第五七話 醜い本性
宮殿の心臓部に当たる謁見の間は、いつになく異様な空気に包まれていた。隅々まで満遍なく物々しくも、どこかはちきれんばかりの期待感のようなものを孕んでいたからである。
「ククッ……」
大臣は目の前の光景を厳めしい顔で眺めながら、時折両手で顔を覆い、笑みを隠そうとする。玉座に腰かけるリヒルの目はこれでもかと吊り上がり、顔全体が紅潮していてその眼前でひざまずく鍛冶師ハワードはいかにも生気がなく、何かに怯えているかのように肩を震わせていた。
(女狐めが珍しく怒っているようだが……あれはおそらく演技であろう。本当はハワードを庇いたくて仕方がないが、シュラークを殺してしまった以上、少なからず処罰を与えねばこの私を含め配下が納得しないと考えておるのだ。ククッ……)
「――ハワードよ……枢機卿シュラークが、コアだったのは本当なの、か……?」
やがて女王リヒルが口を開き、ハワードがいかにも重たそうに青白い顔を上げた。
「……は、ははあっ……。な、なんとか助けようとはしましたが――」
「――ハワード、こやつめええぇっ!」
顔を真っ赤にした大臣の大声が響き渡る。
「どうせ手柄を立てようとするあまり、相手が誰であろうと殺すつもりだったのであろう! この世界で一番卑しい男、畜生のハワードめがあああぁぁっ!」
「大臣……控えよ……」
「あ、あ……つ、つい興奮してしまって、申し訳ありません、女王様っ……! しかしながら、私めは悔しいのでございますうぅぅ。もっとほかに良い解決策はなかったものかとっ……! 私は、私はっ……シュラーク様や、友人を殺された女王様、並びにユミル様の無念を思えばこそっ……ううっ……!」
顔をしわくちゃにして涙ながらに訴える大臣。まもなくハワードがおどおどとした様子で話し始めた。
「……な、なんとかシュラーク様も助けたかったのですが……コアを倒したときにはもう時すでに遅く……申し訳ありません……」
「ハワード、貴様あぁぁ――」
「――もう、よい、大臣、ハワード……」
「「えっ……」」
ハワードと大臣の上擦った声が被り、それからしばらく重い沈黙が訪れたのち、女王リヒルが立ち上がった。
「コアを、倒さねば神殿は元に戻らぬ、から、仕方ない面もある……とは、いえ、大臣の言う、通り……私や、ユミルの親友である、シュラークを殺した罪は、大きい……」
「よ、よ、よくぞ……よくぞ仰いましたぁ、女王様ああぁぁっ……!」
感極まった様子の大臣だったがまもなく豹変し、沈痛な表情を浮かべるハワードをギロリと睨みつける。
「ハワード……貴様はもう終わりだ……。思い知ったかっ! 没落した貴族の分際で女王様の婚約者になろうなどと、かくも出すぎた真似をするからこうなるのだ! 十字架刑、鋸挽き刑、解体刑……どのような恐ろしい刑罰も受ける覚悟はできておるだろうなあっ……!?」
「お、俺は……い、嫌だ、そんな惨い死に方だけはしたくない……」
「な……なんという見苦しい男なのだ……ここまで来て命乞いとはっ! 女王様、とくとご覧あれっ! これこそがやつの醜い本性そのものでございますぞっ! それに比べて、勇者パーティーのなんという勇敢さ、慈悲深さ、尊さっ……! 彼らはシュラーク様を助けたいという気持ちから、コアとなった彼を倒すのに最後の最後までためらっていたそうでございますううぅぅっ――!」
「――もう、よい、大臣……そろそろ、終わりにするが、よい……」
「はっ、ははあっ! おいお前たち、今すぐハワードを処刑場へと連れていくのだっ!」
「「「「「はっ!」」」」」
兵士たちが一斉に歩み寄ってきてまもなく、大臣がいかにも訝し気に眉をひそめる。
「ん……? お、おいっ、聞こえなかったのか!? 私のほうに来てどうするっ! シュラーク様を殺した大罪人ハワードを取り囲むのだっ!」
「「「「「……」」」」」
だが、叱責を受けてもなお兵士たちは一向に周りを離れようとはせず、大臣の顔が見る見る赤く染まっていった。
「きっ、貴様ら全員処刑されたいのかあぁぁ――!」
「――そこまでだ、大臣」
「……え、ええっ……?」
謁見の間に突如現れた人物の姿を見るやいなや、大臣の目がこの上なく見開かれるのであった……。
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