第二八話 嘘か誠か


「「「「……」」」」


 息を潜めている際の、ほんの僅かな呼吸も押し潰されそうなほど、この上なく重い空気が場を支配する。


 この辺りにはほかに目立った何かがあるわけでもなく、これだけ存在感を消した家に来るということは、俺を探している人間であることはほぼ間違いない。一体、何者だというのか……。


「――ひぐっ……? あれ、なんか血の匂いがするの。酷い怪我をしてるみたい……」


「うが……それに、敵愾心みたいなのも全然感じないです」


「「……」」


 シルルとハスナの台詞に、俺とシェリーが顔を見合わせる。敵じゃないのか? だとすると、一体……。


「――あ……」


 確認するべく俺だけ家の外に出てみると、一人の男がうつ伏せに倒れているのがわかった。しかも背中には貫通するほど深々と矢を受けている。急所はぎりぎり外しているが、先端には毒を塗った痕跡が見られた。


「……あ、あんたが、ハワード……か……」


「お、おいっ、しっかりしろ!」


「……こ、これ、を……ごふっ……」


 ダメだ。血まみれの手紙を俺に渡してきた途端、息絶えてしまった。神精錬を施す間もなかった……。


 毒がどれくらい体に蔓延してるか調べてみたら、『+7』だった。


 というか、この状態なら普通は立つことすらできないだろう。なのにここまで手紙を運んでくるなんて、極限の興奮状態であったとしてもあまりにも人間離れしすぎている。


 ってことはかなり上の立場に仕えていた猛者で、それに対してきっちり命中させてることから察するに、毒矢を放ったのが弓の達人であることが窺える。また、鉄の鎧をいとも簡単に打ち抜いてることから、相当な怪力であることも伝わってくる。


 俺が知る限り、ここまでやれるのは弓術士のグレックしかいない。誰の差し金かは知らないが、暗殺者紛いのことをやるとは随分と落ちぶれたものだな。


 俺はやや離れた場所まで行き、男を丁重に埋葬してやった。さて、手紙を読んでみるとしよう。何々――


『――自分は副女王リヒル=リヒャルテの使いの者であり、陛下はハワードどのと直接話がしたいと仰られている。なのでこれが届いた一週間後の夕刻、別れの峠にてお待ちしている』


「……」


 女王が俺に直接会いたがってるっていうなんとも信じがたい内容だが、この手紙を届けに来た者をグレックが殺したと考えると、本当の話である可能性も捨てきれない。


「――と、こういうわけだ……」


「「「なるほど……」」」


 俺は家に戻ると今までの経緯を仲間に話した。案の定、みんな渋い顔をしてるのは罠かどうかを怪しんでるからだろうな。


「女王様は人間で一番偉いですよね? それが直接会おうとするなんて、ありうるですか? ハワード」


「ハワードさん、あたしも、なんだか変な話だと思うの。不吉な臭いは今のところ感じないけど、それは会う時期がまだ遠いからかもだし……」


「それがしも、どうにも奇妙というかきな臭さを感じる。ハワード様、これは誘い出すための罠では……?」


「ああ……確かに怪しいっちゃ怪しい。だが、罠だったとしても大丈夫だ」


「「「ええ……?」」」


「別れの峠なら、俺たちを捕えるための罠だったとしても道が狭いから多勢に無勢なんて事態にはなりにくい。そもそも、そこまでやるならハスナやシルルが察知するはずだし、最悪俺のハンマーで丸ごとスタンさせて逃げることもできる。こっちには相手を攪乱するのが得意なシェリーもいるし、相手に一杯食わせただけで全部元通りにすることも可能だ」


「うがっ、悪い人間に罰を与えるです!」


「ひぐう、面白そうなのおぉっ!」


「なるほど……。しかしハワード様、それならばわざわざ火中に飛び込まなくても。もしものこともありうると考えれば……」


「いや、確かに怪しいが罠じゃない可能性も充分にあるからな」


「「「ええっ……?」」」


「本当に罠なら、手紙を持ってきた男が敵であるはずの勇者パーティーの一人、グレックにやられたってことがどうにも腑に落ちない」


「しかし、副女王ともあろうお方が何故ハワードどのに会おうとするのかと。いや、決して釣り合わないというわけではなく、動機が……」


「動機ならある」


「そ、それは一体……?」


「気になるです」


「あたしもー」


「最近、王様の病状がかなりヤバいって話を聞いたことがないか?」


「あ……そ、そういえば、確かに……」


「考えられるのは、神精錬で王様の病を回復させてほしいっていう動機だ。手紙で伝えてしまうと、発覚した場合配下を信頼してないって宣言するようなものだし、直接会ってからじゃないと言えなかったんじゃないかな?」


「「「なるほど……」」」


「それと、王様は勇者ランデルのことを怠け者だからとかで疎んじてたみたいだし、このまま王様が死んでくれたほうが勇者にとって都合がいいから、なんとかしようとしている女王の動きを封じようとしたのかもしれない。ありうるっちゃありうる話だ」


「「「……」」」


 みんな心底納得した様子でうなずいてる。こうして実際に口に出してみると、罠よりもこっちの線のほうが可能性が高いように思えるな。とにかく罠だろうとなんだろうと全然怖くないし行ってみるか……。

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