第二十話 無類の光


「――ひぐぅ……?」


 モンスターや人がいる気配のない安全な場所――裏路地――へ避難してまもなく、救助したオーク頭が目を覚ました。


「大丈夫か?」


「大丈夫です?」


「ひぐっ……!? あたし、一体……?」


「危うくコアと間違われてお前は殺されるところだったんだよ」


「危なかったですよ」


「そ、それじゃ、あなたたちがあたしを助けてくれたの!? ありがとう!」


 オーク頭がはっとした顔で起き上がり、深々と頭を下げてくる。顔がどう見ても凶悪なオークそのものなだけに違和感は強いが、その言動や家事手伝いっぽい服装は明らかに人間のものだ。


 オークはオーガと違い、見た目的にも人間離れしてるので普通にモンスターのイメージだったが、違うんだろうか?


「ちょっと聞きたいことがあるんだが、お前はオークじゃなくてれっきとした人間なんだよな?」


「うん。見た目はこんなだけどねっ。お母ちゃんが言うには、先祖が魔女の森を焼いた報いで代々オークの姿になる呪いをかけられちゃったんだって」


「魔女の呪いか……。興味をそそられる話だな。よかったら詳しく話してくれ」


「私もできれば知りたいと思うです」


「ひぐっ? いいよ。あなたたち、助けてくれたもん。あのね――」


「「――なるほど……」」


 俺とハスナの声が被る。見た目オークの子の話によると、彼女の先祖は魔女を捕縛する役に任命された騎士だったという。


 彼はとある森の奥で魔女を見つけたものの仲良くなってしまい、任務を果たせずにいた。だが、そのことが部下の密告によってバレてしまい、国から家族を処刑されたくなければ魔女の森を焼き払うように命じられる。


 無念に思いながらも命令を実行すると、少しずつ年月をかけてオークの顔になってしまうという呪いを魔女にかけられてしまう。それ以降、自分だけでなく生まれてきた子供も、最初は人間の姿だがいずれはオークの顔になるという過酷な運命を背負わされることになった。


 彼女もかつては人間の顔だったが、徐々にオーク化していったとのことだ。こういう姿なので人目につかないようひっそりと暮らしていたところ、突然町が迷宮化した上にコアを探していた人に見つかり、袋叩きにされてしまったのだそうだ。


 人里離れた場所で静かに暮らすという方法も考えられるが、元々なんの変哲もない人間として育っているわけで、故郷を離れたくないという気持ちもあるだろうし仕方なかったのかもしれない。


「それにしても、隠れるようにして暮らしてたとはいえ、今までよく見つからなかったな」


「不思議です」


「あたし、大体顔を隠して深夜に活動してたから……。でも、そこら辺にモンスターがいると思うと夜は怖くて、それで明るいうちに出歩いたらこんな目に……ひぐっ」


「そうか……コアを求めて血眼になってるやつらもいるし、顔なんて隠してたら余計目立つからしょうがないな。よかったら治す気はないか?」


「え、ええっ……? む、無理だよ! この姿を治すなんて。だって呪いによるものだから、それを治したら死ぬって言われてるから……」


「それなら心配ない……っと、自己紹介が遅れたな、俺はハワードだ」


「私は相棒のハスナです」


「あたしはシルル! よろしくねっ、ハワードさん、ハスナさん――って、ハワードって名前、どこかで聞いたことあるような……あ、ああぁっ! あの伝説の鍛冶師!?」


「その孫だな。正確に言えば」


「じゅっ、充分凄いよっ! まさかそんな凄い人に出会えるなんて……!」


「俺が神精錬でその醜い容姿を精錬してやる」


「えっ、でも呪いを治したら死んじゃう……」


「じゃあ一生その姿のままでいいのか?」


「よいです?」


「それは……もちろん治したいけど、でもしょうがないよ。あたし、死ぬくらいならずっとこのままでいる! 醜い姿でも、生きていたいから。だから……」


「……」


 このシルルっていう子は、醜悪な見た目のせいで随分と苦労してきたはずだ。なのにこれからもたくましく生きようとしている。尚更治してやりたくなった。


「心配するな。死ぬことはない」


「えっ?」


「いいからじっとしてるんだ」


「ひぐっ!?」


 俺は心敷に彼女の容姿を置いてみせた。何々――『-10』か。腫れ上がってるのもあってか最悪の数字だな。現世においてこれ以上ない酷い数値に向かい、ハンマーを振り下ろしていく。


 カンカンッ、カンカンカンッ……よし、順調だ。もう少し――


「――精錬完了だ」


「うぇっ……?」


「わぁ、綺麗です。シルル」


「そ、そんな、わけ……」


「いいからシルル、これを見るんだ」


 彼女に手渡したのは、古びた手鏡。これは生前の親父から貰った、顔も知らない母さんの形見でもあり今でも肌身離さず持ち歩いているものだ。


「……嘘……」


 彼女は元々普通寄りの顔でもあったのか、オークの牙を残した『-1』まで容姿を精錬しても充分な見た目だった。まあ美人ではないが不細工でもないってところだが、彼女の純粋さみたいなものをより強調できるからこれでいい。まさに無類の光だ。


「シルルは今までいっぱい我慢してきたんだろう? でも、もう我慢しなくていいんだ」


「……ひぐうぅっ。あ、あり、ありがとう……」


 綺麗になったシルルのつぶらな瞳からとめどなく涙がこぼれ落ちる。あーあ、これじゃ台無しだな……。

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