第82話
階段を上り終えた俺は、美保の部屋の前に着いた。俺はその部屋のドアをノックする。
「……はい」
「あ、心南?信護だけど……」
「……入って」
心南の声に従って、俺は美保の部屋のドアを開ける。そこには、美保のベッドに腰かけている心南がいた。
「ほら。信護も座ったら?」
「あ、ああ。そうするよ……」
俺は心南の言葉通りに、心南の隣に腰かける。だが、心南はそれから、中々話しかけてこない。
美保が話せることは話したと言っていたので、俺との関係の事も話したはずだ。ならば、俺から話せることは限られてくる。
「……その、まずは、ごめん」
しばらくして心南の口から出てきたのは、謝罪の言葉だった。何の謝罪なのか分からない俺は、首を傾げる。
「あんな勘違いして……」
「あ、ああ……。そのことか。取り合えず、誤解が解けたみたいで良かった」
心南が謝ってきたのは、体育祭で起こった勘違いの事だった。誤解が解けたのはよかったが、心南に謝られるのは少し違う気がする。
「……っていうか、心南に隠していた俺たちに原因があるんだ。こっちこそごめん」
「あ、それは大丈夫。美保から、ちゃんと理由聞いたから」
美保は心南に隠していた理由を、話したのか。俺には、頑なに話してくれなかったのに……。
「ちなみに、その理由って?」
「そ、それは……」
俺が心南に美保が話したであろう理由を問うと、心南は俺から顔を逸らした。その顔は、ほんのりと赤くなっている気がする。
「い、言えない!」
心南もまた美保と同じように、その理由を話してくれなかった。俺はすぐになぜなのか聞こうとしたが、それより前に心南が俺に問いかけてくる。
「そ、それより!信護はなんでまるちゃんのパパを引き受けたん!?」
心南は顔を赤く染めたまま、俺の方を向いてそう言った。俺は自分の質問を呑み込んで、心南の質問に答える。
「そ、それは、まるちゃんに悲しんでほしくなかったからだが」
「そ、それだけ?美保がママじゃなくても、まるちゃんのパパになってた?」
心南にそう聞かれた俺は、すぐに答えることができない。なぜなら、俺は一度妄想してしまっているからだ。
美保が俺の本当に妻だったら、という妄想を。だが、これをこの場で言うことなんてできない。
それに、俺はまるちゃんがパパになって欲しかったら、美保がママじゃなくてもなっていたと思う。しかし、美保がまったく理由に入っていないかと言われれば、すぐに頷けない。
妄想していることもあって、ゼロではないといえるだろう。それを心南に言えるかといわれれば、無理に決まっている。
「……ああ。なってたと思うぞ。まるちゃんが、俺にパパになってほしいって、言うならだが」
俺は心南にそう返した。まるっきり嘘というわけではないが、妄想したことは言わない。
理由は、恥ずかしいからに決まっている。これは、墓まで持って行くと決めたことなのだ。
「そ、そう!よ、良かった……」
俺の返答に頷いた心南は、なぜか安堵しているようだった。だがその安堵も束の間で、心南はすぐに新しい質問をしてくる。
「じ、じゃあ美保のこと、好きってわけじゃないんだ?」
好きではないのか。そう心南に聞かれた俺は、一瞬、口ごもってしまった。
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