第二九話 再会の時
あれからあっという間に一週間のときが経過し、俺たちは日が暮れる頃に別れの峠へと出発した。この故郷の町からはそう遠くない場所にあるのですぐに到着するだろう。
「うがっ……なんだか急に追いかけっこがしたくなりましたです。シルルから逃げるですっ」
「ひぐっ!? ハスナさん待ってー」
「待たないです!」
「そんなー!」
「「ははっ……」」
ハスナとシルルの唐突な追いかけっこが始まって、俺とシェリーは笑い合った。まあそれだけ安全だっていう証拠か。しかし、この辺も昔からほとんど何も変わっていないな……。
思い出が染みついた土地をこうして歩くと、ガキの頃に味わった色んな経験が頭をよぎってくる。それこそどうでもいいようなことまで鮮明に。
故郷の町そのものより、少し離れた場所のほうが郷愁めいたものを一層感じるから不思議だ……っと、そろそろ別れの峠に着く頃だし慎重にならねば。
「――どうだ、ハスナ、シルル、何かわかるか?」
「うがっ……誰かいるのはわかるですが、一人だけです」
「うん。人間の匂いがするよ。そんでね、不吉な臭いもしないの……ひぐっ」
「一人だけ……それも不吉な臭いもしないということは、罠ってわけでもなさそうだな」
「で、では本当に女王様直々に会いたがっていると……! さすがはハワード様……」
「シェリー、それはまだわからないが……とにかく行ってみよう」
「「「はいっ!」」」
◆ ◆ ◆
「大臣、お話が……」
「何事だ、グレック。勇者ランデルが早速暴走でもしたのかね?」
「それが――」
謁見の間にほど近い大臣の部屋にて、グレックから耳打ちされた部屋主の表情が見る見る険しいものに変わっていく。
「――な、何ぃっ? 女王の放った間者の死体が見つからないだと……!?」
「はい。しかも目撃者の証言によると、あのハワードの居住区に向かっていたとか……」
「ん、ハ、ハワードだとおぉっ……?」
両目をかっと見開く大臣。しばらく沈黙が続いたのち、彼は重い口を開いた。
「い、いや、まさかな……。そもそもやつは神の手が使えなくなり、すっかり落ちぶれて追放されたと聞いておるし……」
「どうしますか? 大臣……」
「ううむ……捨て置けと言いたいところだが、何か臭うな。女狐リヒルの動きをとにかく監視するのだっ!」
「はっ……!」
◆ ◆ ◆
「――ささっ、どうぞこちらへ……」
あれから俺たちは、別れの峠にいたみすぼらしい服装の老婆に案内され、麓にあった馬車に乗せられることになった。
これからどこに出発するのかと思いきや、全然動かない。案内してきた乞食のような婆さんも、ここでしばらく待ってほしいと言ったきり中々戻ってこない状況。
俺は嫌な予感を覚えつつシルルのほうを見たわけなんだが、いかにも眠そうな顔でひぐっという鼻息とともに首を横に振られたので多分大丈夫なんだろう。あの様子だとさすがに勘が鈍ってる可能性もあるが、信頼も大事だと思うし神精錬で眠気を折るような無粋な真似はしたくない。
ハスナなんてウトウトしちゃってるし、起きてるのは俺とシェリーだけだ。こんなに緩んでしまって本当にいいのかと不安にもなるが、そういうのは伝染するからな。俺がしっかりしないと――
「――お待たせいたしました」
「「「「あっ……」」」」
あのボロを纏った老婆がやってきたかと思うと、後ろにはマントを頭から覆った人物を連れ立っていて、二人ともこっちに向かって恭しく頭を下げるとともに馬車に乗り込んできた。
「ハワード……久しぶり、だ……」
「……じょ、女王様……!」
「「「えええぇっ!?」」」
みんな、俺がハンマーで折るまでもなく眠気がすっ飛んだみたいだな。マントの隙間から顔を覗かせた人物は、紛れもなく副女王リヒル=リヒャルテだった。
あの病的なまでに透き通るような青白い肌、どこか虚ろな瞳、抑揚はないが芯のある聞きやすい声……どれも本人であることに疑いを持つ余地は一切見当たらなかった。あの手紙に書かれていたことは本当だったんだな……。
「コホッ、コホッ……お父、様……の主治医が行方不明になる、等……不審なこと、続いた。お父様は、大臣の紹介で、新しい主治医を迎えて以降、日に日に容体が悪化している……」
「なるほど……」
おそらく、王様の容体が一気に悪化すると疑われるってことで、少しずつ悪くなるように何か細工をしてるんだろうな。あの大臣はいかにも抜け目がなさそうだし、女王を完全な傀儡にするためにそういうことをやってもおかしくない。
あと、この一件にはグレックが間者を狙ってることから勇者パーティーも絡んでそうだ。そうなると、やつらは大臣と手を組んでるってことになる。早くなんとかしないと連中の思うつぼだな。
「女王様、ご安心を。俺が神精錬によって王様の容態を治してみせます」
「お、おぉ、やってくれる、か……。ハワード、そなたは、やはり……民に慕われているだけ、ある……」
「ど、どうも、もったいなきお言葉……」
リヒルに両手で包み込むように右手を握られて、俺は緊張で頭がおかしくなりそうだった。神の手なんて呼ばれてるが、彼女のひんやりとした手のほうがよっぽど神々しい感じがする……。
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