怒りをぶつける
@dsmfoe9
第1話
君を怒らせたいと思う。
きっかけはささいなことで、ちょっとした出来心だった。
いつもへらへら笑ってばかり、君はもっと世の中を知ったほうがいい。
世の中は、もっと残酷で必要以上に醜い。
私はそれを知らなかったから、たくさんひどい目にあって、嫌ってほど傷ついた。
君を怒らせるのは、あくまで私のエゴなのだ。
最初は、そうだな……。ほっぺたをつねってみよう。
「いたたたたたっ。なに、するんだよ馬鹿ッ!」
「へへーん。やっぱり怒った。私の勝ち」
「馬鹿なのか、お前?」
「? 馬鹿だよ?」
教室の一角で談笑している君の横で、私は肩透かしを食らっている。
なんというか、もっと「激高」のようなものがほしいのだ。
こんな生ぬるいもんじゃない。君は強くなるべきだよ。
「あいつ、また馬鹿やってるよ…」
私の背中に投げかけられる言葉、他のみんなもたぶん私のことを馬鹿だと思っているね?
次の日も、あくる日も、君を怒らせ続けた。
流れる時間は思ったように進まなくて、おっとりとした時計の短針みたいだった。
君が笑う度に、私はなぜか「馬鹿」といわれる。
私は平気な顔して、それを受け入れていたけど、なんども聞いているとなんだか本当に自分が馬鹿であるように思う。
馬鹿ってなんだろう。
ただ、君を怒らせたいだけなのにな。
俺はあいつのことを怒らせたいと思った。
あいつは世間のことを知らなさすぎる。つまり、馬鹿なのだ。
でも、どうやって怒らせよう。そっか、「馬鹿」っていえばいいんだ。
「馬鹿なのか、お前?」
どうしてそんなに笑ってんだよ。
馬鹿って良い言葉じゃねえんだ。お前が思ってるより、すごく醜くて残酷なことばなのに。
いつまでたってもヘラヘラ笑うお前が許せなかった。
馬鹿は死ぬまで直らないってのは、案外本当なのかもな。
毎日君を怒らせ続ける。
私は君の「激高」が見たいのだ。
そのためならなんでもやってみせる。
教室はいつもざわついている。
君はざわめきの中心にいて、楽しそうにおしゃべりをして。
今日も君を怒らせようと、そろりそろりと背後から近づく。
「おっと、そこまでだ。これで何回目だ?」
「26日目だよ。いや、でも今は呆れられたっぽいから、ノーカン」
「はあ。なに意味わからんこといってんだか。お前って、ほんとよくわからん存在だよな」
君を怒らせることに失敗。がっくりうなだれていると、君がにっこり笑う。
「お前さ、どうして俺を怒らせようと思うわけ?」
えらく単刀直入な言葉に、思わず声が出ない。
しっかり考えて、ちゃんと思いを伝えたいとおもった。
「君は超やさしいから、私がこの世界の残酷さを教えてあげようと」
「ぶあははあはははは」
「そこ、笑うところじゃないんですけど」
「ひゃーおっかしい。そんなこと言われなくてもわかってるよ。むしろ、俺はお前のほうが心配だ。馬鹿だし」
結局ダメだった。君は絶対に激高しない。君がそうしないのは、きっと本当に世界の残酷さを知っているからだろう。
「怒っても意味がない。意味がないことには労力を注がない」
君はいう。
わたしは、悔しかった。わたしがちょっかいを出して、やっと君を怒らせたと思ったのは、実はただ呆れられていただけだったことに。
君は、ただヘラヘラしてるわけじゃない。
世界の残酷さを知っているから、それをのらりくらりと躱しているのだ。
君は教えてくれる。
「信頼してるから、馬鹿っていうんだよ」
なにげない一言にも君の優しさがあふれていて、とても嬉しかった。
馬鹿っていう言葉が単純に汚いということも教えてくれた。
知らなかったことと、知っていたこと、どちらにも価値があるように思える。
「じゃあさ、いっしょに馬鹿になろう。馬鹿になって、もっとみんなと仲良くしよ!」
君の激高も、そのうち見られるだろう、そう期待を込めて。
怒りをぶつける @dsmfoe9
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