第五八話 演じる者
「久しぶりだな、大臣。余の顔を見忘れたとは言わせぬぞ?」
「……お、王様ぁ……? そ、そ、そんな……バカなあっ……!」
謁見の間に現れたのはこの国の王――ダビル=リヒャルテ――であり、リヒルを含めてその場にいる全員がひざまずくが、まもなく大臣のみがはっとした顔で立ち上がった。
「……い、いや……王様が生きているはずがないっ! あれは偽物だっ! 王様を騙る不届き者を今すぐ捕えるのだあああぁぁっ!」
静まり返った室内に大臣の怒鳴り声だけが虚しく響き渡る。
「お、おいっ! 私の言うことが聞こえんのかああああぁぁぁぁっ――!?」
「――大、臣、王様は、本物だ……」
「リッ、リヒル様っ……!? だ、騙されてはなりませぬうぅうううっ……!」
「しかし、余の娘が言うのだから間違いあるまい? 大臣」
「えっ、ええぇっ……!? そ、そのぉ……ま、まさか王様ご本人だとは思わずっ、大変無礼なことをいたしましたあぁぁぁっ! どうか私めを今すぐ処刑してくださいぃぃ、王様ああぁぁぁっ!」
それまでの強気な姿勢とは一転して泣きじゃくり、頭を床に擦りつける大臣。
「よくもそんなに白々しいことが言えたものだな……。余の側にあれほど長くいながら、本人であることがわからんとは誠にけしからんやつだ……」
「しっ、ししっ、しかしながら申し上げます王様ぁっ、確かに国葬も済ませましたゆえ、生きておられるなどとは露ほども思わずっ……!」
「まあ大臣、お前が知らないのも仕方あるまい。余は宮中の膿を出すべく、やむを得ず亡くなったことにしていたため、信頼できる者たちしかこのことは知らんのだからなあ……」
「きゅ、宮中の膿、とは……?」
恐る恐るといった様子で頭を上げてみせた大臣に対し、ダビル王がこれでもかと両目を吊り上げる。
「大臣……お前が隠れてやってきた非道な行いの数々……余が知らぬとでも思ったのかああぁぁっ!?」
「ひっ、ひいぃっ!? そ、そんなぁっ……わ、私めは、本当に何も……一体なんのことやら見当さえつかない所存でございますうぅぅ――」
「――もういい、例の者たちをここへ連れて来るのだ!」
「「「「「はっ!」」」」」
王様の命令により兵士たちの動きが一層慌ただしくなり、まもなく大きなざわめきとともに勇者パーティーの面々が姿を現わすと、大臣の顔はますます強張るのだった。
「……な、なななっ……何故勇者パーティーがここへ……!?」
「これより勇者ランデル、魔術師ルシェラ、治癒師エルレ、弓術士グレックに告ぐっ……今から少しでも嘘偽りを申せば、余に対する反逆罪に問われると思って答えよっ!」
「「「「はっ、ははあっ……!」」」」
「お前たちの中に、大臣と共謀して悪巧みをしていた者がいるという話が入ってきておる。それは誠であるか……?」
「「「「……」」」」
鳴り止む気配すらない小さなどよめきの中、しばらく動揺した表情でお互いの顔を見やるだけの勇者パーティーだったが、やがて一人の男が前に出て重い口を開いた。
「……おっ、王様っ! それはこの俺です……!」
「お前は……確か弓術士のグレックとかいったか。それは誠であろうな……?」
「は、はいっ! 俺は悪巧みなんて大それたことをするつもりはなかったのですが、大臣様にそそのかされてしまって……くっ――!」
話の途中で感極まった様子になり、顔を腕で覆うグレック。
「――ということらしいが、大臣……?」
「ち……違います、王様あぁっ……! 完全なる誤解というかっ、わわっ、私はこの者がっ、さっきから一体何を言っているのか、まったくもって理解不能でございましてっ……!」
「いえ、王様っ! 俺は大臣様に命じられて王様の主治医を暗殺するように命じられましたっ!」
「んなっ……!? きっ、貴様あぁっ! どどっ、どのような証拠があってそのような真っ赤な嘘をっ! お、お、王様ぁ、これは私めを陥れようという明らかな罠でございますうぅぅ――」
「――証拠ならば、ある」
「……うぇっ……?」
素っ頓狂な声を上げる大臣を尻目に、ダビル王はいかにも自信ありげに手を叩いてみせた。
