を始める。


 それは、いくら儀式の経験がないとは言っても小さい頃から教えこまれてきた詠唱であり、一言一句違えることなく、スラスラと召喚の言葉を口から紡ぎ出している。


 そして、紡がれる度に魔法陣の輝きが増していき、姫が最後の言葉を口にした途端、魔法陣が一際輝きを放つと広間は光に包まれた。


「うっ……」


 あまりの光の強さに誰しもが目を瞑り、魔法陣を直視することができずにいると、やがて光が収まっていつもの部屋の明るさを取り戻す。


 すると、皆が見つめる先には、見たこともない服装をした数多の少年少女たちの姿があった。


「どうやら成功のようです。それどころか初めての儀式でこれほどの人数を召喚するとは……姫様は女神フィリア様から愛されているようですな」


 身なりの良い者が姫へ声をかけると、あまりの出来事に呆けていた姫は現実へと連れ戻される。


「せ、成功して……よかったです……」


「さぁ、姫様は休まれてお体を癒してください。あとのことはこちらが引き受けますので」


 僕たちが呆然としている中で、身なりの良い人が聖職者へ視線を向けると、その中から1人が前へと進み、姫様と呼ばれていた人を誘導してどこかへと連れて行った。


 話の流れからしてあの姫様が勇者召喚を行った人なんだろう。


 そして、この場にいる聖職者らしき者たちは、召喚された僕たちへと視線を向ける。


「ようこそお越しくださいました、勇者様方。ここは神聖セレスティア皇国の皇都セレスティアにあるフィリア神殿です。女神フィリア様を崇めることを旨としております」


 仰々しくも歓迎の態度を見せる身なりの良い人は、自己紹介をして何のために召喚したのかを軽く説明し終える。


 どうやらこの人は服装から予想していた通り偉い人のようで、名前をウォルターと言うらしい。しかも、枢機卿という役職に就いているそうで、偉い人のようと言うよりか、実際に偉い人だった。


 そのウォルターさんは、僕たちの持つ情報を手に入れようと話を進めてくる。


「古くから残る文献によりますと、勇者様方はステータスを自分の意思で見れるのだとか。是非ともその能力をこちらへ開示していただき、記録に残させて欲しいのですが如何でしょう?」


 その言葉を聞いた先生やクラスメートたちは、明らかに伝えてはいけない職に就いている者たちがいることで、無意識に自然と視線が向いてしまう。


 そして、その職に就いている教えては何かありそうな生徒が口を開いた。ぶっちゃけ、力也のことだけど。


「俺の職業は勇者じゃないが知りたいのか?」


 敬語のケの字も使わない力也に対して、ウォルターさんのこめかみがピクピクと反応しているようだけど、大人の対応をしてみせるのだった。


「ええ、是非ともお願いします」


「いいだろう。俺の職業はあんたらが倒したがっている魔王の上を行く【大魔王】だ」


「か~っ、力也マジぱねぇ! 目をつけられることほぼ間違いなしなのに、それを言っちゃうのかぁ?」


「遅かれ早かれ知られることだろ?」


「んじゃあ、俺も。俺は【暗黒神官】だ!」

「俺は【暗黒騎士】らしい」

「私は【陰陽師】……つっても、あんたらにはわからないか」

「私は【ネクロマンサー】よ」

「私は【アサシン】ですー」


「さぁ、どうする? あんたらのお呼びじゃない職を持つものが、少なくとも百鬼なきり以外の4人だな。もしかしたら千喜良は優遇されるかもな」


 力也はさっそく喧嘩をふっかけようとしているのか挑発気味に答えているけど、百鬼なきりさんが心外だとばかりに反論していた。


「ちょー! 私の【陰陽師】だってバリバリの悪役できるって!」


「私、優遇されちゃうのー? 後ろからグサリだよー?」


 優遇されると言われた千喜良さんは、その理由がわからないのか力也に問いかけているようだ。ちょっと考えればわかるようなことだけど、力也はそれに答えた。


「宗教団体なんて上に行けば行くほど権力争いが起こるだろ? 千喜良の【アサシン】なんか持ってこいの職だ」


 当人そっちのけで勝手に喋り始めている6人なのに、それを見ているウォルターさんは怒らないのだろうか?


 何故だか目を見開いて驚いている様を見せつけられているけど、もしかして、勇者の中に大魔王がいたことを想定していなかったのかな。それなら、勝手に騒いでいる6人を注意しないのも頷ける。


 魔王を倒そうと召喚したのに、やって来たのは大魔王だからね。まぁ、勇者もちゃんといるけど。


 そのような予想をしていたところで、固まっていたウォルターさんが口を開いた。


「えぇー……どうするかという質問に関してお答えしますと、歓迎するとしか言いようがありません。私たちが倒したいのはこの世界にいる魔王であって、勇者召喚によって喚ばれた貴方たちではないのです」


 これは意外。歓迎されない上に行動の制限を受けそうな大魔王という職業なのに、蓋を開けてみれば“歓迎する”という言葉だ。これには力也も想定外なのか、思っていたことを口にしたようだ。


「へぇー歓迎するのか……」


「ええ。見たところ貴方がたは同じ服装に身を包んでいるので、何かの組織に属する者だと判断しました。そして周りの者が恐れていないところを見ると、貴方が大魔王であっても悪しき者ではないということが判断できます」


 ああ、そういうことか。制服姿の僕たちを見て、判断したと。やはり人の上に立つ人っていうのは、目の付け所が違うんだろう。大した言葉を交わしていないのに、少しの情報でそこまでの理解に行きつくのだから。


 そう伝えるウォルターさんの言葉に納得がいったのか、力也はそれ以上何も言うことはなく身を引いた。


 そして僕たちは、それから1人ずつ名前と職業を告げていき、ウォルターさんは部下にそれらの記録を行わせているようだ。


 順調に進んでいく作業だったけと、ここで思いもよらぬ待ったをかけられてしまう。


「も、もう1度言ってくれるか?」


「はい。僕の職業は【学生】です」


 僕の告げた言葉にウォルターさんも記録をしている聖職者も言葉を失うどころか、目を見開いて信じられないものを見るかのような視線をぶつけてくる。


 そして、そのことを聞いてしまったクラスメートが、ここぞとばかりに揶揄い始めてきた。


「マジか桃太郎!? お前ここに来てまでも【学生】すんのかよ! どんだけ勉強してぇんだ!」

「ちょーウケる!」


(あれは、力也のグループのクラスメートだな)


 図らずもそれは問題ありの職を持つグループに聞かれてしまい、たちまちに周りの生徒へも伝播したようだ。


「え……【学生】とか意味わからない職業を取って、引きなおしをしなかったの?」

「あいつ、アレでカースト下位に落ちるな」

「俺だったら引きなおしをしてるぜ」

「何だか可哀想だね」


 周りの生徒たちがその話題で持ち切りになっている頃、ウォルターさんは【学生】という職を持つ僕に問いかけてきた。


「私の予想なのだが……それは何かしらの生徒ということで合っているかね?」


「はい。僕は高校に通っている生徒です」


「その『こうこう』というのは何かわからないが……ふむ……本当に【学生】という職業なのかね?」


「はい」


 質問に対する答えを聞いたウォルターさんが大きく息を吐くと、僕に元の場所に戻るよう促すのだった。


 そして、それからは特に問題もなく聞き取りを終えたウォルターさんは、聖職者にある物を持ってこさせてクラスメートたちへ配らせた。


 あれ……僕の分がないようだけど……


「それは勇者様方をお守りするバングルです。たとえ選ばれし勇者様方と言えど、今はまだ訓練も受けていないただの人の身。万全の体制で警護に当たらせていただきますが念には念を入れさせてもらい、その魔導具を準備しました」


「これはどのような効果があるのでしょうか?」


 僕はまだバングルを受け取っていないのに、ウォルターさんは説明を始めてしまうし、先生も気づかないで質問をしている。これは、どうしたものか……


「その魔導具をはめて『プロテクト』と唱えれば、簡易結界が身の回りに張られて攻撃を防げます。そして『リリース』と唱えれば結界はなくなります。試しに使ってみてください」