「誰か! あの者を今すぐここへ連れて来るのだ!」
「「「「「はっ!」」」」」
次に兵士たちによって連れられてきたのは堂々とした様子のエプロン姿の女性であり、勇ましい表情でひざまずいてみせた。
「この者が誰かわかるな、大臣?」
「……え、あ……わ、私めの、侍女でございますが……?」
大臣がいかにもわけがわからなそうに目をしばたたかせていると、まもなく女王リヒルが口を開いた。
「その者、は、私の間者、だ……」
「な、な、なんですとっ……!?」
「うむ。リヒルの間者よ、お前がやったことを申すがいい」
「はっ! 大臣様によって選ばれた主治医が処方した薬を、リヒル様の指示により王様が元々飲まれていた薬と取り換えさせていただきました。これがそのときのものでございますっ……!」
侍女姿の間者が、一枚の折り紙をダビル王に差し出す。
「どうだ、大臣。これが証拠だ。もしこれに附子の成分が多く含まれていた場合、お前の関与は否定できないことになるぞ? これでもしらを切るというのか……?」
「ぐ……ぐぐっ……き……きええええええええぇえぇっ――!」
「――この罪人を確保せよっ!」
「「「「「はっ……!」」」」」
白目を剥いて暴れ出した大臣だったが、王命を受けた兵士たちによってまたたく間に取り押さえられる。歓声が上がるも、ダビル王の表情に緩んだ様子は一切見られなかった。
「残念ながら、これですべてが終わったなどと余はいささかも思っておらん。次は勇者パーティーに訊ねたい。生き残った信徒たちから、勇者たちが虐殺行為に及んでいたという信じがたい報告が入っておるが……それは誠か……? 嘘偽りなく正直に答えよ」
「そっ、それはっ……モ、モンスターと信徒が同じ姿だったからです、王様っ!」
王の台詞で大きなどよめきが沸き起こる中、ランデルが声を張り上げる。
「王様ぁっ、確かにランデルの言う通りですが、結果的には敬虔な信徒たちを殺してしまったことに変わりありません! なので……なのでどうかっ、私たちを罰してくださいっ……!」
続いてルシェラが涙ながらに訴えると、周囲は徐々に静けさを取り戻していった。
「お、王様っ! 俺が悪いんです。俺がみんなを守るためにと、率先してやったがためにこんなことになってしまって……だから、みんなは悪くありません。俺だけを処刑してください、王様あぁっ……くっ……!」
泣き崩れるグレックの殊勝な言動に対し、誰かのすすり泣く声もちらほらと聞こえ始める。
「ひっく……あたしだって悪いんですぅ……グレックお兄ちゃんを罰するならぁ、あたしも罰してくださいぃ、王様ぁっ……! えぐっ……」
エルレが嗚咽を上げる頃には、彼らに拍手を送る者たちまで現れるほど同情的な空気が高まっていたが、まもなくダビル王が発した一言で雰囲気は一転する。
「猿芝居はもうよい」
「「「「えっ……?」」」」
「余はな、ユミルの神殿でお前たちがやってきたことをこの目ですべて見てきた……。この姿に見覚えはないか?」
「「「「あっ……!」」」」
信徒の覆面を被ったダビル王の姿に、勇者パーティーの面々が見る見る死体のように青ざめていく。
「みなの者、よく聞くのだ。勇者パーティーはダンジョン化した神殿で信徒たちを人間だとわかった上で虐殺し、ハワードがコアと戦っている最中には暗殺を企て、自分たちが不利になるとその仲間を人質に取った。これは到底、人間の所業ではない……悪魔の中の悪魔の所業であるっ。さあ、こやつらに相応しい檻の中へ再び閉じ込めておくのだ……!」
「「「「「はっ……!」」」」」
拍手とは打って変わり、罵倒を浴びながら連行されていく勇者パーティーを尻目に、ダビル王がハワードのほう見てにんまりと笑う。
「ハワードよ、余の命を狙った大臣は別として、あの者たちをどう処罰するかはお主に委ねようと思う。やってくれるな……?」
「はっ……承知いたしました、王様」
鍛冶師ハワードは、それまでとは別人のように堂々と頭を下げてみせるのであった……。
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