 そして魔導具という言葉に惹かれたのか、クラスメートたちは次々とバングルを嵌めていき実演していく。


 確かにバングルを付けているクラスメートたちを見た限りでは、ウォルターさんの言っていた通りの現象が起きている。


 だけど、それよりもまずは、僕のバングルだ。


「あの、僕のがないんですけど」


 僕の申告に対してウォルターさんが答えたのは、考えてみれば当たり前の内容であった。こういう展開って、借りたことのある小説の中にも書いてあったな。


「貴方は勇者様方とは違いますので必要ありません。村人と変わらないような人間なので狙われることがないですから」


「そうですか」


 力なく答える僕にウォルターさんは既に興味をなくしており、仮に誰かから狙われたとしても、生きようが死のうがどうでも良いことみたいだ。


「では勇者様方、今日はお疲れでしょうから詳しいご説明は明日の朝から始めますので、これからお部屋へとご案内をさせていただきます。部屋は個室を用意させていただきましたので、ごゆるりとお休みください。それと、係の奴隷を1人ずつ付けますのでお好きにお使いください」


 それから僕たちはそれぞれの部屋へ案内されていき、それぞれの奴隷が1人ずつ付いてその日を終えるのであるが、バングルに引き続き、僕の所には奴隷なんていなかった。


 いや、別に奴隷が欲しいと言うことではないけど、ここまであからさまだとこの後の展開も何となく予想がついてくる。


 そして、1人部屋で僕がくつろいでいるところへ、ドアを叩く音とともにウォルターさんが訪ねてきた。


「少しいいかね?」


「はい」


 それからウォルターさんは神妙な面持ちになると、静かに口を開く。


「召喚しておいて言いにくいのだが、君は冒険者になってくれ。さすがに働かない者を遊ばせておく余裕はないのでね。君のいた世界にこういう言葉があるのだろう? 『働かざる者食うべからず』という言葉が……」


「ありますね」


 まさか、そのような言葉を異世界で聞くことになるとは思いもしなかったし、過去の勇者あたりが遺したのかもしれない。


「冒険者ギルドへの紹介状は書いたから、これを持って明日の朝から向かうといい。それとこれが支度金で金貨を10枚入れてある。村人だと一生をかけても稼げない額だ。明日から君は他の者たちと違い別行動となるが宿屋への紹介状もあるから、それを見せれば格安で泊まれるだろう」


「わかりました」


 何から何まで至れり尽くせりだ。これまでの状況から察するにあたり、身一つで放り出される予想をしていたのに、ウォルターさんはいい人だったみたいだ。


「ふむ……君は良い人間のようだ。大変忍びないがこれも偉い人が決めた決まりごとでね。君のこれからの生活に、女神フィリア様のご加護があらんことを願っている」


「ありがとうございます」


 そして、伝えるべきことを伝え終わったのか、ウォルターさんは部屋から出ていくのだった。


「はぁぁ……これって小説に書いてあった厄介払いだよなぁ。確か……“追放系”って言うんだったかな……」


 奇しくもオタク扱いされている友達から借りた小説が功を奏して、こういう時は素直に従っていた方が、自分の命を取られる可能性が低いことはわかっていた。


 更には相手の心象も良くなり、その後も刺客を向けられることなく助かる可能性が高いことを知っていたから、先程のウォルターさんとのやり取りで実践してみたのだ。


「父さん……僕、異世界に来ちゃったよ……」


 そして、僕は受け取ったものと一緒にベッドに寝転がっては、遠く離れた場所にいる父さんへの思いを募らせていく。


「あぁぁ……バイトどうしよう……無断欠勤になったし、たとえ帰れたとしてもクビになってるよなぁ……父さん大丈夫かな、心配してるよなぁ……はぁぁ……あの時以来迷惑をかけずに生きていきたかったのに、高校に入ったらこれだよ……はぁぁ……」


 溜息が次から次へと出ては父さんのことが頭から離れず、そのあともずっと溜息をつき続けて、深夜を回った頃にようやく眠りにつくのであった。

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